38話 家族のもとへ
「家に帰りましょうか」
フォガスさんが私たちを見る。
「そうですね。帰りましょう」
お兄ちゃんの言葉に私が頷くと、ルドークさんが御者さんに合図を送った。
「帰りも俺たちがしっかり護衛をするから安心してくれ」
ルドークさんが私たちに向かって笑いながら言ったので、お兄ちゃんと一緒に笑顔で頷いた。
「「よろしくお願いします」」
馬車がゆっくりと動き出す。最後に、窓から顔を出してバーガル子爵家を見る。
「どうしたの?」
ルドークさんが心配そうに私を見る。
「なんとなくです」
本物のリーナを殺した彼らとは、これで本当に最後なのだと思うと、なんとなく気持ちが落ち着かなかった。
彼女だったら、こんな時は何を思うだろう。大切な家族を守り切った事は、間違いなく喜ぶだろう。でも彼女自身は亡くなってしまった。しかも、そのことを家族以外が知ることは、これからもきっとないだろう。
『解決して嬉しいはずなのに……どうもスッキリしないな』
ユウが馬車の中に入ってきて、私の傍にくる。
あぁ、もしかしたら本物のリーナの死を皆に言えないからスッキリしないのかもしれない。私は彼女をちゃんと弔いたい。でも、それができないから、彼らが捕まっても気持ちがもやもやしているのかもしれない。
「リーナ? 大丈夫?」
お兄ちゃんを見て頷く。
「大丈夫」
家に帰ったら、お兄ちゃんにこの世界で亡くなった人の弔い方を聞いてみよう。本当のことは家族にしか言えないとしても、リーナをちゃんと送り出してあげたい。もしかしたら、もうすでに遠くへ行ってしまっているかもしれないけど。
馬車が家に着くと、お父さんとお母さんが家から飛び出してきた。
「「アグス、リーナ」」
馬車から降りて、お兄ちゃんと一緒に二人へ駆け寄る。
「「ただいま」」
「「おかえり」」
お母さんが、お兄ちゃんと私をギュッと抱きしめる。
「無事で良かった。本当に良かった」
お母さんの腕に少しだけ力がこもる。
「ありがとうございました」
お父さんを見ると、フォガスさんとルドークさんに深々と頭を下げていた。
「無事に全てが終わりました。もう、あなたたち家族を苦しめる者はいません。安心して下さい」
「ありがとう。ありがとう」
お父さんはフォガスさんの手をギュッと握り、何度もお礼を言った。お母さんも、彼の言葉に安堵の表情を浮かべた。
「あれ? もう壁を直したんですか?」
ルドークさんが驚いた声を上げるので、彼の視線を追う。
「本当だ。壁にあった穴が塞がってる」
襲撃されたときに無残に壊され、穴が開いていた壁がきれいに修復されていた。
「さすがにいつまでも穴を開けたままにはできませんからね」
お父さんが笑って言うと、お母さんも頷く。
「リグス殿は腕がいいのですね。とても綺麗に修繕されている」
フォガスさんがきれいになった壁に近づき、頷いている。
「リグス殿。申し訳ないが、教会の修繕もお願いできないでしょうか?」
「えっ? 教会の修繕ですか?」
驚いた表情でフォガスさんを見るお父さん。
「えぇ、管理していた牧師が、いろいろと破壊をしていまして、このままでは次の牧師が住めないんです。アルテト司教も『教会の修繕は、なるべく早くしなければならない』と言っています。ですので、この村の棟梁に仕事をお願いする予定だったんですが……捕まったので」
あぁ、そうだね。捕まったね。
「ですので、誰にお願いするか迷っていたのですが、リグス殿はかなり腕がいいのでお願いしたい。他の仕事がある場合は、そちらが終わってからでもいいのですが。どうでしょうか?」
「俺としては嬉しいです。実は、今回の事でこの村を出ようと考え、参加していたチームから抜けたんです。捕まった棟梁がトップのチームだったので、どちらにしても仕事はなくなっていたと思いますが」
お父さんが苦笑すると、フォガスさんは少し考え込んだ。
「チームを抜けたとしても、商業ギルドに登録はしたままですよね?」
商業ギルド? 確か、仕事を斡旋してくれる場所だよね。
『商業ギルド!』
嬉しそうに声を上げるユウをチラッと見る。
「もちろんです。他の村や町に行っても、大工の仕事をするつもりだったので」
「それでしたら、商業ギルドに指名依頼を出します。必要な人員は、商業ギルドが集めてくれるでしょうから、問題はありませんね」
『冒険者ギルドに商業ギルドかぁ。気になる! リーナは商業ギルドに行ったことがあるのか?』
さぁ、どうだろう? 思い出さないという事はないのかな?
「フォガスさん、ルドークさん。お茶を飲んでいきませんか? スーナと一緒にお菓子も作ったんですよ」
話が一段落したところで、お母さんが二人に声をかける。
「いえ――」
「ありがとうございます。いただきます」
断ろうとしたフォガスさんの言葉を遮り、嬉しそうな笑顔でお礼を言うルドークさん。
「えっ?」
そんなルドークさんを驚いた表情で見るフォガスさん。ルドークさんは、驚いているフォガスさんの肩を叩く。
「ほら。『どうぞ』と言ってくれたんだから」
「彼らは疲れているでしょうから、遠慮をした方がいいと思いますが」
ため息をつくフォガスさんに、ルドークさんが肩をすくめる。
「嬉しい好意は、笑顔で受け取る主義なんだ」
そんな二人の様子を見て、お母さんとお父さんが笑っている。
「疲れてなんていませんよ。だから、遠慮なんてしないで下さいね」
お母さんを見て小さく頭を下げたルドークさんは、フォガスさんを見て笑う。それにため息を吐いたフォガスさんは、お母さんに向かって頭を下げた。
―アルテト司教視点―
去って行く馬車を見る。
「やはり、気になりますね」
私の隣にいるフォンが、私の視線の先を見て首を傾げる。
「フォガスは、問題ないはずですが」
「んっ?」
私が不思議そうにフォンを見ると、同じような表情を返された。
「誰の事を言っているのですか?」
フォンの質問に少し笑ってしまう。私が小さな女の子のことを気にしているなんて、考えるはずがありませんね。
「フォンは、リーナという少女を見て何か感じませんでしたか?」
「えっ? 被害者の少女の事ですか?」
私が頷くと、フォンの眉間に深い皺が寄る。
「もしかして呪いを受けた影響が出ているのですか? 稀に、悪い影響が出てしまうと習いましたが」
「そうではありません。別の……」
別のなんでしょうか? 確かに彼女からは不穏な印象を受けました。でも、彼女と話した時は、そんな印象は受けなかった。しかし、馬車の中にいる彼女を見ていると、時々不穏な……いえ、強い不快感を覚えました。
「呪いを受けた影響なのでしょうか?」
呪いについては、すべてが解明されているわけではありません。まだまだ、わからないことも多いのです。
「影響がある場合は、教会で保護というか監視でしたよね?」
フォンが複雑な表情で、馬車が去っていった方を見る。おそらく、まだ幼いので教会に閉じ込めたくはないのでしょう。私もその考えには賛成です。
「教会が元牧師によって破壊されているそうです」
「えっ? あぁ、その話なら聞きました」
フォンが首を傾げて私を見る。
「教会には、まだ重要な物が残っているため警護が必要です。フォガスとあと二名ほどをランカ村に滞在させましょう。そして被害にあった子供たちは、心のケアが必要です。呪いについて詳しい彼らなら、きっと良い話し相手になってくれるでしょう」
私の話を聞いたフォンが、嬉しそうに頷く。
「わかりました。では、ランカ村に滞在する者を選びます。できるだけ子どもに好かれる人がいいですよね」
呪いの影響を受けている場合、少しずつその影響が表に出てきます。しばらく様子を見れば、答えが出るでしょう。




