49話 見守り、だよね?
契約の印を見て、ホッと胸をなでおろす。
『不思議なものだな。こんな印は見た事がない。生きていれば研究出来たのに、残念だ』
そうだ。彼は研究者だったんだよね。精霊について、何か知っていることはないかな?
「オルガト」
『うん?』
「精霊について何か知らない?」
私の突然の質問に、オルガトは不思議そうな表情を浮かべる。
『精霊? 女神の友人たちだよな』
友人たち?
「女神が認めた存在なのは本で学んだけど、友人なの?」
『教会で呼んだ本に「友人たち」と書いてあったから、そうだと思う。ただ、知っていることはこの程度だな。俺は精霊には惹かれなかったから、目についた本をざっと読んだだけなんだ』
「そっか」
それは本当に残念だ。
『でも、俺の友人で精霊について調べていたやつがいたから、そいつに聞けば……って、もう死んでるのか』
そうだね。その友人がユーレイになっていない限り、私は会えないね。
「悪い。精霊については、手伝えないと思う」
「うん、ありがとう。さて、もう寝るね」
時計を見ると、いつもの就寝時間を過ぎてしまっていた。
『もう? もっと話をしないか?』
少し慌てた様子で、オルガトが私を見る。
久しぶりに誰かと話せたから、会話に飢えているのかな。でも、明日も学校があるから私は無理だ。
「ユウがいるよ」
『えっ、俺?』
私がユウを見ると、自分を指して首を傾げるユウ。
「そう。私が寝たらユウだって暇でしょう? だったらオルガトと話をしていればいいよ。という事で、あとはよろしく」
寝る準備をして、歯を磨きに行く。口の中がさっぱりしたあと、部屋に戻ってベッドに横になる。チラッと二人を見ると、なぜか困った様子でお互いをうかがっていた。
何をしているんだろう? まぁ、いいか。
「おやすみ」
『ぐずっ。それは酷いな』
『そうだろう? 本当に悔しくって、悔しくって。しかも最初から俺を殺すつもりだったとか言われて。俺は、あいつ等を信じていたのに……うぅ~』
目が覚めると、二人のユーレイが話ながら泣いていた。二人の様子から察するに、ユウはオルガトの話を聞いて悲しんで泣き、オルガトは悔しくて泣いているのだろう。
それにしても、目覚めてすぐにユーレイの泣き顔を見ることになるなんて……。
「おはよう」
『リーナ、聞いてくれ! オルガトの殺した奴らは酷いんだ! 彼にいろいろと助けてもらったくせに、金に目が眩んで殺すなんて!』
朝からやかましい。
窓から差し込む光はとても清々しいのに、どうして私の目の前には号泣しているユウがいるんだろう?
『リーナ! 聞いてる?』
「聞いてるよ。でもちょっと静かにして」
『あっ、ごめん。ちょっと興奮しちゃって』
ユウが私の前から離れると、オルガトがそばに寄ってくる。
『おはようリーナ。今日は洞窟に行くのか?』
「はぁ。今日は学校があるから行かないよ。調べる事もあるし」
『そうか。でも、なるべく早く洞窟へ行きたいな。だって今日にも魔石がなくなっているかもしれないだろう?』
「そうだね。でも、今日は無理だからね」
このやり取り、きっとこれから毎日あるんだろうな。
学校へ行く準備をして、ダイニングへ向かう。
「おはよう、リーナ。あれ? どうしたの? 疲れた顔をしているけど」
心配そうに私の顔を覗き込むお兄ちゃん。
「大丈夫。ちょっと寝るのが遅かっただけだから」
寝るのが少し遅くなって、そして朝から二人のユーレイがやかましいだけだよ。
「魔法の練習はどうする? 疲れているなら今日は休むか?」
『休もう! そうしたら、洞窟へ! いてっ』
オルガトの肩をユウがバシッと叩いているのが見えた。
『しつこいぞ。今日は無理だとリーナが言っていただろう?』
『そうだけど……』
縋るように見てくるオルガトを無視して、お兄ちゃんに微笑む。
「魔法の練習はやるつもりだよ」
「無理はしないでね」
「うん。わかった」
優しいお兄ちゃんに癒されつつ、ダイニングで朝ごはんを食べる。
『おいしそう』
オルガトの熱い視線を無視して食べると、お父さんが私の様子を窺っているのがわかった。
「お父さん。どうしたの?」
「昨日……いや、なんでもないよ」
お父さんは少し考えると首を横に振った。そして、真剣な表情で私を見た。
「何か困った事があったら、お父さんに言うんだぞ」
「えっ?」
急にどうしたんだろう?
「リーナ、どんなことでもいい。絶対に助けるからな」
「うん、ありがとう」
お父さんの真剣な様子に、戸惑いながら頷いてお礼を言う。何か知っているのかなと思ってお母さんとお兄ちゃんを見るけど、二人は不思議そうにお父さんを見ていた。
あっ、もしかして! オルガトかユウと話しているのを聞かれたのかな? 第三者からすると、私が独り言を言っているように聞こえるはず。
あれ? でもお父さんは、私は精霊が見えると思っているよね? つまり、私が独り言を言っていても、精霊と話していると思って心配はしないはず。
「お父さんが助ける」という話が出たという事は……あっ、ランサ森へ行く事を聞かれたのかも。そうだ、私「ランサ森へ行くには大人の協力者が必要になる」って言った! あれを聞かれたのかな?
お父さんに視線を向けると、彼は心配そうに私を見ていた。
おそらく聞かれたな。まぁ、良かったのかな。ランサ森へ行くから、絶対に話す必要はあるから。
「リーナ、学校へ行こう」
「うん」
お父さんとお兄ちゃんと一緒に家を出て学校へ向かうと、フォガスさんが待っていた。
「おはようございます」
丁寧に挨拶をするフォガスさんに、お父さんが軽く頭を下げる。
「おはよう」
「「おはようございます」」
お兄ちゃんと私が挨拶をすると、フォガスさんはやさしく微笑んでくれた。
『うわっ、教会のマーク! ということは教会関係者? えっ、なんで教会の騎士がリーナのところに? もしかして、リーナって教会の騎士に見張られてるの??』
やかましいオルガトをチラッと見て、すぐに視線を戻す。
見張りではなく見守り役だよ。……えっ、まさか本当は見張り? ユーレイが見えている事に気づかれている? いやこの場合は、精霊かな?
「今日もよろしくお願いします」
お兄ちゃんがフォガスさんに言うと、彼は笑顔で頷く。その笑顔を見て、ちょっとホッとする。
こんなに優しく笑うんだから、見張りじゃない……と思いたい!
「「おはよう」」
しばらく歩いていると、カリアスとタグアスが手を振っている姿が見えた。
『オルガト、少し黙れ』
騒ぎ続けていたオルガトにユウがため息を吐く。
『だって、教会の騎士だぞ!』
『オルガト、教会と何かあったのか?』
『……まぁ、いろいろな』
ユウから視線を逸らすオルガト。
これは、あとで確認した方がいいかな?
「アグス、リーナ。しっかり勉強をしろよ」
お父さんとの分かれ道に来ると、お父さんが私とお兄ちゃんを見る。
「わかった。お父さんも仕事を頑張ってね」
お兄ちゃんの言葉に嬉しそうに笑うお父さん。
「カリアスとタグアスも頑張れよ」
お父さんは、そばにいたカリアスとタグアスにも声をかけ、教会へ向かって歩き出した。少しだけ、その後姿を見送ると学校へ行く。
「「「「フォガスさん、行ってきます」」」」
学校の校門前でフォガスさんと別れると校舎に入る。
「勉強、頑張ってね」
「うん、お兄ちゃんも」
お兄ちゃんたちとも別れ教室に向かう。
『学校かぁ、懐かしいな。俺、学校が好きだったんだよな』
オルガトが、私の周りをくるくる回る。
『落ち着け! リーナの邪魔になってるぞ』
ユウの注意に、回るのを止めるオルガト。
『悪い。でも、学校なんて久しぶりだから。今の学校では、何を教えているんだ?』
『リーナは文字と草だな』
草ではなく薬草ね。
『そうか。それは一五〇年前と変わらないんだな』
一五〇前から、最初は文字と薬草なんだ。
『薬草なんて、勉強しなくてもいいと思うけど』
ユウの呟きにオルガトは真剣な表情で首を横に振る。
『薬草は重要だぞ。怪我をした時、毒に侵された時、知っていたら助かる事が出来るんだから』
この世界には魔物と魔獣がいる。だから、もしもの時を考えて薬草は全員が最初に習うみたい。前の世界なら薬局に行けば傷薬がすぐに買えたけど、この世界では薬も高いし、すぐに買えない事もあるみたいだからね。
「私を殺したユーレイは今日もやかましい」を読んで頂きありがとうございます。
申し訳ありませんが9月22日(月)は更新をお休みいたします。
次回の更新は9月24日(水)の予定です。
これからもリーナとユウをよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




