57話 オルガトも変じゃない
「どんな世界でも、その世界のルールから外れる存在はいると思う。女神信仰が強いけれど、その女神さまに対して不信感を抱いている人たちもいるかもしれないだろう?」
ユウの答えに、それもそうかと納得する。
この世界では、女神さまの恩恵のおかげで、国ができてから今まで国同士の争いが起きていない。国のトップを女神さまが決めているからね。でも、それはこの世界ではあまりにも当然のことなので、それが女神さまの恩恵だと気づいていない人たちいるかもしれない。
私はかつて、戦争とか内戦が起こっていた世界にいた、だからこそ、これがどれほどすごいことか分かる。でも、そのすごさに気づいていなければ、女神さまの恩恵を受けているのは一部の人だけだと思っている人もいるかもしれない。そして、その一部の中の一人がチャルト子爵なのかもしれないのか。
「女神さまの恩恵は、目に見えるものだけじゃないからね」
恩恵は、目に見えないものの方が多いのかもしれないね。
『ただいま~』
オルガトが壁を通り抜けて部屋に入って来る。せめて窓から入ってきてくれればいいのに。
『おかえり。それで、周辺に不審者はいなかったか?』
『大丈夫。この家の周辺には誰もいなかった』
オルガトの言葉を聞いて、ユウはほっとした様子を見せる。
『そういえば、この家の周辺には俺みたいな者がいないな』
『えっ?』
オルガトが首を傾げて言うと、ユウの眉間に皺が寄った。
『俺みたい? それはつまり?』
『俺みたいな存在の事だよ。俺がいた森の中には、結構な数がいたのに』
オルガトの答えに、ユウの顔色がさっと悪くなった。
『マジか。というか、ここに来る前は森にいたのか?』
『うん、そう。俺が殺された場所はランサ森の中なんだけど、そこからずっと動けなかったんだ』
あれ? そういえばオルガトは、自我を失いかけていたとはいえ、完全には失っていなかった。それなのに、どうして彼は私たちのもとへ来ることができたんだろう?
「変だな」
オルガトが森から動けなかったのは、霊力レベルが低かったからだ。今も、彼の霊力レベルは二だから、死んだ場所から動ける状態ではない。でも、霊力レベルが低くても動ける場合がある。その条件が、自我を完全に失った場合だ。でも、オルガトはこの条件に当てはまらない。
フィリアが移動できたのは、代々受け継がれてきた家宝の力と彼女の強い思いがあったから。それでも自由に動けるわけではなく、ペンダントのそばにいるという条件があったけど。
『リーナ? どうしたんだ?』
ユウが心配そうな目で私を見つめる。
「オルガトは、どうやってここに来る事ができたの? 森から動けなかったのに、どうして動けたの?」
これは直接本人に聞いた方がいいよね。
『えっ、どうしてって言われても……。ただ急に引っ張られる感覚がしたんだ』
引っ張られる? どこかで聞いたような言葉だな。
『それで気づいたら森の外にいた。そういえば、あの時からだな。じょじょに自分がはっきりとわかりだしたのは』
つまり、森の中で自我を失いかけていて、何かに引っ張られて森の外に出ると、自我が戻り始めた。……ダメだ。オルガトに、何が起こったのかまったくわからない。
『リーナ』
ユウに呼ばれて視線を向けると、彼は怯えた表情をしていた。
「どうしたの?」
『いや、俺がこの世界に来たのも急に引っ張られたからだから、ちょっと変な気持ちで』
あぁそうだ。ユウも引っ張られたと言っていたんだった。
「大丈夫?」
『あぁ、大丈夫』
不安そうなユウは、スッと私のそばにやって来た。
まさか、ここまで怯えるとは思わなかったな。
『話をつづけるぞ。森の外に出て、自分が戻って来ると……なんとなく、こっちへ来ないとダメな気がして』
なんとなく?
『つまりこっちに誘われたって事か?』
ユウの質問に、オルガトは少し考えたあと頷いた。
『そんな感じだったと思う。それから少しふらふらと彷徨って、気がついたらリーナの家の近くに来ていたんだ。夜だったから灯りが見えて、嬉しくなって窓からのぞき込んだらユウと目が合ったんだな』
オルガトの話から考えると、誰かがこっちに彼を誘導したって事になるのかな? でも、誰が? 私がユーレイを認識できると知っているのはユウだけなのに。
「そういえば、森にはユーレイがいっぱいいたの?」
『リーナ! 忘れたかった事を!』
本当にユウはユーレイが苦手だね。自分と同じ存在なのに。
『あぁいたぞ。俺みたいに動けないユーレイが』
オルガトの周りにいたユーレイは、みんな霊力レベルが低かったみたい。まぁ、霊力レベルの強いユーレイが近くにいたら、弱いユーレイは吸収されてしまう事もあるらしいから、良かったのかな。
『ユーレイ同士ってどんな会話をするんだ?』
『えっ? あれ? 近くにいたユーレイと会話した記憶はないな』
オルガトの答えを聞いたユウが、驚いた表情を浮かべる。
『まったく? 近くにいたんだから、少しぐらい会話するだろう?』
『今だったらそう思うけど、あの時は……近くにいる事は見えているから知っていたけど、興味がなかったから』
ユウがオルガトから私へと視線を移す。
『どうして?』
「ユーレイは、自分の心残りの事しか興味を持たないからだと思う。自分と同じように動けないユーレイに願っても、時間のムダでしょ?」
『あぁ、なるほど?』
少し釈然としない様子のユウはオルガトを見る。
『今のオルガトを見ていると、いろいろな事に興味を持っているから想像できないな』
「えっ? あっ、そうだね」
うん、変だ。ユーレイなのにオルガトは、洞窟以外の事にも興味を示している。これって、通常のユーレイの行動ではないよね。ユウと一緒にいるおかげで、オルガトの行動がおかしい事に気づかなかった。
『そうだ、リーナ』
「なに?」
ユウを見ると、彼は自分の首を指した。
『首に巻かれていた紐について何かわかった?』
「いいえ、まったくわからなかった。でも、チャルト子爵がそばを通ったときに、ひどい悪寒を感じたの。証拠はないけれど、紐が関わっている可能性は高いと思う。」
『ひどい悪寒かぁ』
ユウが首を傾げているそばで、オルガトは不満そうな表情を浮かべる。
『俺にもユーレイが見えていれば、きっと役に立てるのに!』
『いや、見えても役には立てないと思うぞ』
ユウの言葉に、オルガトは不貞腐れた表情を浮かべた。
『そうかもしれないけどさ』
『リーナ。元の世界で似たような事はなかったのか?』
首に紐ね。家族や親戚から聞いた話を思い出す限り、似たようなものはない。
「ないと思う。そもそも、首に紐が巻き付いているチャルト子爵はユーレイではなく生者だからね」
『あっ、そうだったな』
自分の身を護るために、ユーレイについてはある程度の勉強はした。その中には、ユーレイの影響を受けた生者について書かれているものもあった。でも、首に紐を巻きつけるような現象が起きるという話はなかったと思う。
『リーナたちを襲った奴らと同じだったから気になったけど、チャルト子爵とはもう関わる事もないだろうから忘れるか』
「そうだね」
もう、貴族とは関わりたくないな。




