39話 戻ってきた日常
「「「いってきます」」」
お父さんとお兄ちゃんと一緒に家を出る。
「いってらっしゃい。気を付けてね。あっ、アグス、リーナ」
お母さんに呼ばれて振り返ると、少し険しい表情で私たちを見ていた。
「寄り道はしてもいいけど、遅くならないようにね」
「「はい」」
昨日、学校が終わったあとに友達と一緒に遊んだ。つい時間を忘れてしまい、いつもより遅くなったらお母さんが家の前で心配していた。
「気を付けようね」
「うん」
お兄ちゃんを見て頷くと、私とお兄ちゃんはお父さんと一緒に学校へ向かった。お父さんは教会の修繕に向かうため途中までだけど、この時間が嬉しい。
『リーナ、今日もいるぞ』
ユウをチラッと見て、彼が見ているほうに視線を向ける。
「おはようございます」
フォガスさんが私たちを見て頭を下げる。
「「「おはようございます」」」
問題がすべて解決してから一週間が経った。私とお兄ちゃんには、見守り役がついている。
アルテト司教が両親に話した内容によれば、呪いを受けた者は後遺症が出る場合があるらしい。
まだ症例が少なく、どのような状況で呪いを受けると後遺症が出るのかは、分かっていないみたいだけど。
そのため、もし後遺症が出た時にすぐ対処できるよう、アルテト司教の護衛騎士が三人で 私とお兄ちゃんの様子を見守ってくれる事になった。
なぜかユウはその話を聞いて「怪しい」と呟いた。そしてアルテト司教にこっそり付いて行って話を聞いたけど、裏事情についてはわからなかったそうだ。いったい彼のどこが怪しかったのか、説明を聞いてもよく分からなかった。だって、「性格がいい奴には、裏の顔が絶対にある」なんて言われても、納得できないよ。
「今日はフォガスさんなんですね。よろしくお願いします」
お兄ちゃんの質問に、彼が笑って頷く。
「二人は、教会のほうへ確認しに行きました」
「あれ? 進捗状況の報告は昨日もしたと思いますが」
お父さんが不思議そうにフォガスさんを見る。
「教会の修繕ではなく、ステンドグラス等ガラス関係の修繕のほうです。一部のステンドグラスの修繕は不可能という報告があったので、詳しく話を聞きに行ったんです」
前の牧師は教会だけでなく、ステンドグラスまで壊してしまったらしい。その話を聞いたときは、少し残念に思った。リーナの記憶にあったステンドグラスはとてもきれいだったから。
「あぁ、壊れ方が酷く修繕できるところと、手の出しようがないところがあると言っていましたね」
「そうでしたか。この村の教会はとても古く、価値のある物が多かったそうですので直せるなら直したかったのですが」
残念そうに言うフォガスさんに、お父さんも頷いた。
「アグス、リーナ。学校ではしっかり勉強しろよ」
「「うん」」
お父さんと別れる場所まで来ると、手を振ってお父さんを見送る。
「行きましょう」
フォガスさんに促されて学校に向かう。
「フォガスさん。毎日、大変ではないですか?」
私を見て微笑むフォガスさん。
「アルテト司教の護衛で振り回されるより楽ですよ。彼は、自分の目で一つ一つ確かめていくので、守る側からすると大変なんです。予定変更なんて、ざらですからね」
少し疲れた表情で話すフォガスさんを見て、お兄ちゃんと顔を見合わせて笑ってしまう。
「「おはよう」」
「「えっ?」」
学校の前には、隣の村に行ったはずの友人たちの姿があり、お兄ちゃんと一緒に足を止めた。
「カリアス? タグアス? えっ? どうして?」
走って二人に駆け寄るお兄ちゃん。
「今日から、また同じ学校に通う事になったんだ。よろしくな」
カリアスの説明に、目を見開くお兄ちゃん。
「もう、大丈夫なのか? その……」
言い淀むお兄ちゃんに、カリアスが笑う。
「父さんは捕まったよ。えっと、確かこの村にいた犯罪者集団に、母さんを殺すよう依頼したらしいんだ。そのことがバレて、父さんは捕まった。でも、父さんも不倫相手にうまく誘導されていたみたいだけど」
「母さんがいるのに不倫なんてするからだよ。そんなことをしなければ、犯罪者になることもなかったのに……」
タグアスが嫌そうに話すと、カリアスが悲しそうに笑って頷く。
「そうだな。父さんは自業自得だよ。父さんの不倫相手には恋人がいたらしくて、その二人は母さんが持っていた山の権利書が目的だったみたいだ」
カリアスの説明を聞いて、お兄ちゃんはため息を吐いた。
「いろいろと複雑だな。その不倫相手とその恋人も捕まったのか?」
「うん。無事に全員が捕まったと連絡が来たから、ランカ村に戻ろうって事になったんだ」
「そうだったんだ。これからも一緒なのは嬉しい。家は、前に住んでいたところなのか?」
お兄ちゃんの質問に二人は嫌そうに首を横に振る。
「さすがにあそこは嫌だ」
嫌そうに言うタグアスと、それに頷くカリアス。
確かに、父親と不倫相手が住んでいた家には、もう住みたくないだろうね。母親との大切な思い出があったとしても。
「昨日ランカ村に戻って来たんだけど、今は宿に泊まってる。おばさんは数日中に家を探すと言っていたけど、どうなるかはまだわからない」
「おばさん?」
「うん。母さんの友達。とてもパワフルな人だったよ」
二人の表情から、助けてくれた女性といい関係だとわかる。お兄ちゃんも気づいたのか、嬉しそうに笑う。
「そろそろ学校に入ったほうがいいぞ。朝礼が始まる時間じゃないか?」
フォガスさんの言葉を聞いて、全員で校舎の時計を見た。
「うわっ。時間!」
お兄ちゃんが私の手を取ると、カリアスたちの方を見た。
「急ぐぞ。リーナも行こう」
「うん。フォガスさん、ありがとう」
お礼を言って、お兄ちゃんと一緒に校舎へ走る。カリアスとタグアスは少し不思議そうにフォガスさんを見ていたが、お兄ちゃんに呼ばれて慌てて走り出した。
―フォガス視点―
慌てた様子で走っていく子供たちを、笑いながら見送る。そして、その姿が見えなくなると、教会へ向かって歩き出した。
アルテト司教に呼ばれ、アグス殿とリーナ殿について何か気づいたことがないかと聞かれたのは、問題が解決した夜のことだった。最初は何を聞かれているのか分からず、「特にありません」と答えたが、その答えに満足しなかったのか、彼はリーナ殿についてさらに詳しく尋ねてきた。
何か思い詰めた様子はないか、言葉に荒々しさが混じっていないか、など。
それで気づいた。呪いを受けた者の中には、まれに影響が出てしまう人がいることを。不安になって、リーナ殿に影響が出ているのかとアルテト司教に尋ねると、彼は首を横に振った。
でも、アルテト司教はリーナ殿から不穏なものや不快なものを感じたらしい。ただ、彼女と直接話したときには、それらを感じることはなかったようだ。だから、一番近くにいた俺に彼女の様子を確かめたのだ。
二人を見守ることが決まってから、俺はリーナ殿のことをよく観察するようにした。もし影響が出ているなら、できるだけ早く治してあげたい。
それで気づいた。確かに彼女から何かを感じるときがある。でも、それはリーナ殿自身というより……彼女の近くにそれを感じるので首を傾げた。
それに、彼女の視線も気になる。彼女はなぜか、ときどき、というより頻繁に、何もない空中を見つめるのだ。視線を追ってみても、特に気になるものはなかった。でも、彼女の視線は確かに何もないはずの空中を見ている。
そんなリーナ殿の行動を見守っていると、彼女が空中に向かって笑ったことがあった。そのとき、ある存在のことを思い出した。まさか、と思った。でも、もしリーナ殿が精霊を見ているのだとしたら……。
「難しい問題です」
世間ではいろいろと言われているが、教会関係者は精霊を信じている。なぜなら、公表されているのは一人だけだが、これまでに精霊を見たという人は複数いるからだ。ただ、そのうちの半分ほどは、精霊だと認めていないのだけれど。
「手紙で伝えていい内容ではありませんから、一度王都に戻る必要がありますね」
修繕中の教会が見えてくる。知らせるにしても、教会の修繕が終わらない限り、ここを離れることはできない。
「まぁ、のんびり二人を見守るとしましょうか」
呪いの影響ではなく、もし精霊なら安心していい。ただ一つ心配なのは、アルテト司教が感じたという不穏なものや不快なものだ。精霊から、そんなものを感じることがあるのだろうか?




