30話 俺の大切な家族
ー父親、リグス視点ー
散らばったガラスを箒で集めていると、笑い声が聞こえた。視線を向けると、アグスとリーナが楽しそうに笑っている。その笑顔に、自然と笑みが浮かぶ。
「そうか。もう、大丈夫なんだ」
リーナの手紙が司教に届いた。だから、俺も、俺の家族も助かるんだ。
自分の不甲斐なさに苦しくなる。俺が守らなければならない家族。その家族が、俺のせいで傷ついた。
どうしてあの時、あの女を助けてしまったのか。あの瞬間がなければ、こんな事にはならなかったのに。
ランカ村を管理しているバーガル子爵。その当主の妹。離婚して出戻って来た時は、いろいろな噂が囁かれた。でも、彼女が可哀そうだという者はいなかった。なぜなら、ランカ村の誰もが、彼女の性格を知っていたから。結婚した時は「よく結婚できたな」と噂したほどだ。
その問題の存在が、目の前で転びそうになっていた。だから、手を差し伸べただけ。たったそれだけ。人として当然のことをしたと思っている。
でも今なら、俺は助けなかっただろう。たとえ人として最低な行動だったとしても。
でも、関わってしまってから後悔してももう遅い。いや、ランカ村の領主に助けを求めて手紙を送っていれば、もしかしたら結果は違っていたかもしれない。
俺は、あの女と家族を甘く見すぎていたのだ。貴族と平民。身分差があるから、あの女が俺を好きだと言っても家族が止めるだろうと。まさか、止めるどころか俺の家族にまで手を出そうとするなんて、想像もしていなかった。
「はぁ」
「大丈夫ですか?」
心配そうに俺を見る冒険者のルドークさん。彼もアグスとリーナが繋げてくれた存在だ。
「大丈夫です。ただ、俺は何もできなかったと思って。俺が守らなければならなかったのに」
笑いながら、破けた本を確認しているアグスとリーナを見る。「ひどい」とか「これはダメだ」といった声が聞こえるので、たくさんの本を捨てることになりそうだ。
「素晴らしい子供たちですね」
ルドークさんを見て、笑って頷く。
「はい。自慢の子供たちです」
アグスは、いつの間にあんなにしっかりしたんだろう?
甘えん坊だったリーナが変わった。それは、呪いで殺されそうになってから。その変わりように、まるでリーナじゃなくなってしまったように感じて戸惑った。そしてその戸惑いは、今のリーナから話を聞いてあっていた事を知った。俺たちの娘のリーナは亡くなっていた。今のリーナは女神さまからの恵み。
首に残された呪いの痕跡とひっかき傷。あれを見た瞬間、目の前がぐらりと揺れた。倒れる事はなかったが、何があったのかすぐに理解した。そして、心の底からふつふつと怒りが湧き上がった。でも、相手は貴族。家族のためにぐっと耐えた。
でもあの女の家族は最悪だった。カーナの仕事を奪い、俺の仕事も奪った。もうランカ村にはいられないと思い、子供たちのために貯めていたお金を全て引き出そうとした。でも、できなかった。理由を聞くと「上からの指示で」と言われた。予想外のことに、ふらふらと家に帰っていると、二人の男がずっとついてきていることに気づいた。
見張られている。でも、この村では生活ができない。どうにかして、カーナと子供たちだけでも逃がそうと決意した。その決意を、アグスとリーナが止めた。「隣の村にいる司教へ、手紙を送ったから待って」と。
隣の村の教会もここと同じで司教はいない。でもリーナは、あの日から俺が半信半疑だった精霊を見られるようになっている。だから、アグスとリーナを信じて様子をみる事にした。なぜか、精霊が見える事をリーナは認めなかったけれど。
結果として、リーナの手紙は司教に届き、俺と家族は助かった。
リーナを見ると、空中を見て微かに笑っていた。そこからそっと視線を逸らして、集めたガラスを箱の中に入れる。
空中に視線を向けるリーナをよく見るようになった。でもリーナは精霊という存在を隠したがっている。だったら、俺にできることは、何も聞かず、気づいていないふりをすることなんだろう。
女神さまからの恵みであるリーナは、俺の大切な娘なのだから。
ー兄、アグス視点―
あの日、息苦しさで目が覚めた。そして、気づいた。首を何かでギュッと絞められている事に。
その何かを引きはがそうと、必死で首を引っかいた。でも、指は何も掴む事ができず、どんどん苦しくなっていき、もうダメだと諦めそうになった。その時に、確かに聞こえた女性の声。意識が朦朧としていたので、何を言ったのかはわからない。でも、その声が聞こえた瞬間に呼吸ができるようになった。
恐怖と苦しさで毛布をかぶり震えた。ガタガタ震える体を抱きしめていると、部屋が明るくなった事に気づいた。何とか落ち着き服を着替え鏡の前に立ち、息を呑んだ。首に残ったひっかき傷。そして黒く変色した呪いの痕。
ひっかき傷に傷薬をつけ、妹の部屋に急いだ。もしかしたら、妹も同じように呪いを受けたかもしれないと不安に思ったから。そして部屋から出てきた妹の首を見て、「やっぱり」と悲しくなった。
呪いの痕は、人に敬遠される。呪われた者は悪くないのに、なぜか「原因があるから呪われた」と考えられるからだ。
俺もリーナも、これから少し生きづらくなるかもしれない。でも、俺がリーナを守ろう。ひっかき傷に薬を塗りながら、そう誓った。
でもその日からリーナは変わった。すごく甘えん坊だったのに、なぜか俺や両親から少し距離をおいた。そして妹のリーナが亡くなっている事を知った。でも女神さまからの恵みのリーナは、妹リーナの記憶を持っていた。仕草も同じ。だから俺にとってリーナはリーナだ。
女神さまからの恵みだからなのか、リーナは精霊が見えるみたい。なぜかリーナは精霊が見える事を認めないけれど、彼女の視線は何かを確実に見ている。なにより、何度も空中に視線を向け、微かに笑ったり頷いたり。認めてはいないけど、バレバレだ。
大切な妹のリーナを守る。あの日の誓いは今のリーナでも変わらない。だって、リーナは可愛い妹だから。
でも不安もある。教会の奥で読んだ精霊の本には、精霊に愛された者は精霊とともに旅立つと書かれていたから。もし、精霊がリーナを連れて行こうとしたら、ここにいて欲しいとお願いしてみよう。
「あっ」
バサバサバサ。
リーナを見ると、床に散らばった本の残骸を見てため息をついていた。
「酷い。ここまで破く事はないのに」
リーナの言葉を聞いて頷く。
「本当だ。さすがにやりすぎだよ」
散らばった本の残骸を集めて、持ち運びしやすいようにカゴに入れる。リーナも手に持っていた本をカゴに入れた。
「破れた本を処分したら、本棚に本がなくなるね」
リーナが、壊された本棚を見る。
「そうだな」
本は高い。欲しいと言って買ってもらえる物ではない。だから、大切に扱っていたのに。
「これで最後だ」
破られた絵本をカゴに入れて、カゴを持ち上げる。いや、持ち上げようとしてその重さに諦めた。
「お兄ちゃん。私も一緒に運ぶよ」
俺の様子に気づいたリーナが、カゴの持ち手に手を伸ばす。
「ありがとう」
二人でカゴを持って移動する。
「とりあえず、お父さんの所に持って行こう」
紙だから燃やして処理をするかもしれないけど、まだどうするか聞いてないし。
「うん」
二人で持ったけど、たくさんの本が入ったカゴは本当に重い。
「リーナ、大丈夫?」
「だ、だい、じょうぶ」
両手でカゴの持ち手を持つリーナ。
本当に大丈夫かな?
「あぁ、危ないからすぐに下に置いて。俺が運ぶから」
俺たちを見たルドークさんが慌てて傍に来る。そして、俺たちが二人がかりで運んでいたカゴをヒョイっと持ち上げた。
「すごい」
リーナが、荷物を軽々持つルドークさんに視線を向ける。
「重かっただろう? 怪我はしていないか?」
ルドークさんの質問にリーナと俺は頷く。
「そっか、良かった。この本の残骸は、燃やすだろうから外に出しておくな」
やっぱり燃やすのか。
「はい。お願いします」
ルドークさんがカゴを持って、壊れた窓から外に出る。
「ルドークさんって、すごく力持ちだね」
「うん」
俺も鍛えようかな。リーナもだけど、スーナのことも守りたいから。
「私を殺したユーレイ」を読んで頂きありがとうございます。
間違った部分がある事に気づき、一度削除して書き直しました。
急にページがなくなった方、すみません。
書き直す前を読んだ方、大変申し訳ありません。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




