41話 魔王と悪霊
『リーナ!』
イヤな予感がする。
『たぶん、魔結晶って乙女ゲームに出てきた重要なアイテムだと思う。あ~、でもどの乙女ゲームだったかな?』
チラッとユウを見ると、興奮しているのか部屋中をくるくると飛び回っている。
あれに関わると面倒なことになりそうだ。うん、放っておこう。
「最近の体調はどうですか?」
キーフェさんが心配げに私を見る。
「大丈夫です」
あの日から体調に問題はいっさいない。首にあった呪いの痕も、フォガスさんがくれた薬のおかげでずいぶん薄くなった。
「それなら良かったです。そうだ、隣の祈りの部屋も見ますか?」
「そっちのステンドグラスも修繕が終わったんですか?」
「はい。この祈りの部屋と同じ日に終わりました」
確か祈りの部屋は三つあって、それぞれデザインの違うステンドグラスが使われていたよね。
「見てもいいなら、見たいです」
「どうぞ」
キーフェさんと一緒に部屋を出ると、ユウが慌てて飛び出してきた。
『待って! 置いていかれると、ちょっとこの部屋はイヤだ』
ユウの言葉に、チラッと視線を向ける。さっきまでいつも通りだったのに、どうしたんだろう? 何かあったのかな?
「リーナ殿? どうかしましたか?」
しまった。ユウの言葉が気になって、立ち止まっていた。それに、キーフェさんから見たら、何もない空間を見つめている変な子に思われてしまうはず。
「なんでもないです」
何事もなかったかのように、急いでキーフェさんのそばに行く。
「そうですか? あっ、壁のヒビは数日後には綺麗になりますよ」
えっ?
キーフェさんの視線を追うと、壁にヒビが入っているのが見えた。
もしかして壁のヒビを気にしていると思われたのかな?
「そうなんですね。安心しました」
全力でキーフェさんの話に乗っかろう。
「リグス殿は仕事が丁寧ですからね。ヒビを見逃すはずありません」
お父さんが褒められるのは嬉しいな。
キーフェさんと二つ目の祈りの部屋に入る。先ほどとは色合いの異なるステンドグラスに、思わず息を呑む。最初に見たステンドグラスは赤が多く使われていたけど、目の前のステンドグラスは青が多く使われていて、まったく印象が違う。
「すごく綺麗ですね。私は、こっちの方が好きです」
私の感想に、キーフェさんがやさしく微笑んだ。
「そうでしたか。もう一つある祈りの部屋のステンドグラスは緑が多いんですよ。まだ修繕が出来ていないのですけどね」
残念そうに話すキーフェさんに、私も頷いた。
『げっ』
はぁ、ユウ……。
『リーナ! リーナ! 悪霊が……人の魂か? それを食ってる?』
えっ?
ユウを探すと、部屋に飾られている絵の前にいた。そして、嫌そうに顔をしかめながら、その絵をじっと見つめている。
「祈りの部屋にある絵は全て悪霊について描かれています。それは、悪霊に落ちないように注意するためです」
私の視線を追ったキーフェさんが、絵について教えてくれた。
「悪霊に落ちないようにですか」
ユウが嫌そうに見ていた絵を、私も見る。
「これは何をしているんですか?」
悪霊と思われる怖い顔をしたユーレイが、倒れた人から何かを取り出している。そして、その取り出したものを……ユウが言ったように、食べているように見える。
えっ、ユーレイがユーレイを食べるの? そんな事は聞いた事がない。つまり、悪霊と呼ばれている存在は、ユーレイとは違うのかもしれない。
「悪霊にそそのかされ人を呪った穢れた魂は、悪霊の糧になると言われています。だから我々は悪霊に力をつけさせないために、穢れた魂を浄化して消滅させるのです」
護衛騎士が魂を消滅させるの?
前の世界では、魂の消滅なんて死神に罰を食らう可能性があるから、ほとんど誰もしないのに。でも、この世界では護衛騎士が魂を消滅させることが許されているんだ。
というか、穢れた魂が悪霊の糧になるということは、この絵の通りに口から魂を食べているってことなのかな?
『俺はもっとうまい物が食べたい!』
「……」
気にするところは、そこじゃないでしょう。そもそも、ユウは悪霊ではない……はず。
「悪霊は凄く怖い存在なんですね」
「はい、そうです。ですから、人を恨み続けることがないように生きなければなりません。」
「人を恨み続けると、悪霊になるんですか?」
「亡くなったときに、他者を強く恨んでいると魔王に目を付けられ、悪霊にされると言われています」
魔王についてまだ詳しく勉強していないけど、数百年前に封印されたらしい。そしてその封印は今もまだ破られていないはず。
「だったら今は安心ですね。悪霊にする魔王が封印されているから」
「えっ、はい。そうですね」
ん? キーフェさんの態度が、少しだけいつもと違う。もしかして「魔王」に反応したのかな?
『なぁ、今のこいつの様子は少し変じゃないか?』
ユウも気づいたんだ。
『魔王に魔結晶……』
「キーフェさん、見せてくれてありがとうございました。そろそろお母さんが心配するので帰ります」
そろそろ家に帰ったほうがいいよね。
「そうですか? では、お送りしますので、少しお待ちください」
「えっ? 外はまだ明るいので、一人で帰れますよ」
近くの窓から外を見ると、まだ十分に明るい。
「明るいですが、何があるか分かりませんから」
それはそうだけど。
「他の者に声をかけてきますので、教会の正面出入り口でお待ちください」
去っていくキーフェさんを見送る。
『護衛騎士って真面目だよな』
ユウのつぶやきに、思わず頷いてしまう。
教会の正面出入り口でキーフェさんを待っていると、なぜかお父さんが私に手を振りながら近づいてくる。
「お父さん? 仕事は?」
「今日はもう終わりだ。だから一緒に帰ろう」
「嬉しい。でも、キーフェさんとここで待つ約束をしたんだけど」
出入り口から教会の奥を見やる。
「それなら大丈夫だ。彼がリーナを家に送っていくと言いに来たから、俺が一緒に帰ると伝えたんだ」
「だったら大丈夫だね。あっ、キーフェさんだ」
教会の奥から姿を見せたキーフェさんは、私を見ると手を振ってくれた。
「今日はありがとうございました」
キーフェさんに向かって頭を下げると、彼はやさしげに微笑んだ。
「また遊びに来て下さいね。祈りの部屋にあるステンドグラスが修繕は二、三日後には終わるはずですから」
「はい。またお邪魔します」
三つ目の祈りの部屋にある悪霊の絵も、ぜひ見てみたいからね。
「また明日」
お父さんがキーフェさんに右手を上げて挨拶し、それから私を見る。
「帰ろうか」
「うん」
お父さんと手をつないで家に向かう。
「そうだ。お昼にカーナが教会に来たんだけど」
お母さんが教会に来たの?
「亡くなったリーナを弔う準備ができたそうだ」
「そうなんだ。それなら今日の夜だね」
ようやく、本物のリーナを弔ってあげられる。
呪いで亡くなった者の魂がどうなるのか、フォガスさんに聞いたけど「分からない」と言われた。その答えに驚いていると、いろいろな意見があって、まだまとまっていないらしい。ちょっと、女神さまは教えてくれないのかと考えてしまった。
「あぁ、そうだな」
お父さんの手に、少しだけ力がこもる。
問題が解決した翌日、私はお兄ちゃんに亡くなった方の弔う方法を聞いた。お兄ちゃんは少し不思議そうに首をかしげたけど、私が誰を弔いたいのか気づいてくれた。そして、家族みんなで弔ってあげようという話になり、お父さんとお母さんに相談した。
お父さんはすぐに賛成してくれたけど、お母さんは戸惑った表情を見せ、少しだけ心の準備をする時間が欲しいと願った。
目の前にリーナはいるのに、本物のリーナではない。お母さんの気持ちを聞いたあと、自分がとても残酷なことを言ってしまったと反省した。でも、弔いたい気持ちは消えない。だから、お母さんの気持ちが決まるまで待った。
お父さんと家に向かいながら、空を見上げる。視線の先には、曇り空が広がっている。
「今日の夜は、晴れて欲しいね」
「そうだな」
私の呟きに、お父さんが空を見る。
個人で亡くなった方を弔う方法は、教会にある祈りの木と、生前に好きだった花を燃やして、亡くなった方の次の幸せを祈るのだそうだ。
だから、今日は晴れて欲しい。女神さまに、本物のリーナの幸せを祈る声が、しっかり届いて欲しいから。
「私を殺したユーレイ」を読んで頂きありがとうございます。
タイトルを少し変えました。
書き進めていると違和感を覚えたので。
「私を殺したユーレイは今日もやかましい」です。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




