45話 魔力は動かない
「できた! 動いた!」
お兄ちゃんの嬉しそうな声に、魔力操作を止め視線を向ける。
今日で魔法の練習も五日目。練習二日目には、すぐに魔力を捉えられるようになったけれど、自由に動かすことはまだできていない。
まったく動かせる気がしないけど、どうしたらいいんだろう?
『カリアスが一番にできるかと思ったけど、アグスだったか』
ユウが、嬉しそうに笑うお兄ちゃんを見て呟く。私も、最初に魔力を捉えられたカリアスが一番乗りだと思っていたな。
「くやしい。あと少しって気がするんだけどな」
お兄ちゃんの喜ぶ姿を見て、カリアスが呟く。
そのそばで、ダグアスも頷いている。
二人とも、あと少しなんだ。
「もう一度、頑張ろう」
体内を流れる魔力を捉え、ゆっくりとその魔力を手に移動させようとする。
「あ~、ダメだ。全然動いた気がしない」
体内を流れている魔力なんだから、移動は簡単にできそうなのに。どうして魔力は全然動かないんだろう? コツとかあるのかな?
「リーナ、今日はそろそろ終わろうか」
お兄ちゃんが私に水を差し出す。
「ありがとう。魔力を手にまで移動できたの?」
「そこまではまだできていないよ。でも、体内でゆっくりと俺の指示に従って動いたのが分かったんだ」
「そうなんだ。すごいな、いいなぁ」
私も早くできるようになりたいな。
「今のリーナはどんな状態?」
お兄ちゃんが少し心配そうに私を見る。
「魔力はすぐに捉えられるようになったよ。でも、まったく動かせない。動く気配も感じない」
ユウが「魔法はイメージが大切だ」と何度も私に言うので、魔力が移動するイメージを作って挑戦してみたけれど、うまくいかなかった。
「そうか。最初の頃の俺と同じだな。俺もまったく動かせなかったから」
お兄ちゃんを見る。
「お兄ちゃんも?」
「うん。カリアスとタグアスは二日目ぐらいから、少し動く気配がすると言っていたから、実は焦っていたんだよな」
「えっ!」
そうなの? 全然焦っているようには見えなかったけど。
「だから、実は今、すごく嬉しい。魔力を捉えるのは負けちゃったからさ」
お兄ちゃんって、負けず嫌いだったんだ。
『知らなかったな。アグスは負けず嫌いなんだな』
ユウの言葉につい頷いてしまう。
「そうだ、リーナ。魔力を自由に動かすコツだけど」
「うん」
お兄ちゃんが小声になったので、顔を近づける。
「捉えた魔力を小さなボールみたいな物だとイメージするんだ」
えっ、お兄ちゃんもイメージ?
「うん」
『やっぱり魔法はイメージが大切なんだ!』
嬉しそうにはしゃぐユウを横目に、お兄ちゃんを見る。
「次は、ボールをコロコロ転がすイメージを作るんだ」
コロコロ転がす。
「うん。それで?」
「転がるイメージが上手にできたら、魔力が移動してた」
「……えっ?」
イメージが上手にできたら、魔力が移動してた?
「俺にも教えてくれ~」
「うわっ」
カリアスがお兄ちゃんに背後から抱きつく。
「なんとなく動いているのは分かるのに、自由に動かせない。アグス、リーナに教えていたことを俺にも教えてくれ。頼む」
胸元で手を組み、お兄ちゃんを見るカリアス。私たちの様子を見ていたタグアスが、慌ててカリアスの隣に来ると、同じように胸元で手を組んでお兄ちゃんを見た。
「リーナがやったら可愛いのに」
お兄ちゃんの呟きに、カリアスとタグアスが私を見る。もしかして同じようにして欲しいのかな?
「お兄ちゃん。お願い」
タグアスの隣に並んで同じように手を組み、お兄ちゃんを見る。
「いや、リーナには今教えたよね?」
「そうだった」
なんとなくノリでやってしまった。
『ぷっ。あはははっ』
空中からユウの笑い声が聞こえる。
恥ずかしいな。
「わかった。明日、もう一度俺ができたら教えるよ」
「「ありがとう!」」
カリアスとタグアスが元気にお礼を言うと、お兄ちゃんが苦笑する。
「今日はおしまい、お疲れさん。暗くなる前に帰るんじゃぞ。寄り道なんてダメだからな」
「「「「はい、今日もありがとうございました」」」」
ショーじいにお礼を言い、みんなで一緒に帰る。
「カリアス、タグアス。家の方は問題ないか?」
家に帰りながらお兄ちゃんが二人に聞く。
カリアスたちは三日前に、お父さんが管理している家に引っ越してきた。二人の保護者であるおばさんとはその時に初めて会ったけれど、なんというか、とてもパワフルな女性だった。
「うん。前の家より広いし、使いやすいんだ。そうだ、リグスさんが引っ越す前にあちこち修繕してくれたんだよな? お礼を言っておいて欲しいんだけど」
カリアスの嬉しそうな表情に、お兄ちゃんも嬉しそうに頷く。
「わかった。伝えておくよ」
お父さんは傷んだところを修繕するだけでなく、棚や収納を作るのも楽しかったようで、お兄ちゃんと私が知らない間に、譲り受けた家をあちこち手直ししていたみたい。カリアスたちが引っ越す日に家の中を見たけれど、譲り受けの手続きをした時に見た家とは、かなり内装が変わっていた。
「おばさんも喜んでいたよ。収納がいっぱいあって嬉しいって」
タグアスの言葉に、カリアスが頷く。
「みんな、おかえりなさい」
元気な声に視線を向けると、フィリアの友人でカリアスの保護者になったリンリ・タンリガがいた。
「おばさん。今日は大切な用事があると言っていたけど、終わったの?」
タグアスがおばさんを見ると、ニコッと笑う。
「終わったわ。すっきりしてきたわ」
おばさんは、なぜか胸元で拳を握り、意味深に笑った。
「あれ? 怪我をしているじゃないですか」
お兄ちゃんがおばさんの手を見て、急いでポケットからハンカチを出す。
「えっ、あら。大丈夫よ。あの愚か者を殴ったから赤くなったのね」
「えっ?」
おばさんを心配そうに見ていたカリアスが、驚いた声を上げる。タグアスも隣で目を大きく見開いている。
「殴った? 誰を?」
「あら」
お兄ちゃんの質問に、おばさんが少し困った表情をする。そして、カリアスたちを見ると、少し申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。私の一存で、あなたたちのお父さんに会える機会を奪ってしまったわ。ちゃんと話すべきだったんだけど、どうしても会わせたくなくて」
おばさんの話にカリアスたちが息を呑む。
おばさんが殴ったのは、カリアスたちのお父さんなんだ。そういえば、捕まってからどうなったのか知らないな。
「ごめんなさい。会いたいなら、すぐにお願いして来るわ。明日には移動してしまうから」
「いえ、会いたくないので大丈夫です。あっ、タグアスはあいつに会いたいか?」
カリアスの質問に、タグアスは首を横に振る。
「二度と会いたくない」
「そう」
二人を見てホッとした表情をするおばさん。
「それより、あいつを殴ったんですか?」
カリアスがおばさんの赤くなった手を見ると、彼女は隠すように自分の後ろに手を移動させた。
「まぁ、一発だけよ。もっと殴ってやろうと思ったけど、周りに止められちゃって。足も届かなかったわ」
殴るだけでなく蹴ろうともしたんだ。
「そんなことをしたら、捕まりますよ」
お兄ちゃんが困った表情でおばさんを見ると、カリアスたちが不安そうな表情になった。
「大丈夫よ。愚か者の顔を見たら、錯乱したって言い張ったから」
でも、周りにはおばさんが錯乱していないことはバレているんだろうな。
「仕方ないじゃない。どうしても許せなかったのよ」
おばさんは、少し寂しそうな表情になるとカリアスたちを見る。
「フィリアは、私の大切な友人だったの。とても、とても大切な」
ゆっくり家に向かいながら、おばさんがフィリアのことを話す。本当に仲が良かったみたいで、カリアスたちも知らなかったフィリアの一面に驚いている。
『フィリアって若い頃はけっこう無茶をしていたんだな。友人のために、その恋人の家に殴り込みへ行くなんて』
いえ、殴り込みではなく、話をしに行っただけよ。友人が将来のために貯めていたお金を、恋人が勝手に使ったから返すように説得するために。まぁ、話し合いの結果平手打ちをして訴えたみたいだけど。
「お母さんはいつも優しかったからビックリだな」
カリアスが楽しそうな表情でタグアスを見る。
「うん。お母さん、すごい」
二人の楽しそうな表情におばさんが微笑む。
『この三人、いい関係が築けているみたいだな』
そうだね。よかった。




