60話 冒険者の仕事とは?
「リーナ。冒険者になるかは、急いで決める必要はないからな」
私の宣言に、お父さんは少し焦った様子を見せた。
「大丈夫、ちゃんと考えて決めたから」
私の様子を見たお父さんとお母さんは、少し困ったような顔をした。
どうしてそんな表情をするんだろう? 冒険者になるように勧めたのは、お父さんたちだよね?
「えっと、冒険者になった方がいいんだよね?」
「もちろん、そうなんだけど。そんなに早く決めると思っていなかったから、冒険者登録の書類を一組しかもらってきていないんだ」
あっ、それで困っていたのね。
お父さんが本棚の一番上から封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「リーナ」
「何? お兄ちゃん」
お兄ちゃんはテーブルの上にある書類を私の方へと寄せて、私を見た。
「この書類は、リーナが使ったらいいよ。俺は冒険者ギルドでもう一組もらってくるから」
「アグス。お父さんが、明日もう一組もらってくるから、明日リーナと一緒に記入したらどうだ?」
お父さんが、お兄ちゃんを見る。
「うん。お兄ちゃん、そうしよう」
「そうだね。お父さん、明日よろしく」
「了解」
『リーナが冒険者か。剣か弓、どっちの訓練をするんだ?』
どうして剣と弓の二択なんだろう? 他にも武器はあるよね?
「お父さん」
「どうした?」
お父さんが、不思議そうに私を見る。
「私は、どんな武器がいいと思う?」
「んっ?」
私の質問に、お父さんは眉間に皺を寄せ首を傾げた。
「どうして、そんな質問を? それに武器が欲しかったのか?」
あれ?
『なんだ? なんか、リグスの反応が変じゃないか?』
お父さんの反応を見て、ユウは私をじっと見つめた。
『ユウ。冒険者になったからと言って、全員が武器を持って魔物とか魔獣と戦う訳じゃないぞ。ランカ村だと、草むしりとか家の大掃除の手伝いとか野菜の収穫とか。とりあえず武器を必要としない依頼の方が多いはずだ』
そうなんだ。ユウから聞いた話で、私は冒険者は武器を持って戦うのが主な仕事だと思っていた。
『うっそ~。えっ、まじ? 冒険者になるのに、魔物とか魔獣とは戦わないのか?』
「リーナ」
お母さんが心配そうに私を見る。
「もしかしてリーナは、魔獣や魔物と戦う冒険者になりたいの? あれは、とても大変な仕事だから、もの凄く頑張らないといけないんだけど」
これは、ユウの話を鵜呑みにしてしまった私の失敗だね。
「ごめん、冒険者の事がよくわかっていなかったみたい。この村では、どんな依頼が多いの?」
私の言葉に、お父さんもお母さんもホッとした表情を浮かべる。
「そうね。一番多いのは、この村は少し年配の方が多いから、家事のお手伝いをする依頼だと思うわ。次は庭の草むしりで、野菜や果物を収穫する時季になったら、収穫のお手伝いの依頼も増えると聞いたわ」
『まさか、本当にオルガトの言う通りなのか! え~、せっかく冒険者になったのに戦わないなんて!』
お母さんの説明を聞きながら、頭を抱えて叫ぶユウに、私はそっとため息を吐いた。
「そっか。それぐらいなら、今の私にもできそう」
「まぁ、それぐらいしか仕事がないから、この村の冒険者ギルドはずっと小規模なんだけどな」
お父さんが笑いながら話すと、お母さんも微笑みながら頷いた。
『森が近いのに、魔物とか魔獣は出ないのか?』
ユウがテーブルに手を着いてお父さんに向かって叫ぶ。
『だからそんな事をしても、ユウの姿はリーナにしか見えていないって』
『そんな事はわかってるよ! 気分の問題だ』
オルガトのツッコミに、ユウが不貞腐れたような表情を浮かべる。ユウの態度には呆れるけど、魔物や魔獣については私も気になる。
「ランサ森には、魔物や魔獣はいないの?」
「魔物なんて、めったに現れたりしないわよ。ただ、魔王の復活が近くなると、魔物が増えると言われているわね」
「そうなんだ」
お母さんの説明に頷くと、チラッとユウを見る。ユウは、納得いかない様子でお母さんを見つめていた。
「魔獣ならランサ森にいるけど、ここ十年ほどは目撃したという噂も聞かないな」
「十年も? だったら、ランサ森から魔獣は消えたのかな?」
お父さんの説明に、お兄ちゃんが首を傾げる。
「目撃情報はないけど、鳴き声を聞いたという人はいるから、消えたと思うのは危険だと思うわよ」
お兄ちゃんの言葉に、お母さんが首を横に振る。
「鳴き声は聞こえたんだ」
「えぇ、そうよ。でもその鳴き声、聞いた人によれば、かなり苦しそうだったらしいの」
「苦しそう?」
お母さんの説明に、お兄ちゃんは不思議そうな表情を浮かべた。
「えぇ、そう聞いたわ。冒険者ギルドもその鳴き声が気になったのか、一度調査してくれたのよ。でも、原因は突き止められなかったわ」
「苦しそうな鳴き声は、最近も聞こえるの?」
「どうかしら。リグスは知っている?」
私の質問に、お母さんがお父さんを見る。
「ランサ森の近くに住んでいる同僚から聞いたんだけど、最近も聞こえてくるらしいぞ。しかも、少しずつ鳴き声が大きくなっている気がするとも言っていたな」
えっ、鳴き声が大きくなってるの? それって、何か危険では? というか、ランサ森の洞窟に行かなきゃいけないんだけど、大丈夫かな?
『ランサ森に住む魔獣に異変とか、ちょっとワクワクしないか?』
するわけないでしょ! その異変が起こっている森に行くつもりなんだから。はぁ、ランサ森を調べてから契約をしたら良かった。
「そうなの? その話は知らなかったわ。怖いわね」
「そうだな」
不安そうにお母さんが呟くと、お父さんはお母さんの手に自分の手を重ねる。
『リグスもカーナも、仲がいいよな』
『そうだな、羨ましい。俺の両親は、本当に不仲で言い争いが絶えなかったからな』
ユウの呟きにオルガトも頷く。
「冒険者ギルドは、もう一度調査をしてくれないかしら」
「鳴き声の変化に気づいた同僚が、冒険者ギルドに相談しようか迷っていたから、相談するように言っておくよ。ランサ森の近くに住んでいる者が訴えたら、話ぐらいは聞くだろうから」
「そうね、お願い。あら、スーナがもう眠っちゃってるわ」
お母さんの視線を追うと、ソファの上で気持ちよさそうに眠るスーナがいた。
「もう、寝る時間ね。アグスとリーナは、順番にお風呂に入って寝なさい」
お母さんはスーナを抱き上げると、お兄ちゃんと私を見た。
「「はい」」
リビングを出ると、一緒に出てきたお兄ちゃんが私を見る。
「冒険者になったら、ルドークさんに会えるかな?」
私たちを守ってくれたルドークさんか。
「会ったら、冒険者になりましたって挨拶に行こう」
「それはいいな。先にお風呂に入っていいぞ」
「ありがとう」
お兄ちゃんと別れて部屋に戻り、お風呂の準備をしながら呟く。
「ランサ森の魔獣か」
チラッと空中にいるオルガトを見る。
「しょうがない。契約しちゃったし」
ユウはワクワクすると言ったけど、前の世界にはいなかった魔獣。そんなものと、関わりあいたくない! だって、怖いでしょ! 魔獣だよ? どんな姿をしているのかわからないけど、名前からして怖そうじゃない。
「あっ、姿を知らないから怖く感じるのかも。学校でちょっと調べてみようかな」
実際に姿を見たら、「あれ?」と思うかもしれないよね。……逆に、ランサ森に行く事がもっと嫌になるかもしれないけど。




