47話 大泣きするユーレイ
ユーレイと視線が合ったが、自然とそらして本棚から一冊本を取る。本を開きながら、部屋に入ってきたユーレイをチラッと見る。
『うわ~、入って来た! どうしようリーナ。これ、どうしたらいいんだ?』
あれ?
窓の外から部屋の中をのぞいていたとき、あのユーレイの目は少し濁って見えた。あれは理性が薄れ、自我がなくなりかけていたからだと思う。でも今のユーレイの瞳は、普通に見える。
自我を失いかけたユーレイの瞳から、濁りが消えた話なんて聞いた事はない。という事は、さっきのは見間違い?
でも、ユーレイと出会ったときに瞳をチェックするのは、見える私たちにとって常識なのよね。その濁り具合で対応を変えないといけないから。だから見間違うはずはないんだけど……。
『リーナ、リーナ。俺はどうしたらいいんだ?』
はぁ、黙っていてほしいけど……今は話しかけることもできないし。
『ねぇ、やっぱりその子、俺たちの事を見えているんだよね?』
ユウがこの態度だと、「見えない」と押し通すのは無理かもしれないな。
『うわっ、話しかけてきた。あっち行け! ここは俺の部屋だぞ!』
違うし。
『えっ? この部屋はこの女の子の部屋じゃないのか?』
その通り。
『違う! 俺も一緒に住んでいるんだから、俺の部屋でもある!』
ユウの今の状態で、「住んでいる」と言えるのかな?
『そんな事より。一緒に洞窟へ行ってくれ! あと少しで、俺は金持ちになれるんだ!』
もう死んでいるんだから、無理だよ。
『いや。お前は既に死んでいるから無理だろう』
『ぐっ。そうかもしれない。でも、大量の資料からあの場所を見つけ出したのは俺なんだ! それなのに、最後の最後に仲間たちに裏切られて……』
うわ、もしかして仲間だった人たちに殺されたの? でも、彼は復讐を望んでいるわけではなさそうだね。
『えっと、殺されたのか? それは可哀想だったな。でも、俺たちは関係ないから。とっととここから出ていけ』
ユウの言葉に、ユーレイが顔を上げるとガシッとユウの肩を掴んだ。
『うわ、怖い! なんだよ離せ! 離せって!』
慌てた様子のユウが、両手を振り回してユーレイから距離を取る。
『頼む。あの洞窟に答えがあるんだ。俺の研究した結果が! それを確かめるだけでいい。そこにあるのは、好きにしていいから! 頼む。うわ~ん。お願い、だが、ら~』
息を詰まらせて大泣きするユーレイに、ちょっと引いてしまう。
やっぱり彼の理性は、少し失われているじゃないかな。だって、四十代くらいの男性が子どものように泣くのは、理性がなくなりかけているからだと思うし。
『ちょっと可哀想なのかな?』
むせび泣くユーレイに、ユウが困った表情で私を見る。
『リーナ。ちょこっとだけ話を聞いてやらない? それに、洞窟にあるものは好きにしていいって。金持ちになれるものらしいから、もしかしたら金とかかもしれないぞ』
『金じゃない! もっといい物だ。あそこには、魔石が。魔石があるはずなんだ!』
魔石って?
『魔石って、倒した魔物から取れる物か?』
『そっちの魔石じゃない! 魔素が自然に結晶して出来た方の魔石だ! 魔物から取れる魔石よりすごい物だ!』
あっ、そうだった。この世界の道具は全て魔石によって動いているんだった。道具の使いかは元世界と似ていたんだけど、電力が違ったから驚いたんだよね。
『俺の見つけた洞窟にある魔石は、最高ランクの物があるはずなんだ』
ユーレイが呟いた「最高ランクの魔石」という言葉に、首をかしげる。
『魔石にランクがあるのか?』
『ある! 一般に使われる魔石は、二~三センチメートルの純度Dランクの物だ。多くの道具に使われている物で、一番多く出回っている魔石でもある』
魔石には純度があるんだ。知らなかったな。
『でも俺が見つけた洞窟では、一〇センチメートル以上で純度Aランクの魔石が出るはずなんだ』
価値はよくわからないけど、なんとなくすごいということはわかった。
『でも、奴らのせいで……』
泣き崩れるユーレイに、ユウが少し困った表情を見せる。
『なぁ、魔石だけどさ。既にお前を殺した者たちが取りつくしているんじゃないか?』
私もそれは思った。既に、ユーレイを殺した者たちがその洞窟の物を取っていっただろうと。
『それは大丈夫。奴らは、俺の注意を無視して好き勝手洞窟に力を加えたから死んだ』
「えっ?」
『えっ? 死んだ?』
あっ、しまった。驚いて、ついユーレイを見ながら声を出してしまった。
ユーレイとばっちり視線が合う。これはもう、誤魔化すのは不可能だね。
『やっぱり! やっぱり、見えるんだね~。俺が~、見えるんだ~』
またボロボロと泣き出したユーレイに、ため息が出る。
こうなったら仕方ない。この面倒くさそうなユーレイの願いを聞くしかないか。
だって、意思疎通ができる相手がいるとわかった以上、彼はここから離れようとしないだろう。そして、このユーレイが騒げば騒ぐほど、他のユーレイも寄ってくるはずだから。
『リーナ』
名前を呼んだユウに視線を向ける。
『魔石を見つけたら、一攫千金じゃないか?』
……んっ? そうなるの?
「でも、彼の仲間は死んだんだよね? 原因は彼の注意を無視したから? つまり洞窟は危険なんじゃないの?」
『あっ、そうか。洞窟に何かあるって事か』
残念そうに呟くユウに、ユーレイが泣きながら首を横に振る。
『大丈夫でず。あの洞窟は、危なくないがら』
泣き過ぎなのか、ユーレイの言葉が聞きにくい。
『泣き止め! 言葉がおかしくなってるぞ』
『すみません。なんだか気持ちが高ぶって。人と……人?』
ユウを見て首を傾げるユーレイ。そんなユーレイに憮然とした表情を見せるユウ。
『俺も人! ユーレイだけど人だから』
『そうですよね。人と話すのは久しぶりで。それに最近は、なんだか自分が自分ではないような状態だったのに、今はちゃんと自分で』
『何を言っているんだ?』
意味が分からないという表情でユーレイを見るユウ。でも私には、ユーレイの言った意味が分かる。
やっぱりこのユーレイ、自我が消えかかっていたんだ。でも今は、自我が戻った。どうして戻ったのか、ユーレイも分かっていないみたいだから聞いても無駄かな。
『自分の事が分かるっていいですね』
『だから、何を言っているんだ?』
ユーレイの呟きに、ユウが首を傾げる。
『あっ、そんな事より。今から洞窟に!』
『今は夜中! そしてリーナは、見て分かるように子供! 行けるわけがないだろう!』
ユーレイを見て怒鳴りつけるユウ。その迫力に、ユーレイはちょっと怯えた表情をした。
『そうでした。ごめんなさい。えっと明日なら?』
『明日は学校! そして学校が終わったら魔法の練習があるの!』
私が何か言う前にユウが全て言ってくれるな。
『洞窟……魔石……』
ぶつぶつ呟きながら、私をチラチラ見るユーレイ。
「まず、契約を交わしましょうか」
『契約?』
彼が見つけた洞窟は探すけど、それは今じゃない。そのことに文句を言わないように契約で縛ろう。それから、洞窟に魔石がなかったとしても、恨まないことも契約に入れないと。
他に何が必要かな?
「あれ? そもそも子供が無防備に洞窟へ近付く事は出来るの?」
『…………』
ユーレイに視線を向けると、難しい表情をして考え込んでいる。
『知らないのか?』
ユウの質問に、ユーレイが頷く。
『申し訳ない』
「まず、それを調べないとね。もし私だけで行けないなら、協力者を作らないと。その前に、洞窟はどこにあるの?」
そうだ。まずは洞窟の場所が重要だ。もし、家から数日掛かる場所だったら、絶対に私だけでは行けない。
『ランサ森の中腹辺りを通る川の傍だ』
ランサ森って、ランカ村の左側を囲むようにある森のことだよね。その中腹まで行くとなると、大人の足でも一日はかかるんじゃないかな?
「これは、大人の協力者が必要だね」
更新の再開が遅くなり申し訳ありません。
本日より「私を殺したユーレイは今日もやかましい」の新しい章を始めます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




