32話 到着
ルドークさんが、去って行く仲間に手を振る。
「あの、ルドークさんたちは一緒に行かなくていいのですか?」
お父さんの質問にルドークさんが頷く。
「はい。俺とフォガスは、あなたたちの護衛に就きます」
「護衛ですか?」
お父さんが不安そうに、ルドークさんとフォガスさんを見る。
「はい。奴らの仲間がすべて捕まったのか、現段階ではわからないので」
もしかしたら、奴らの仲間がまだいるかもしれないって事?
なんとなく周りを見回す。
『リーナ、大丈夫。周りには誰もいないから』
ユウの言葉にホッとする。
「そうだ、家の修繕費は教会が出しますのでしっかりと直して下さいね」
お父さんとお母さんが戸惑った様子でフォガスさんを見る。
「呪いの被害者を助けるどころか、加害者に手を貸すなどけっして許されません。これは、教会の不祥事です。ですから、家の修繕費はすべて教会が出します」
「いいのでしょうか?」
お父さんがルドークさんを見る。
「それは被害者への慰謝料ですよ。リグスさんたちには貰う権利があります。あと、呪いを掛けた者とそれを教会に報告……あれ? 牧師が知っているという事は、教会へ報告はした事にはなるのか? 罪の告発ではないけど」
ルドークさんがフォガスさんを見ると、彼は首を横に振った。
「呪いを掛けた加害者を守るために動いたので、教会への報告とはみなされない」
「それもそうか。ということは、問題の貴族からもたっぷり慰謝料を貰えますね。俺たちからも慰謝料が増えるように、いろいろと追加で報告しておきますから」
「追加ですか?」
お母さんが困ったような表情を浮かべる。
「大丈夫ですよ。ウソの報告はしません。ただ、三人の子供たちが襲われてとても怖い思いをした、という内容を少しだけ大げさに伝えるだけです。子供が被害者に含まれていると、印象がぐっと悪くなるんですよ。間違いなく、慰謝料も上乗せされるでしょう」
そうなんだ。
「被害者というか、奴らの狙いはリーナだったからな」
お兄ちゃんが私を見るので、私は頷いた。
「んっ? 怖がらせるために家へ押し入ったと言っていたけど、違うのか?」
えっ、捕まった奴らはそう言ったの?
「違います。奴らはリーナを捕まえるために家を襲ったんです」
お父さんの言葉に、ルドークさんとフォガスさんが険しい表情をした。
「その情報はどうやって知ったんですか?」
フォガスさんがお父さんとお母さんを見る。
あっ、どうしよう。なんて説明すればいいの?
「奴ら、リーナを確認するためなのか家に近づいた事があるんです。その時に、リーナが奴らの話を聞いて知りました」
お父さんの説明に、フォガスさんが頷く。
「怖かっただろう。もう、大丈夫だからな」
ルドークさんが私の肩を優しくポンと叩く。それに、私は少し笑った。
なんだか胸がチクチク痛む。
『いろいろ省いて説明したのに、リグスの誤解のおかげで、うまく説明できたな』
ユウが感心した様子で、お父さんに向かって拍手を送る。
「あと少しで夜明けです。少しお休みになったらどうですか?」
フォガスさんがお兄ちゃんと私を見る。
「そうですね。アグス、リーナ、疲れただろう。部屋に戻って寝ようか」
お兄ちゃんと私を見るお父さん。
「大丈夫。そんなに疲れていないよ」
笑いながら言うお兄ちゃんに、私も頷いた。
「私も、大丈夫」
というか、いろいろな事が起きたせいで、まったく眠くならない。いつもなら、眠っている時間なのに。
「そうか?」
お父さんが心配そうに私たちを見る。
「「うん」」
「でも、明日はまた掃除もあるし。それに司教が来たら、いろいろと話をする必要があると思うんだ」
あっ、そうだね。司教が来たら、何があったのか話す必要があるよね。
「きっと忙しくなるから、今のうちに休憩を取った方がいい。それにいつもだったら眠っている時間だろう?」
「「うん」」
「きっと布団に入れば寝られるから。寝られなくても横になれば疲れは取れる。だから、布団に入ろうか」
お父さんの説明に頷く。明日のことを考えると、少しは休憩が必要だと思ったから。
部屋に戻ってベッドに寝っ転がると、大きく息を吐き出す。
『どうした? やっぱり疲れてるのか?』
ユウを見て首を横に振る。
「違う。うまくいったなぁって思って」
「やった~」って叫びたい。でも、そんなことをしたらお父さんがきっと駆け込んでくる。だから、ちょっとだけ。
「やった~」
起き上がって両手を上にあげて、小さな声でつぶやく。そしてまたベッドに仰向けで寝る。
「ユウ。私は、みんなを守れたよ」
『うん。良かったな』
「ユウ、いろいろ協力してくれてありがとう」
『どういたしまして。あと、さっきは少しうるさかったよな』
んっ? あぁ、魔物と戦っているところが見たいと騒いだ時か。
『ごめん。「見たい」と思ったら、なぜか抑えられなくなって』
それが普通のユーレイだね。そして、普通のユーレイは自分が騒いだことを悪いとは思わない。
本当にユウは、ユーレイっぽくないよね。
「大丈夫、気にしていないから」
『そっか。良かった』
「ふぁあ」
あれ? 急に眠くなってきた?
『ゆっくり寝ろよ』
「うん」
あ~でも、服が汚れてるし、そもそも寝間着じゃない。着替えようかな? でも、もう起き上がれない……。
『おやすみ』
『リーナ、起きて! そろそろ起きて! 司教が来たよ』
うるさい。しきょうって何。うん? しきょう?……司教!
「えっ、なんで?」
起き上がって窓を見ると、明るい。
「寝過ごした?」
『うん。今、十一時五分。昼前だな』
ユウが窓から外を見る。
『リーナも見て。あれが司教みたいだ』
ユウに誘われ、窓に駆け寄る。そしてユウが指した方を見る。
黒い馬車が二台。その近くには、背が高く、穏やかな表情をした男性がいた。
「あれが司教?」
『たぶん。周りの態度から、彼があの中で一番偉いみたいだから』
確かに、周りに指示を出しているのがわかる。
「顔が良い」
『……まず、そこ?』
だって、フォガスさん並みに顔がいいから。フォガスさんの時は、あんな状況だったからじっくり見ることができなかった。でも今はゆっくり見ることができる。
青い髪で、目の色はここからではわからない。でも、顔はほっそりしていて目はぱっちり。かなりのイケメンだ。
『あんな事があったのに、元気だな』
「そうだね。自分でもビックリしてる」
昨日の恐怖体験がもう少し影響するかと思ったけど、全然大丈夫みたい。
コンコンコン。
「リーナ、起きてる? 司教が話をしたいと言っているんだけど」
「お兄ちゃん、おはよう。すぐに着替えて行きます」
部屋の扉を開けてお兄ちゃんに挨拶し、顔を洗いに行く。そして、急いで服を着替えて外に出た。
『髪をとかしてないぞ』
そういう事は、もっと早く言ってよ。
手ぐしで髪を整えて、お兄ちゃんのいるところに向かう。
「リーナ。髪が……」
お兄ちゃんの指が優しく前髪を整えてくれる。そして、私を見て頷いた。
「よし、リーナは今日も可愛いね」
恥ずかしい。
「ありがとう」
頬が少し赤くなっているのがわかる。でも、これってけっこう頻繁にあることみたいなんだよね。リーナの記憶には、お兄ちゃんからの「可愛い」がたくさんあるから。
「おはよう。少しは休憩できたかな?」
ルドークさんが、お兄ちゃんと私に声を掛けた。
「「おはようございます」」
「司教が二人に話を聞きたいらしいんだ。少しだけ時間を貰えるかな?」
「はい。大丈夫です」
お兄ちゃんが頷くと私を見る。
「ご飯を食べなくて大丈夫?」
寝坊したから朝ごはんは抜きだった。でも、またお腹が空いたという感覚はない。
「大丈夫」
話をしてから、ゆっくりお昼を食べよう。
「えっ、朝ごはん食べていないの?」
ルドークさんが驚いた表情で私を見る。
「寝過ごしてしまって。起きたばっかりなんです」
少し恥ずかしいな。
「そうだったんだ。話は、朝ごはんを食べた後でもいいけど」
「いえ、気になることを済ませてから、ゆっくりお昼を食べます」
「確かに気になることがあると、ご飯がおいしく食べられないよな。よし、お昼ご飯の時間に間に合うように、すぐ司教のところへ行こうか」
ルドークさんは私を見て微笑むと、司教がいるところへ歩き出した。その後を追って、馬車や周りにいる冒険者たちを見る。
「冒険者が多いね」
「彼らは教会の護衛騎士だよ。極秘任務の最中だったらしく、身元がバレないように馬車にも教会のマークがないし、護衛騎士たちは冒険者の格好をしているんだ」
そうだったんだ。極秘任務中に、邪魔してしまって大丈夫だったかな?




