58話 両親からの報告
「「ただいま」」
お兄ちゃんと家に入ると夕ごはんの匂いがした。
「お腹、空いたね」
お兄ちゃんの言葉に頷きつつ、キッチンに向かった。
今日の朝、お父さんとお母さんから「話があるので早く帰ってきてほしい」と言われた。
だから今日は、学校が終わった後の魔法の練習を早めに切り上げて、家に帰ってきた。
「お兄ちゃん」
「どうしたの?」
「今日、私は魔法を使えないとお父さん達に話そうと思うの」
「わかった。大丈夫?」
心配そうな表情で私を見るお兄ちゃんに、笑顔で頷く。
「大丈夫」
今日、ショーじいにもう一度魔力の流れを見てもらった。
でもやっぱり昨日と同じ結果だったので、お父さんたちに報告することにした。
「おかえりなさい」
「おかえり~」
キッチンからお母さんが出てくると、スーナも元気よく飛び出してきた。
「お母さん、スーナ、ただいま。スーナ、今日は元気だね」
「うん、元気です」
お兄ちゃんの問いかけに、元気よく答えるスーナ。
スーナは少し体が弱く、すぐに風邪をひいてしまう。
だから、今日のように元気に走り回ることはあまりない。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。遊んで」
「「いいよ」」
手を洗ってうがいを済ませたあと、リビングでスーナと遊ぶ。
スーナの好きな遊びは、人形遊び。
特にお母さんが手作りした、淡い金髪で緑の目の人形が大好きだ。
『その人形、リーナに似ているよな』
『それって髪の色と瞳の色だけで判断してないか?』
スーナが抱きしめている人形を見ながらユウがつぶやくと、オルガトは不思議そうに首をかしげる。
「そろそろ夕ごはんよ」
お母さんがリビングに私たちを呼びに来ると、ちょうど玄関からお父さんの声が聞こえた。
「ただいま」
「「「「おかえり」」」」
ダイニングに行くと、テーブルの上にはいつもより少し豪華な料理が並んでいた。
それに首を傾げていると、お兄ちゃんがお母さんを見た。
「今日は、何かうれしいことでもあったの?」
「えっと、まずは座って」
お兄ちゃんの問いかけに、嬉しそうに笑いながらお母さんが椅子を勧める。
「なんだろうね。お母さん、すごく嬉しそうだね」
「うん」
お兄ちゃんと小声で話しながら椅子に座り、お母さんを見る。
「悪い。待たせたな」
ラフな格好に着替えたお父さんがダイニングに入って来ると、いつもの席に座って私たちに視線を向けた。
「えっとだな。実はうれしい報告があって……」
お父さんが少し恥ずかしそうにお母さんを見る。
「ふふっ。あのね、家族が増えるの」
家族が増える?
……あっ、赤ちゃんだ!
『赤ちゃんか。カーナ、おめでとう』
ユウが嬉しそうな声を上げると、お母さんの後ろに回って笑顔で手を叩いた。
『何をやっているんだ? 彼女には、ユウの姿が見えていないぞ』
『そんな事はわかっているけど、気持ちの問題だよ。赤ちゃんが出来たんだぞ。喜ばしい事だろう?』
『まぁ、それもそうか。おめでとう』
ユウの隣にきて手を叩くオルガト。
そんな二人の様子から、そっと視線を逸らしため息を吐いた。
「いろいろあって気付いていなかったんだけど。来年の春には新しい家族が増えるわ」
お母さんが話をしながら優しくお腹を撫でる。
それを微笑ましく見つめるお父さんの姿に、胸が温かくなった。
「お母さん、おめでとう。いつ頃から安定期に入るの?」
そうだ。
安定期に入るまで大変な人もいるんだよね。
お母さんは大丈夫なのかな?
「それがね。もう安定期に入っているの」
お母さんの説明に、お兄ちゃんと一緒に首をかしげた。
「つわりもほとんどなくて、ちょうどいろいろあった時期だったから、ちょっとした体調不良も問題のせいだと思い込んでいたの。だから妊娠している事に気付くのが、遅れてしまったのよ」
「そうなんだ。何もなくて良かった」
「うん」
あの時期が、一番安静にしていなければならなかった時期だったなんて思わなかった。
お兄ちゃんの言う通り、何もなくて本当に良かった。
「お母さん、これからはもっとお手伝いするから、なんでも言ってね」
私の言葉に、お母さんは微笑んだ。
「ありがとう、リーナ。でも最近は勉強も魔法の練習も頑張っているんでしょう? ムリはしないでね」
お母さんの言葉に、思わず少し表情が強張ってしまう。
こんな嬉しい報告のあとに、「実は魔法が使えない」なんて話していいのかな?
「どうしたの? 何かあったの?」
私の変化に気付いたお母さんが、心配そうに私を見る。
「えっと、食事が終わったあとに、お父さんとお母さんに話があるの。時間を取ってくれる?」
私の雰囲気から、良い話ではなさそうだと察したのだろう。
お母さんが少し戸惑った様子を見せた。
「わかった。とりあえず今は料理をいただこう。冷めてしまってはもったいないからな」
「うん」
お父さんは、お母さんの肩を優しく叩くと、両手を合わせた。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
お母さんは少し私の様子をうかがうように見ていたが、私がいつも通りだとわかったのか、安心した表情で料理を口に運んだ。
「「「「「ごちそうさま」」」」」
みんなで使ったお皿をキッチンに運び、お父さんが洗ったお皿をお兄ちゃんと一緒にきれいな布で拭く。
その間にお母さんは、飲み物とお菓子を準備してリビングに運んだ。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。クリームを使ったケーキだよ」
特別な日にしか食べられない生クリームのケーキ。
それが食べられると知ったスーナは、少し興奮した様子で私とお兄ちゃんの周りを走り回った。
「スーナ、そんなに走り回ったら、またしんどくなるよ」
「大丈夫。今日はとっても元気なの!」
スーナの様子に少し不安を覚え、彼女に声をかけると、スーナは笑顔で「元気なの」と答えた。
それでも心配なので、スーナに向かって右手を出すと、彼女は私の手を両手でギュッと握って私を見た。
「一緒にリビングに行こうか」
「うん。お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんも一緒だぞ。さぁ、行こう」
お兄ちゃんがスーナに手を伸ばすと、スーナの右手は私と。
左手をお兄ちゃんとつなぎ、三人で一緒にリビングへ向かった。
「あら、仲良しね」
リビングに入ると、お母さんが微笑ましげな表情で私たちを見ていた。
「仲良しだよ。ね、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
スーナが笑顔でお兄ちゃんと私を見るので、思わず私も笑顔になった。
「「そうだね」」
スーナを真ん中に挟んでソファに座ると、お父さんが五等分に切った生クリームケーキのお皿をそれぞれの前に置いてくれた。
「久しぶりの生クリームケーキだね」
お兄ちゃんが嬉しそうにケーキを見て呟く。
「そうだね。おいしそう」
リーナの記憶では、生クリームのケーキは誕生日のような特別な日だけに出てくる特別なお菓子だったようだ。
前の世界では気軽に食べられたけど、ここでは違うのだろう。
「「「「「いただきます」」」」」
ケーキを一口食べると、ちょっと甘めの味が口に広がる。
少し甘味が強いけど、久しぶりだからおいしい。
『いいな、ケーキ』
ユウが私の隣に来ると、ジッとケーキを見つめる。
食べにくい……。
まぁ、気にしないけど。
ケーキを食べ終わると、お母さんが淹れてくれた紅茶を飲む。
「ごちそうさまでした」
紅茶を飲んでホッとしていると、お父さんに名前を呼ばれた。
「リーナ。話があると言ったけど、何かな?」
あっ、忘れてた。
小さく息を吐き出して背筋を伸ばし、ソファに座ってお父さんとお母さんを見る。
「今、魔法の練習をしているんだけど、私は魔法が使えないみたいなの」
「「えっ?」」
私の話を聞いて不思議そうな表情を見せるお父さんとお母さん。
「でもリーナは、昔……」
「うん、そうなんだけど、ショーじいに見てもらったら、魔力の流れが途中で切れているみたいなの。だから、私は魔法が使えないんだと思う」
「もしかして呪いを掛けられたせいなのか?」
私の説明を聞いたお父さんは、顔色がさっと青ざめた。
呪い?
あぁ、そのせいの可能性もあるのか。
でも、本来のリーナの魂じゃないことが原因なんじゃないかな。




