50話 今と昔の地図
『へぇ、学ぶ言葉は増えたみたいだけど、勉強のやり方は昔とあまり変わっていないんだな』
オルガトは感心した様子で、私の目の前にある教科書を眺めた。
『昔も文字から覚えたのか?』
ユウもオルガトと同じように、私の教科書を覗き込む。
『あぁ、学校に入ったら、まず文字の読み書きからだ。そして文字がある程度わかるようになったら薬草について教わるようになる』
私はちょうど今、その薬草を学び始めたところだね。
『計算の勉強はいつから始まるんだ?』
ユウの質問にオルガトが少し考え込む。
『計算の前に、魔物と魔獣の勉強が先だと思うぞ』
そうなんだ。
チラッと上空にいる二人に視線を向ける。
『魔物と魔獣の勉強が先なんだ。ところで魔物と魔獣の違いは?』
『魔物は魔力から生まれた存在で、魔獣は動物が魔力に侵されて変化した存在だな』
オルガトの答えを聞いたユウは、ワクワクした顔で私のほうを見た。
『いつから魔物と魔獣の勉強が始まるんだ?』
私はユウの質問に小さく首を横に振ってから、薬草について話している教師の方を見た。
「この薬草は、お腹が痛くなった時に役立つのだけど、毒草に似ているから気を付けるように」
教師の言葉を聞きながら、教科書に載っている薬草を見る。
『葉っぱの形が同じで色も同じか。薬草と毒草を見分けるのは難しそうだな』
ユウの言葉に頷きながら、薬草と毒草の見分け方の説明文を読む。
茎に小さなとげがあるのは薬草で、ないのが毒草なんだ。違いがこれだけだなんて、焦っていると絶対に間違えそうだよね。
『薬草でも飲み方によっては毒になる事もあるし、毒草でも根っこだけは薬草だったりするから覚えるのが大変なんだよな。それに勉強している時は頑張って覚えたけど、実際に使った事がある薬草は……二〇種類くらいかな? で、数年もすると日頃使う薬草しか覚えていない。それを思い出すと、この時間が必要なのか疑問だな』
『そういう気持ちになるの分かるよ。「これ、いつどこで使うんだ?」なんて思いながら俺も勉強した事があるからさ』
オルガトの言葉に、ユウも頷きながら同意を示す。私もつい、二人の会話を聞きながら頷いてしまった。
『薬草の勉強が終わり~』
ユウの言葉にハッと気付き、あわてて前を向く。
しまった……オルガトとユウの会話に気を取られて、薬草の説明を聞き逃してしまった。家に帰ったら、教科書を読んで覚えないと。
休憩時間になったので席を立ち、教室を出る。
『どこへ行くんだ? アグスのところか?』
ユウが不思議そうに尋ねながら後ろを付いてくる。その後ろをオルガトも続いた。私は二人を気にせず、ある部屋の前で立ち止まり、頭上を見上げる。
『図書室?』
ユウが首を傾げながら、私と一緒に図書室へ入る。オルガトは嬉しそうな声を上げながら付いてきた。
『本だ~! 俺は本だ大好きだったんだ。新しい世界を知る事が出来るからな! そうか、俺が死んだあとに出た本を読む事が出来るんだ!』
図書室の上空をくるくる飛んでいたオルガトは本棚に近付き、そして叫んだ!
『くっそ~。本に触れない!』
死んでいるからね。霊力レベル二だと、少し触る事が出来るけど本を持ち上げてページをめくるほどの力はない。
『うぅ~』
オルガトが恨めしそうな視線を私に向けると、ユウが呆れた表情をした。
『バカだな。そんな目でリーナを見ても無駄だぞ。リーナはスルーが得意だからな』
うん、その通り。
二人をそのままにして、地図が置いてある場所へ向かう。そしてランサ森が載っている地図を見つけ出すと、テーブルに広げた。
『あぁ、ランサ森の地図か』
ユウの呟きを聞いたオルガトが、慌てた様子で地図を見る。
『あれ? 俺が知っているランサ森とちょっと違う?』
やっぱり。オルガトが死んでから一五七年も経っているから、ランサ森も変わっているかもしれないと思ったんだよね。
『川がなくなってる? 俺が見つけた洞窟は……どこだ?』
オルガトが唖然としている横で、私は思わず頬が緩む。
地図を確認して正解だった。オルガトの記憶だけを頼りにしたら、最悪森で迷子になったかもしれない。
『リーナ、悪いんだけど、昔の地図はあるのかな?』
オルガトの言葉に、地図があった場所に戻り確かめる。
「あった」
紙の色が少し変わっている地図を見つけると、今の地図の隣に並べて広げる。
『えっとこっちの昔の地図は、一二〇年前に作られた物みたいだ』
ユウが地図の隅にあった作成日を見つけると、私とオルガトを見た。
『一二〇年前の地図だと、俺の知っているランサ森に近い。あっ、ここだ! この崖に俺の見つけた洞窟がある!』
オルガトは指差した場所を新しい地図で探す。
『ん~、崖はあるけど川がないな。あれ? こっちにも崖があるぞ』
古い地図と新しい地図を比べると、なぜか崖の数が増えていた。崖が、一二〇年で新しく出来るとは思えないけど……。
『ランサ森に魔力変動があったのかもしれないな』
魔力変動?
オルガトの説明に私とユウが首を傾げる。
『地下に大量の魔力が溜まって、それが放出される時に大地の形が変わってしまうんだ』
『火山の噴火に似ているのかな?』
オルガトの説明を聞いたユウが呟く。
確かに地下に溜まったマグマや地下水が放出されると、地形が変わるから似ているかも。
『この川の位置から考えると……俺が探している洞窟はランサ森の奥にある崖にあるはずだ』
オルガトが新しい地図のある場所を指して私たちを見る。
彼の指差した場所を確認して頷くと、時計を見て急いで地図を片付けた。
「やばい、次の授業が始まっちゃう」
私が小さく呟くと、二人も慌て始める。
いや、二人が焦ったところで何の役にも立たないし、むしろやかましいだけだから!
『急いで! 急いで!』
なぜかオルガトに急かされながら、図書室から教室に向かって小走りになる。
「授業を始めるわよ」
ぎりぎり授業に間に合うと、ホッとしながら席に座り、文字の練習帳をテーブルに広げた。
『間に合った~』
『焦ったな』
いや、二人は全く関係ないから。
ペンを持ち、先生の説明を聞きながら文字の練習を始める。以前より少しきれいになった文字を見て、思わず頬がゆるんだ。
授業がすべて終わると、お兄ちゃんたちと一緒に魔法を習うためにショーじいの家に向かう。
今日こそ、魔力を動かしたい!
「「「「ショーじい、今日もよろしくお願いします」」」」
ショーじいの家に着くと、みんなで家の中に向かって声をかけた。
「今日も頑張ろうな」
ショーじいが出てくると、みんなで広い庭へ向かう。そしてそれぞれ魔法の練習を始めた。
私はまず、魔力を感じ取ることから始めた。
「よし、魔力は捉えた。次だね」
小さく深呼吸すると捉えた魔力を手に移動させるように意識する。でも、まったく移動してくれない。
「ふぅ。もう一度」
もう一度魔力を捉え直し、捉えた魔力を手の方へゆっくり流れるようにしっかり意識する。でも、まったく動く気配を感じない。
「おかしいなぁ?」
ショーじいが私の様子を見て首を傾げる。
「しっかり魔力を捉えているみたいだから、もう動かせるはずなんだけど……」
彼の呟きに、お兄ちゃんが不安そうに私を見る。
「ショーじい、何か問題があるんですか?」
お兄ちゃんの質問にショーじいは少し考え込む。
「少し調べてもいいかな?」
ショーじいが真剣な表情で私を見るので、少し緊張しながら頷く。
「わしの手に手を乗せて。少し魔力を流すから我慢してくれるかな?」
また、あの少し不快な感覚か。
「はい」
ショーじいの両手に自分の手をそっと乗せると、ゆっくりとショーじいの魔力が流れ込んできた。以前にも感じた不快感がまた襲ってきて、少し気分が悪くなる。それを深呼吸しながら我慢していると、フッと不快感が消えていった。
「んっ?」
ショーじいの不思議そうな声に視線を向けると、彼は首を傾げて私を見ていた。
あっ、これは悪い結果が出たかもしれない。




