63話 初仕事終了と紐男
「お兄ちゃん、練習頑張ってね」
「リーナはムリしないように、あとで迎えに行くから」
学校が終わると、お兄ちゃんたちと一緒にショーじいの家に向かう。そしてお兄ちゃんたちは魔法の練習をしに行き、私は冒険者として初めての仕事を終わらせるため、ショーじいの家の二軒隣へ向かう。
「この家だよね」
青い壁と白い屋根を持つ家の前に立ち、周りを見回す。
「どうしてこの家だけ逆なんだろう?」
周りの家は、壁が白く、屋根が青い家が多い。 なのに、この家だけは逆。そのため、この家は周りからとても目立っている。
「おじゃまします」
冒険者ギルドから預かって来た鍵を使って、家の中に入る。
「結構埃が溜まっているな」
玄関を開けると、光の加減で埃が舞っているのが見えた。
「風を通した方がいいかな?」
玄関の扉を大きく開けて家の中に入り、各部屋の窓を開けて回る。
家はキッチンにダイニングにリビング。それに四つの個室に、お風呂とトイレ。裏には、庭もあった。
「よしっ、まずは埃をどうにかしないとダメだね」
冒険者ギルドから借りたマジックバッグの中から、棒の先に細く切った布を取り付けたはたきを取り出す。そして、そのはたきを使って天井からゆっくり埃を落としていく。
「あっ、そうだ。掃除をする時は、マスクと手袋と帽子」
大掃除をする時は必要だからとお母さんが持たせてくれた物を、学校に行く時に使っているバッグから取り出して着ける。
「これで大丈夫だよね。よしっ、始めよう」
はたきで天井や壁、備え付けの棚をパタパタとはたいて、埃を落としていく。ある程度の埃が落ちると、今度は箒を使って埃を集める。その集まった埃やゴミを、マジックバッグから出した袋に入れていく。
「リーナ、そろそろ終わりにしよう」
お兄ちゃんに呼ばれて玄関に行くと、彼は心配そうな表情で私を見ていた。
「一人で大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だよ。それよりお兄ちゃんたち、練習はどうしたの?」
「えっ? 今日の練習はもう終わったけど……」
お兄ちゃんの言葉に、玄関から外を見る。
「あっ、結構な時間が経っていたんだね。気づかなかった」
うっすらと暗くなっている空を見て、慌てて窓を閉めに回る。
「お兄ちゃん、ありがとう。カリアスとタグアスも」
私が窓を閉めて回っている間に、お兄ちゃんたちが掃除道具を片付けてくれた。
「これでぜんぶか?」
「うん、そうだよ。お待たせ、帰ろ」
家の鍵をしっかりかけると、お兄ちゃんたちと一緒に帰る。
『あ~、紐男発見!』
紐男?
『ユウ、紐男って誰の事を……あぁ、奴か』
ユウとオルガトが見ている方を見て、納得する。私とユウにしか見えないけど、首に紐をぐるぐる巻きにしている……誰だっけ? 慰謝料を運んで来た貴族……えっと、ダメだ。ユウが言った「紐男」が浮かんで、彼の名前が出てこない。
『えっと……ヒ、モ? いや、ちがう、ちがう』
オルガトもどうやら紐という言葉のせいで、名前が出てこないみたいだ。
『アーオス伯爵家の当主補佐をしている、チャルト・オートス・タンリガ子爵だろ?』
ユウが不思議そうにオルガとを見る。
『あぁ、そんな名前だったな』
少し納得できない様子のオルガトを見て、ユウが首を傾げる。
『それにしても、あそこって』
『リーナたちが最初に仕事の依頼を受けようとしていた家だな』
緑の屋根の大きな家。ただし、草が鬱蒼と茂っているため、屋根しか見えない家だよね。
『冒険者の数を増やして依頼を出し直したみたいだな』
ユウの視線が、鬱蒼と茂っている草を刈っている子供達に向く。
『そうみたいだな。さすがにあの草を、たとえ一ヶ月あったとしても二人ではムリだと気づいたんだろう』
オルガトの話を聞いていたユウが、ハッとした表情をする。
『そういえば、あの紐男はこの村に少し滞在するって言ってなかったか?』
帰り際に言っていたね。という事は、その少しの滞在のためにこの家を借りたのかな? すごい出費になりそうだけど、貴族だったら普通なのかな?
「リーナ。どうしたの?」
立ち止まっていた私に気づいたお兄ちゃんが、そばに戻って来る。
「この間、家に来た人がいたから」
隠す理由もないので正直に言うと、お兄ちゃんがチャルト子爵を見た。
「お金を持って来てくれた人だね。挨拶した方がいいかな?」
お兄ちゃんの提案に首を横に振る。
「必要ないと思う」
普通の人には見えない紐を、首にぐるぐる巻いているような人には近づきたくない!
「それもそうか。帰ろうか」
「うん」
チャルト子爵から急いで離れたくて、お兄ちゃんの手を掴み、早足でその場を離れた。
『あっ、こっち見た』
オルガトの言葉につい、わずかに肩が動く。でも、それに気づかないふりをして、足を速めた。
「「またな」」
カリアスたちと別れる道まで来ると、少し話をしてから、それぞれの家に帰る。
「「ただいま」」
家に戻ると、手洗いうがいをして夕ごはんの時間まで部屋でゆっくりする。
「学校の近くだから、これからちょくちょく見かけるかもね」
『あぁ。あの紐男?』
私がつぶやくと、ユウがふわっと私の周りを飛び回る。
少し鬱陶しい。
「そう」
視界にあの紐が見えると、気になってしまうな。なるべく、見ないように気を付けよう。
『あ~、俺も首に巻かれた紐が見たい! 見たい!』
『オルガト、やかましい』
いつもはユウがやかましいけどね。
「今日で終わりそうだな」
お兄ちゃんがリビングにある棚を一段、一段綺麗に拭きながら言う。
「そうだね」
冒険者ギルドから初めて依頼を受けてから一〇日目。学校の帰りと、休日に少しずつ掃除を続けてようやく今日、終わりが見えた。
「ダイニングにある棚の拭き掃除が終わったよ」
「棚の拭き掃除はここで終わりだから、最後はリビングの床だけだな」
「そうだね」
汚れた布を洗って綺麗にすると、リビングの床を拭き始める。お兄ちゃんも棚を拭き終わると、布を綺麗に洗うと床の拭き掃除を始めた。
「「終わった~」」
少し広いリビングも、二人で拭けばあっという間に終わってしまう。綺麗になったリビングの床を確認すると、お兄ちゃんとハイタッチした。
「リーナ、ありがとう。この依頼、ほとんどリーナに任せてしまったな」
「大丈夫。依頼を受ける時に、ちゃんとわかっていたことだし」
私の返答を聞いたお兄ちゃんは、少し考えたあと私を見た。
「冒険者ギルドに報告へ行くだろう?」
「うん」
掃除を終わらせられたら、冒険者ギルドへ行って「終了」を伝える必要がある。
「その帰りに、お菓子でも買って帰ろうか」
「んっ? 依頼料でって事?」
「うん。初めて自分で手にしたお金だから、リーナにプレゼント」
あれ? それを言うなら、私も初めて自分で手にしたお金だから、こういう時は家族にお土産を買っていくのでは? もしかして、魔法の練習中も私が掃除していたから、気にしているのかな?
『何も言わず受け取った方がいいと思うぞ』
ユウの忠告に微かに頷くと、お兄ちゃんに笑顔を向けた。
「ありがとう。うれしい」
今度、お礼にお兄ちゃんに何か買おう。何がいいかな?




