43話 我慢ができるユーレイ
―ユウ視点―
『あれ? リーナ?』
ベッドにいるリーナに近づくと、小さな寝息が聞こえてきた。
『寝てるのか……あぁ~』
リーナが寝ているベッドの横で頭を抱える。
また、一人で暴走してしまった。リーナの話から、ユーレイは理性を失う存在みたいだけど、本当に我慢ができない。
生きていた頃は、周りに合わせる事が当たり前にできたのにな。今では気になることがあると、すぐにリーナに聞いてしまう。そのせいでリーナが困った顔をしていても、その時は話をやめようとすら思わない。あとになって、失敗したなと思うのに。
『我慢が難しいと思うなんて……』
生きていた頃だったら、きっとひどく嫌われていただろう。ユーレイだから許されているというか、諦められているんだろうな。たぶん。
窓に近づき、カーテンの隙間から外を見る。
『もう一回だけ』
少し緊張しながら、手を窓の外に向かって伸ばす。スーッと窓を通り抜けると、コツンと何かに手が当たった。
『やっぱりダメか』
見えない壁に手を当てる。冷たさも温かさも感じない。ただ、そこに何かがあって、それ以上は進めないのだとわかる。諦めて窓から外を眺める。
『……暇だな。すっごく暇!』
リーナの部屋を、特に理由もなく飛び回る。それに飽きると、寝ているリーナを上から見下ろす。
『起こしたら、遊んでくれるかな?』
うん? あっ、ダメだって! 何を考えているんだ!
『我慢、我慢。さすがに寝ているリーナを起こすのはダメ』
よしっ、なんとか我慢できそうだ。でも、気を抜いたらリーナに向かって叫んでしまいそうだから、気をつけないと。
もう一度、上からリーナを見下ろす。
『俺のせいだよな、すべて』
家守リンが死んだのは、俺がビックリさせてしまったから。そして、俺のせいでこの世界に来てしまったんだと思う。
彼女が亡くなった時に何かに引っ張られる感覚がして、それが怖くて目の前にいたリンに縋りついた。たぶんあの時に手を離していたら、彼女がこの世界に来る事はなかったはずだ。
『そういえば、あの時……誰かが傍で叫んでいたような気がするな? 何を言っていたんだっけ?』
ダメだ。パニックになっていたから、何を言っていたのか覚えていないや。
『リンがリーナに憑依しなかったら、リーナは死んでいたんだろうな。もしかしたらアグスも』
そうなっていたら、この家族はどうなっていたんだろう? きっと自分のせいで子どもたちを失ったと、リグスは深い後悔にさいなまれるだろう。カーナも、きっと悲しみに暮れるはずだ。そんな中で育ったスーナにも、きっと影響があるだろう。
呪った奴とその家族は、もしかしたら捕まらなかったかもしれない。奴らが捕まらなかったら、リグスたちはずっと苦しめられる事になる。
『リンがリーナに憑依したおかげって言っていいのかはわからないけど、この家族の運命は大きく変わったような気がするな』
それがいい方向に向いてくれたらいいけど。
『それにしても……暇だ~! ものすごく暇だ!』
「んっ」
あっ、しまった。俺の声はリーナには聞こえていたんだった。
『一人で遊べるゲームとか、この世界にないかな? あっ、触れないから遊べないか。くっそ~……暇だ』
―リーナ視点―
カーテン越しに入って来る光に視線を向ける。
「朝かぁ~」
あくびをしながらベッドから起き上がると、ベッドの下の床に寝転がっているユウが見えた。
「何をしているの?」
ベッドからユウを見下ろす。
『暇を持て余していたんだ。リーナを起こさないように我慢をしないとダメだし』
そういえば、ユウが夜中に私を起こすことはないね。ユーレイたちに見えることがバレた時は、真夜中に何度も何度も起こされたけど。一番つらかったのは、耳元で叫ばれたこと。あれは本当にビックリするんだよね。
「ユウ、ありがとう」
ユウにお礼を言うと、彼は不思議そうな表情をして私を見る。
『えっと、何が?』
「我慢してくれて」
これまでユウが、夜中に私を起こしたことは一度もない。きっと、今までもずっと我慢してくれていたんだろう。
『あっ、あぁ、うん』
ユウが恥ずかしそうに頷くと、私から視線を逸らした。
改めて考えても、ユウは本当に不思議な存在だよね。
ユーレイが我慢のできる存在だとは考えもしなかったな。これまで出会ったユーレイは、本当に自分勝手な行動ばかりしたから。ユウみたいに、相手の事を考えられるユーレイは一人もいなかった。
でもユウは違う。いつまでたっても、私の事を考えて我慢をしてくれる。ユーレイになったばかりの頃は、少し理性が残っているから我慢ができるけど、どんどん理性は失われ、自分勝手な行動が増えていくのが当たり前なのに。
『何? 何か顔に付いているか?』
ジッと見ていると、不思議そうに自分の顔を手で確かめるユウ。それを見て、私は少し笑ってから首を横に振った。
「ユウ、おはよう」
『えっ? おはよう』
不思議そうに私を見るユウは、私が着替えを持つと後ろを向いた。
やっぱり不思議だな。
「着替えが終わったよ。行こう」
自分の部屋を出て、顔を洗いに行く。歯を磨いていると、お兄ちゃんが隣に立った。
「リーナ、おはよう」
口をすすいでから、お兄ちゃんを見る。
「お兄ちゃん、おはよう」
「今日のリーナは早起きだね。いつもはもう少し眠っているのに」
あれ? そう言えば、いつもより早起きかも。
「今日は目が覚めたから。先に行くね」
「うん」
キッチンに行くと、お母さんとお父さんが朝ごはんを作っていた。
「お母さん、お父さん、おはよう」
「「おはよう」」
お母さんが私の姿を見て、少し驚いた表情をする。
「今日は早いわね」
お兄ちゃんだけでなく、お母さんにも言われた。そんなに珍しいかな?
朝ごはんのダイニングのテーブルに運びながら考えてみたけれど、よくわからない。お兄ちゃんが来ると、お母さんがスーナを起こしに行った。しばらくしてスーナもダイニングに来ると、みんなで一緒に朝ごはんを食べる。
「今日はお昼から納品があるの。次の仕事について話があると、帰ってくるのが遅くなるかもしれないから家にいなくても心配しないでね」
お母さんが私とお兄ちゃんを見る。
「「わかった」」
朝ごはんを食べ終わると、みんなで片付けをする。あっという間に片付けが終わり、学校へ行く準備し玄関に向かう。
「リーナ、カリアスたちが、今日はリーナも一緒に遊ぼうって言っていたんだけど、みんなで遊ばないか?」
玄関を出ると、先に外へ出ていたお兄ちゃんが私を見る。
「邪魔にならない?」
「ならないよ」
「それなら一緒に遊びたい」
そう言えば、お兄ちゃんたちは何をしているんだろう? 私にできる事かな?
「カリアスたちと、どんな遊びをしているの?」
「魔法の練習をしているんだよ」
『魔法! 魔法の何? 何?』
ユウが私の肩に手を置き、お兄ちゃんに向かって聞く。お兄ちゃんにはユウが見えないから、反応する事はないけど。
「……そうなんだ」
「うん。日常で使う魔法をもっとうまく使えたら便利だよなって話になって」
「でも、魔力量が多くないから、できる事は少ないでしょう?」
みんなが日常でよく使う魔法は、クリーン魔法だよね。比較的使いやすい魔法で、魔力量が多くなくても自分の体くらいならきれいにできるから、使う人が多い。
それ以外だと、火魔法。暖炉の火を点けたり、料理の時の火を点けたり。でも、火魔法は扱いが難しいと学校で習った。魔力量が多くないから大きな火は出せないけれど、小さな火でも扱い方によっては小さな爆発が起きるらしい。だから、魔法の練習は必ず大人が一緒にいるときにしなければならない。
「三人でよく魔法について話しをしていたんだ。俺が八歳の誕生日を迎えたあとぐらいから、カリアスたちの家の近くに住んでいるお爺ちゃんから魔法を教わっていたんだよ。昨日、もう一度教えてくださいとお願いしに行ったら、快く許可をもらえたから、今度はリーナも一緒にどうかなって思って」
「魔法か」
『魔法! いいなぁ。俺も使いたい! リーナ、一緒に学ぼうよ』
ユウをチラッと見る。きっとユウは学んでも使えないと思うけど楽しめるかな?
「そうだね。私も参加してみようかな」




