53話 それって、見えていたのは……
「あの、何がわかったんですか?」
お兄ちゃんが困惑した表情でフォガスさんを見ると、フォガスさんも真っすぐお兄ちゃんを見返した。
「その説明の前に、俺の話を聞いていただけますか?」
お兄ちゃんは私に視線を向け、少し首を傾げた。
「どうする? 大丈夫?」
「うん。とりあえず話を聞こうと思う」
フォガスさんの話を聞いてみないと、どうしたらいいのかわからないからね。
フォガスさんは、私とお兄ちゃんの会話を聞きながら頷いた。
「昔、女神の友人である精霊を見ることができ、会話もできた方がいました」
それって、本に書いてあった人のことかな?
「そして、その方の子どもや孫も精霊を見る事が出来ました。ですが、その方たちは精霊と話すことはできなかったようです」
この事は、本に書かれていなかったな。
「その力は一族全ての人に現れるわけではありませんでした。また、はっきり見える方もいれば、おぼろげにしか見えない方もいるなど、力の強さには個人差があったようです。ある時、その力を利用しようとする者が現れました。二人目の、精霊と話せる方が生まれた時です」
自分の利益のために利用しようとする事は、ありがちな話だよね。
「利用しようとした者は、精霊が見えて話せる方を監禁し、精霊から自分にとって有益な情報を得ようとしました。すぐに家族が異変に気づき見える者を助け出しましたが、本人は酷いショックを受け、そのまま亡くなってしまいました」
フォガスさんが、私の様子をうかがうような視線を向けた。彼の態度の意味がわからず首を傾げると、なぜか彼はほっとしたような表情を浮かべた。
その意味がわからず、ユウに視線を送った。
『んっ?』
私の視線に気づいたユウが、不思議そうな表情を浮かべた。
ダメだ、フォガスさんの様子に気がつかなかったか。
「その後からです」
フォガスさんに視線を戻す。
「精霊を見える方が生まれなくなったのは」
「生まれなくなった?」
お兄ちゃんの質問にフォガスさんが頷く。
「精霊の怒りに触れたのでしょう。六〇〇年ほど、見える方は現れませんでした」
六〇〇年、長すぎるでしょう!
「精霊について疑問視する声が上がり始めたある日、教会に来たご夫婦から『娘が誰もいない空中に向かって話しかけて笑っている。どうしてしまったのか心配だ』という相談がありました」
ん~、私もそう見えるんだろうな。気を付けてはいるけど、無意識にユウを見てしまうことがあるから。ぎりぎり声は掛けてないけど。
「相談を受けた神父は『もしかして』と思い司教に相談。司教がご夫婦のお子さんに会いに行くと、彼女の方から『精霊が見える。友達になった』と言ったそうです。教会では、再び利用しようとする者が現れ精霊の怒りを買うことを警戒し、そのことは一部の者にしか知らせず、一般には公表しませんでした。精霊や、精霊が見える人とその家族を守るためです」
教会側はすごく警戒しただろうね。だって、利用する者がたった一人現れただけで、六〇〇年も姿を見せなかったんだから。次に怒りを買ったら……一〇〇〇年くらい姿を見せないかもしれない。
いや、教会が知らなかっただけで、見える者はいたかもしれないよね? でも、女神信仰が強いこの国で、教会に報告しないなんて事ある? やっぱり六〇〇年、姿を見せなかったのかも。
「ご夫婦のお子さん以降、少しずつ精霊を見える者が現れました。ですが、前と違ったのはその力が子孫には受け継がれなかった事です。そして、もう一つ」
フォガスさんが真っすぐ私を見る。
「精霊が見えることを決して認めようとしない人が現れたことです。行動から見えている事はわかるのですが、どんなに聞いても『見える』とは言ってくれなかったようです」
フォガスさんが少し悲しげな表情を浮かべる。
「『見える』ことを認めない方は、なぜか教会をとてもイヤがったそうです」
えっ、イヤがった?
「過去の怒りでそんな態度になるのだろうと思い、精霊に『もう二度とイヤな思いはさせない』と伝えても、その方は決して神父だけでなく司教にも、心を開いてくれなかったそうです。逆にとても怯えていたと記録されていました」
教会をイヤがって、神父や司教に怯えた。それって……その方の見えていた存在が精霊ではなかったからでは?
「そしてその方は、幼くしてお亡くなりになりました」
「「えっ」」
亡くなった?
「どうして死んだんですか? 病気ですか?」
お兄ちゃんの質問に、フォガスさんは首を横に振る。
「記録には『不明』と書かれてありました。ですが、亡くなる数ヶ月前から、食欲がなくなり、十分に眠ることもできなくなっていたそうです。病気を疑って調べたとありましたが、何も見つける事は出来なかった。亡くなる少し前には、神父や司教が傍に寄るだけで泣くようになり、教会側は近づかない方がいいと判断し、遠くから見守ることにしたようです」
『なぁリーナ。そいつが見ていたのは、精霊じゃなくてユーレイだったから、教会を怖がったんじゃないか?』
『どうして教会を怖がるんだ?』
ユウの質問にオルガトが不思議そうな表情をする。
『教会にある絵を見た事はあるか? ユーレイが悪霊として描かれている絵なんだけど』
『あぁ、あの絵か。あれは有名だからあるぞ。というか、親が子供に見せる絵の一つだろう? 絵を見ながら『心を穢してはいけません。悪霊となって女神さまから見捨てられた存在になってしまいますよ』って親に言われるんだよな』
えっ、あの絵を見た時に、そんな事を言われるの?
『あぁ、『ウソをついたら舌を抜かれるぞ』とか『悪い子は鬼にさらわれるぞ』とかと同じことだな』
ユウの言葉に首を傾げる。
一緒なのかな?
『おにってなんだ? 誘拐犯の名前か?』
この世界には鬼という言葉がないのかな?
『鬼は鬼だ』
ユウの言葉に、オルガトは首を傾げる。
『まぁいいか。で、どうして教会を怖がるんだ?』
オルガトの質問にユウが彼を睨みつける。
『だ~か~ら~、この世界ではユーレイが悪霊と言われているの! 俺たちみたいなのが見えるとわかったら、教会がどんな反応するかわからないだろう。もしかしたら女神の敵として殺しに来るかもしれないんだぞ!』
そうか、女神の敵とわかったら……この世界だと処刑になるのかな? まさか火あぶりじゃないよね?
「その方以外にも、精霊が見えることを決して認めようとしない人たちがいました。そして彼らは同様に教会を怖がり、教会に近づく事をしませんでした。そして、その……」
「全員、亡くなったのですか?」
フォガスさんが言い淀んだので、代わりに私がそう尋ねると、彼は神妙な面持ちでうなずいた。
「亡くなった原因のほとんどが『不明』で、それ以外は『事故死』だったそうです」
「リーナ」
お兄ちゃんが私の手をギュッと、少し力を込めて握った。
「お兄ちゃん、大丈夫」
彼らが本当にユーレイを見ていたのなら、彼らが死んだのはユーレイが原因だと思う。ユウはユーレイの中では異端。普通のユーレイは、自分がこの世界に縛られた心残りをなくそうと動き、そして理性を失っていく。
理性を失っていくユーレイには、生きている者の都合など関係ない。彼らは、ただ自分の目的を果たすために、見える者を追い詰めていく。その結果、見える者は心が弱り、体が弱り、そして傍にいるユーレイに喰われて死んでしまったのだろう。
「リーナ殿は、精霊を見ているとは言いませんでしたが、その行動は見ている者と同じです」
やっぱりユウを見ていた事に気づいていたか。
「ですが、認めなかった方たちとは違い、修繕中ですが教会に行きますし、司教に怖がる事はありませんでした」
いや、ユーレイを見ている事がバレるんじゃないかと怖かったですよ。
「だから、大丈夫だと思うのですが心配です。彼らがどうして亡くなったのかわからないので」
ユーレイのせいですと言えれば簡単だけど……ムリだよね。




