40話 教会に飾られた絵
「一人で大丈夫か?」
心配そうに尋ねるお兄ちゃんに、笑顔で頷く。
「大丈夫だよ」
お兄ちゃんと一緒にいるカリアスとタグアスも、心配そうに私を見ている。
「本当に大丈夫だって。でもお兄ちゃんは、昨日みたいに遅くなったらお母さんを心配させるから、時間には注意してね」
「うん、わかってるよ」
遊びに行く三人に手を振り、私は家へと歩き出す。
『一緒に行かないのか? 誘われただろう?』
ユウが、三人を気にしながら私に聞く。
「そうなんだけど、もともとカリアスとタグアスとは挨拶を交わす程度の仲だったんだよね。だから、なんとなく邪魔になりそうな気がして」
もともと四人で仲良く遊んでいたなら気にしなかったけれど、元のリーナは少し人見知りだったみたい。家族とは良い関係だったけれど、クラスの友達とも少し距離があったようだ。
まぁ、呪われたことでその子たちとの関係は途切れてしまった。でも、元のリーナは気にするかもしれないけれど、私は気にしないし、切れた関係を修復するつもりもない。去っていった人たちのことを気にしても、時間の無駄だからね。
『今日はこのまま帰るのか?』
そのつもりだったけど……ちょっと教会が気になる。
朝、お父さんと別れた場所まで来ると立ち止まり、教会の方を見る。
『教会が気になるなら行ってみないか? リグスがいる教会なら、ちょっと遅くなっても怒られないだろうし』
「うん、気になるから行ってみようかな。でも、お母さんを心配させたくないから早めに帰るよ」
ユウの言葉に首を振って、教会の方へ歩き出した。
昨日のお母さんは、帰ってこない私たちのことをとても心配していた。遅くなったといっても、秋だから暗くなるのが早いだけで、時間的には問題なかったのに。今回のことで、まだ不安が拭いきれないんだろうな。
『あ~、リグスだ!』
お父さんを見つけたユウが、声を上げる。私もユウの視線の先に、お父さんを探した。
「いた。お父さん」
少し大きな声で、手を左右に振る。
「リーナ?」
汗をぬぐっていたお父さんが、不思議そうに私を見る。
「どうしたんだ? 何かあったのか? アグスはどうした?」
私のそばに駆け寄ってきたお父さんは、私だけだとわかると心配そうな表情を浮かべた。
「何もないから大丈夫。お兄ちゃんは、帰って来たカリアスたちと遊びに行っただけだから」
「えっ? カリアスたちが戻って来たのか?」
カリアスたちに何があったのかは、お兄ちゃんが説明した。そのため、お父さんはとても驚いた表情を浮かべている。
「うん。カリアスたちのお父さんは捕まったんだって。元棟梁が捕まったことで、いろいろバレたみたい。それで、二人はお母さんの友人と一緒にランカ村に戻ってきたって言ってたよ」
「そうか。アグスがとても心配していたから、これであの子も安心できるな」
「うん。あっ、そうだ。お父さん」
おばさんが家を探していると言っていたけど、まだ見つかっていないかもしれない。だったら、お父さんが力になれるかもしれない。
「カリアスたちが家を探しているの。二人のお母さんの友人が探しているみたいなんだけど、もしまだ見つかっていなかったら、譲り受けたあの家を貸してあげられる?」
「あぁ、あの家か。そうだな、困っているなら貸してもいいな」
貴族に嫌われたという理由で、私たちの家を燃やそうとした者たちがいた。まだ実行前だったけれど、使おうとしたものが問題になり、高額な賠償金の支払いが命じられた。彼らにはその賠償金を払う能力がなく、彼らの家がお父さんに譲られたんだよね。残りの賠償金は、働きながら数年かけて支払われるらしい。
その家をどうするか、お母さんと相談していたことを知っていたので、カリアスたちに貸せば、どちらの悩みも解決するはず。
「アグスに、家がまだ見つかっていなければ提案するように言っておくよ」
お父さんがうれしそうに私の頭をなでる。
「うん。お父さん、教会の中に入っていい?」
「あぁ、大きな修繕工事は終わって、あとは細かいところだけだから大丈夫だ。俺は残りの仕事を終わらせて来るな」
「うん」
ユウと教会の中に入る。
『はじめて見た時はビックリしたけど、きれいになってるな』
ユウの言葉に、小さく頷く。
本当にビックリしたよね。
教会を正面から見ると問題なさそうなのに、裏に回ると壁は壊れているし、ガラスも割れていた。教会に訪れる人の目につかない場所は、かなりひどいことになっていたよね。
牧師が住むはずだった家も、中は壊されていたとお父さんが言っていたっけ。
『元牧師、どうして教会や住んでいた家を壊したんだろうな?』
それは、私も不思議に思ったな。
「あれ? リーナ殿?」
お兄ちゃんと私を見守ってくれている護衛騎士の一人、キーフェさんが不思議そうな表情でそばにやって来る。
「何かあったのですか? アグス殿は、どうしました?」
私が一人でいるのを不思議に思うくらい、普段はお兄ちゃんと一緒にいるのかな? あっ、呪われた日から確かに外にいるときは、お兄ちゃんとずっと一緒だったかもしれない。
「何もないので安心して下さい。お兄ちゃんは、久しぶりに会った友達と遊んでいます」
「そうでしたか。そうだ、奥のステンドグラスの修繕が終わったんです。見ていきますか?」
キーフェさんが祈りの部屋を指さす。その部屋は、一人で静かに女神さまに祈りたい人や、牧師に罪を告白するときに使う場所だ。
「はい。見てみたいです」
割れていたと聞いたけど、元に戻ったのかな?
「どうぞ」
祈りの部屋に入りステンドグラスを見る。
「うわぁ、きれい」
太陽の光を受け、美しく輝くステンドグラスに見惚れる。
「キーフェさん、見せてくれてありがとうございます」
彼にお礼を言い、祈りの部屋を見渡して一つの絵に目を留め、息を呑んだ。
『あれ、腰から下が描かれたないって事は、こいつ等はユーレイか? んっ? 随分苦しそうな表情だな。それにこのユーレイたちの奥にいるのはなんだろう?』
私の視線の先にある絵を、ユウも見て、不思議そうに首を傾げる。
絵を見るまで忘れていたけど、私がユーレイのことを言わないのは、この絵を記憶のどこかで覚えていたからだ。苦しそうに顔をゆがめるユーレイたちが描かれている、この絵を。
「キーフェさん、これはなんですか」
前にも説明を受けたかもしれないけど、覚えていないから聞くしかないよね。
「それは、魔王の手下になり、この世に呪いをまき散らすと言われている悪霊です」
『また魔王?』
魔王の手下か。
「悪霊ですか」
「はい。女神さまの敵となる魔王のために、呪いを広め、そして魔王に力を与えようとする悪しき存在です」
ユウが絵に近づく。そして、ちょっと困った表情をする。
『もしかして俺って……この世界では悪霊扱い?』
「悪霊はどうやって見つけるんですか?」
絵に悪霊が描かれているということは、ユーレイが見える人がいるってことだよね? もし見える人がユウを見たら……うん、確実に危険だ。
「残念ながら、悪霊を見ることができる者はいません」
「えっ?」
だったら、どうして絵があるの?
「悪霊は神聖力を持つ聖女さまだけが見られるのです」
そうなんだ。ちょっと安心。でも魔王に聖女か。
「昔の聖女さまが後世にその姿を絵に残してくれなければ、私たちはずっとその存在に気づかなかったでしょう」
残さなくてもよかったのに。
「呪いを掛けようとする者に悪霊は手を貸すと言われています」
『俺は手なんて貸していないからな!』
知ってるって。
「リーナ殿に掛けられた呪いですが、使用された魔法陣が見つかりました。そこで見つけた魔結晶の大きさから考えると、二人を同時に呪う事ができるほど強くないんです。ですがリーナ殿にもアグス殿にも、くっきり痕が残るほどの呪いでした。この事から、おそらく悪霊が手を貸したのではないかと思います」
『魔結晶? あれ? どこかで聞いた事があるような?』
チラッとユウを見る。
ユウとこの世界について本で勉強したけど、「魔結晶」という言葉はまだ出てこなかった。ということは、元の世界で「魔結晶」という名前を聞いたことになる。普通に生活していれば、「魔結晶」なんて言葉は聞くはずがない。となると……ユウの好きなマンガやアニメかな。気づいたら、またうるさくなりそう。




