33話 穏やかそうで怖い人?
「はじめまして。君たちが私に手紙を送ってくれたんだね?」
ルドークさんが紹介してくれた司教は、とても穏やかな表情で私たちに声を掛けてくれた。でも、なぜかとても緊張してしまう。
ユウのことがあるからかな? それとも、周りにいる護衛騎士たちの真剣な表情のせいだろうか?
『笑っているけど……この人、なんだか怖くない? それに、周りの護衛騎士たちも雰囲気がすごく怖いし』
ユウの言葉に頷きそうになるのを耐えていると、お兄ちゃんが頭を下げて挨拶をした。
「はじめまして。アグス・ランカです」
「はじめまして。リーナ・ランカです」
お兄ちゃんの後に慌てて挨拶をすると、司教は笑って頷いた。
「大変だったね。私は王都の教会に属しているアルテトと言います。リグス殿とカーナ殿からは話を聞いたんだけど、君たちからも手紙を送る事になった経緯を聞かせてもらえるかな?」
「「はい」」
お兄ちゃんと顔を見合わせて頷くと、アルテト司教は真剣な表情で私たちを見た。
お兄ちゃんは、呪いで苦しくなって目が覚めたところから話し始めた。私は横でそれを聞きながら、首元に手を当てる。
アルテト司教は話を聞きながら、私とお兄ちゃんの首に残された痕を見たのか、少し険しい表情をした。そして、呪いを掛けた者の母親と牧師の話になると、大きなため息を吐いて首を横に振った。
お兄ちゃんは話を続け、私はそれに頷いたり、お兄ちゃんに話を振られて答えたりした。ときどきアルテト司教から質問を受けながら、ようやく手紙を冒険者に託した話まで終えた。
「首に残っている痕を、少し触ってもいいかな?」
話を聞き終えたアルテト司教は、お兄ちゃんと私を見る。
「はい。大丈夫です。リーナは?」
「私も大丈夫です」
私たちの答えを聞いたアルテト司教は、お兄ちゃんと私の首に残る痕にそっと触れた。
「ありがとう。かなり酷い呪いだね」
アルテト司教が険しい表情で言うと、近くにいた護衛騎士がお兄ちゃんに声をかけた。
「失礼ですが、俺も確かめていいですか?」
「えっ?」
お兄ちゃんが不思議そうに護衛騎士を見る。
「あぁ、彼は呪いについて研究をしているんだよ。ちょっとだけ首の痕を見せてあげてくれるかな?」
「はい」
護衛騎士が、お兄ちゃんの首に残る痕を指でそっと触れた。すぐに指を離し、アルテト司教を見ると頷いた。
「やはりそうか。ありがとう」
アルテト司教と護衛騎士のやり取りを見て、お兄ちゃんは首を傾げる。
「あぁ、ごめんね。呪いの深さを確かめたんだ」
呪いの深さ? 呪いに深さなんてあるの?
「二人とも、話してくれてありがとう」
アルテト司教が、お兄ちゃんと私の前に手を差し出す。
「王都で有名なお店の飴なんだ。話してくれたお礼に、どうぞ」
「「ありがとうございます」」
アルテト司教の手の中には、薄い紙に包まれた青い飴が二つあった。お兄ちゃんと一つずつもらい、中の飴を口に入れた。じんわり広がる甘さに、ホッと体の力が抜ける。
「おいしいな」
お兄ちゃんを見ると、嬉しそうな表情で飴を口の中で転がしていた。
「うん、おいしいね」
「何を食べているの?」
えっ?
後ろを見ると、お兄ちゃんと私を見るスーナがいた。
「おや、もう一人いたんですね。でも、この飴は少し大きいですね」
アルテト司教が馬車の中に戻り、何かを手にして戻ってきた。そして、スーナに目線を合わせて、小さな瓶を渡した。
「お母さんに、食べていいのか許可を貰ってから食べて下さいね」
「お母さんに?」
「はい、お母さんに」
スーナはアルテト司教をじっと見つめる。
「スーナ、どうしたの?」
お兄ちゃんが少し心配そうに尋ねると、スーナは私たちを見て笑顔になる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。この人、かっこいいね」
『ぶっ。さすがリーナの妹! あはははっ』
大笑いするユウをチラッと睨み、アルテト司教に頭を下げた。
「すみません」
「いや、いいですよ。嬉しい言葉ですから。ありがとう、スーナちゃん」
楽しげに笑うアルテト司教を、スーナがニコニコと嬉しそうに見る。そんな二人を、護衛騎士たちも楽しそうに見守る。
「スーナ、お母さんが探しているみたいだよ」
慌てて周りを見ているお母さんに気づいたお兄ちゃんが、スーナに声を掛ける。
「あっ」
少し困った表情をするスーナ。そんなスーナを見てお兄ちゃんが、彼女に手を差し出す。
「一緒にお母さんのところへ行こうか」
「うん」
「リーナも一緒に行こう」
お兄ちゃんが私を見たので頷いた。そして、みんなでアルテト司教に頭を下げてから、お母さんのところへ向かった。
「お兄ちゃん、話してくれてありがとう」
「気にしないでいいよ」
「スーナ、お兄ちゃんたちのところに行っていたのね。戻ってこないから心配したのよ」
お母さんがスーナに気づいて、私たちのもとへ駆け寄る。
「話は終わったの?」
お母さんが、お兄ちゃんと私を見る。
「うん。全て話したよ」
「アグスもリーナもお疲れ様。お昼は作ってあるから、食べてきなさい。私とスーナはもう食べたから」
お兄ちゃんの頭を撫でたお母さんは家を指す。
「わかった。スーナ、それのことを聞かなくていいの?」
お兄ちゃんが、大事そうに瓶を抱えているスーナに視線を向けた。
「あっ、お母さん。これ、食べてもいい?」
スーナの持っている瓶を見て、お母さんは首を傾げる。
「どうしたの、それ」
「かっこいい人がくれたの」
スーナの答えにお兄ちゃんが笑ってお母さんを見る。
「アルテト司教がくれたんだよ。お母さんが許可したら食べていいよって言っていたんだ」
「そう。中身は何かしら?」
スーナから瓶を受け取り、中身を確かめるお母さん。
「砂糖菓子みたいね。一日三粒までならいいわよ」
「はい、三粒」
スーナは小さな指を三本立てて笑った。お母さんはそんなスーナを微笑ましそうに見てから、瓶から砂糖菓子を三粒取り出して彼女の手に乗せた。
「ゆっくり味わって食べるのよ」
「はい」
スーナは一粒一粒を大切そうに食べていた。お母さんはスーナの頭を撫でてから、お兄ちゃんと私を見た。
「ゆっくりお昼を食べてね。もう、心配する事は何もないから」
「「うん」」
お兄ちゃんと一緒に家の中に戻り、ダイニングでお昼ご飯を食べる。
「リビングはいつ頃直るかな?」
「お父さんのことだから、きっとすぐに直してくれるよ」
お昼を食べ終えて外に出ると、アルテト司教の周りに護衛騎士たちが集まっていた。
「何かあったのかな?」
「アグス、リーナ」
声の方に視線を向けると、少し戸惑った様子のお父さんがいた。
「どうしたの?」
「アルテト司教から、もしよければ一緒に来ませんかと誘われたんだ」
お父さんの言葉に、お兄ちゃんと一緒に首を傾げる。
「何に誘われたの?」
「あぁ、そうか。その説明がまだだったな。今から、牧師と呪いをかけた者、そしてそれをかくまった者たちの捕縛に行くそうなんだ」
悪い奴らを捕まえに行くんだ。
「それに、被害にあった俺たちも一緒に来ませんかって。捕縛に参加することはないけど、彼らの最期を見届けた方が、きっとスッキリするだろうから、と」
お兄ちゃんと顔を見合わせる。
「確かに、最期を見届けたいけど……リーナは見たい?」
『俺は見たい! クズたちの最後!』
お兄ちゃんとユウの言葉に頷く。
「私も見たい」
リーナを殺した奴らの最後を。
「わかった。一緒に行くと伝えて来るよ」
お父さんがアルテト司教の元へ行く。
「大丈夫?」
お母さんが、心配そうにお兄ちゃんと私を見る。
「大丈夫」
笑って言うお兄ちゃん。
「私も大丈夫。ただ、見ているだけだろうから」
危ないことはきっとない。ただ、本当のリーナを殺し、家族を苦しめた奴らの最期を見届けるだけ。
「アグス、リーナ」
ルドークさんとフォガスさんが、私たちのそばに来た。
「アルテト司教から三人の護衛を任されたから、俺たちのそばを離れないように」
「「はい」」
お父さんが戻って来ると、後ろの馬車を指す。
「あの馬車に乗っていいそうだ。さあ、行こう」




