29話 司教からの伝言
「失礼します。ルドーク殿はいますか?」
もう一人の男性。ルドークさんの説明から、護衛騎士だと思われる男性の声が聞こえた。
「ここだ。入って……いいですか?」
途中でルドークさんがお父さんを見る。
「もちろんです」
「入っていいぞ」
「失礼いたします」
随分と丁寧な話し方をする人だなと思っていると、綺麗な顔立ちの男性が廊下に現れた。彼はお父さんと私たちを見ると、右手を心臓の辺りに添え小さく頭を下げた。
「はじめまして。アルテト司教の指示のもと、手紙を書いた方とアグス殿、そしてその家族の護衛をするために来ました、フォガスと言います」
司教が私たちを守るために送ってくれたのか。ちゃんとした人みたいで、良かった。
「ご丁寧にありがとうございます。私はリグス、隣が妻のカーナ。子供たちのアグス、リーナ、スーナです」
お父さんとお母さんがほっとした表情で、フォガスさんに頭を下げる。
「皆さんが無事で良かったです。あの、手紙を書いたのはどなたでしょうか?」
フォガスさんの視線が私たちのほうに向く。
「私が手紙を書きました。来ていただきありがとうございます」
フォガスさんに深く頭を下げると、彼は床に膝をつき、私と目線を合わせた。
「アルテト司教から『助けるのが遅くなり申し訳ありません。すぐにそちらに向かいますが、先に私が信頼している護衛騎士を向かわせます。必ず、あなたたちを苦しめた者たちに罰を与えますので、もう少しだけお待ちください』とのことです」
フォガスさんから聞いたアルテト司教の言葉に、涙がこみ上げる。
ずっと、不安だった。手紙がなかった事にされたらどうしようと。でも、来てくれた。私の声が届いた。
「助けてくれて、ありがとうございます」
フォガスさんにもう一度頭を下げる。
「教会に属する者が、助けを求める方の手を取るのは当然のことです。それなのに、この村の牧師は無視をしました。彼は必ず報いを受けますから、安心してくださいね」
フォガスさんを見て頷く。彼の様子から、かなり怒っていることに気づいた。
「ところでリグス殿は、怪我をしているみたいですね。見せて下さい」
「大丈夫です。かすり傷ですから」
「怪我を甘く見てはダメです」
お父さんの怪我を見て、フォガスさんが何かを取り出した。お父さんが慌てて首を横に振る。
「ただの塗り薬ですのでお使い下さい」
「ですが、それは……」
「無料ですので、大丈夫です」
「えっと、ありがとうございます」
お父さんは少し困った表情で塗り薬を受け取った。その様子を不思議に思いながら見ていると、ルドークさんが笑った。
「フォガス。教会関係者が持っている塗り薬は、司教が神聖な力を込めたものだろう? それをどうぞと言われても、気軽に受け取れるものではないぞ」
神聖な力が込められた塗り薬なんだ。あっ、それって呪われた痕を消すことができる薬じゃなかったかな?
「この薬は司教が力を込めた物ではなく、俺が力を込めた物です。だから気にせず使って下さい」
フォガスさんの説明に、お父さんはやはり困った表情でうなずいた。
「いや、そうではなくて。まぁ、いいか」
フォガスさんを見て、諦めたようにため息を吐き、お父さんを見る。
「力を込めた本人が『どうぞ』と言うんだから、気にせず貰えばいいですよ。それに、二人には必要だと思うので」
ルドークさんが、私とお兄ちゃんを見る。きっと首についた痕を見たのだろう。
「そうだ。フォガス」
「なんでしょうか?」
「逃げた奴らはどうなった?」
「一人を除いて確保しました。全員縛っておきましたので、逃げられないでしょう。みんな意識もありませんからね」
一人は逃げられてしまったんだ。
「一人は逃げおおせたのか」
「はい。逃げている時に周りへ指示を出していたので、組織の中でも上の者だと思います。あと、奴らの中に、少し変わったボタンを持っていた者がいました。見た事はありますか?」
「ボタン? 服に付いていたわけではなく、持っていたのか?」
フォガスさんの説明に、ルドークさんが首を傾げる。
「はい。大切そうに布でくるんで持っていました。それが、気になったので持って来ました」
フォガスさんがポケットから青い布を取り出して広げたると、中からボタンが一つ出てきた。
「それは」
お父さんがボタンを見て驚いた声を上げた。
「これをご存知ですか?」
フォガスさんの質問に、お父さんが視線をさまよわせる。
「言いづらい事ですか?」
フォガスさんが不思議そうに聞くと、お父さんが彼を見る。
「いいえ。それは、一緒に仕事をしている棟梁が作ったボタンです。彼は手先が器用で、時間が空いたときなどに小さな小物を作っているんです」
「そうでしたか。持っていた者に、差し上げたのかもしれませんね」
「いえ、それはないと思います」
フォガスさんを見て、首を横に振るお父さん。
「棟梁はそのボタンをかなり気に入っていました。今までで一番綺麗にできたと自慢されたほどです。だから手元に置いておくと言っていました。それがなぜ、俺たちを襲った者たちが持っていたのか。もしかして、奴らは棟梁にも何かしたんじゃないでしょうか?」
違う。奴らに指示を出していたのは棟梁だから。でも、どうして棟梁が作ったボタンを布にくるんで持っていたんだろう?
「あの、棟梁の様子を見に行ってもいいですか? もしかしたら俺のせいで何か起こったのかもしれません」
あっ、お父さんを止めないと。
「ダメです。逃げた者がいるので一人で動くと危険です。その棟梁の様子は俺が見てきます。ボタンの事も聞きたいので。棟梁の家までの地図を書いていただけませんか?」
フォガスさんはお父さんを止め周りを見ると、棚から一枚の紙を持ってきてお父さんに渡した。
「わかりました」
逃げた一人が棟梁のところに行っていれば、フォガスさんが一緒にいるところを目撃するかもしれないな。まぁ、そんなにうまくいかないだろうけど。
お父さんは地図を書き終えると、フォガスさんに渡して頭を下げた。
「お世話になっている方なので、よろしくお願いいたします」
お父さんから視線をそらす。棟梁が見張り役を動かしていたと言ったほうがいいけど、どう伝えればいいのかわからない。どう伝えても、お父さんを傷つけてしまう。それにどうして知っているのか、フォガスさんに聞かれたどう説明すればいいの?
「フォガス。悪いんだけど、捕まえた奴らを護送するための人手を冒険者ギルドに頼んできてくれないか?」
「もちろんそのつもりです。それでは、棟梁の様子を見ながらボタンについて聞いてきます」
「気を付けて下さい」
リビングから出ていこうとするフォガスさんに声を掛ける。棟梁がもし強かったら、彼が怪我をするかもしれない。
やっぱり棟梁の事を言ったほうがいいのかな? いや、やっぱり言えない。
「ありがとうございます。俺は強いので大丈夫です。では」
フォガスさんが窓から出ていく姿に心が痛む。
ごめんなさい。
「酷いな。片付けましょうか」
ルドークさんが部屋の中を見渡すと、落ちていた木の破片を拾う。
「えっ? 大丈夫です。助けてもらった方に手伝わせるなんて」
お父さんが、慌ててルドークさんを止める。
「いえいえ、気にしないで下さい。護送するための人手が来ないと、俺は暇なので手伝いますよ」
ルドークさんは笑いながらそう言うと、壊れた窓の周りに落ちている木を拾い始めた。
「俺たちも片付けようか」
お兄ちゃんが私を見る。
「うん。そうだね」
家に入り込んだ奴らは、窓を壊しただけでなく、リビングまでめちゃくちゃにしていた。
何度も壊れる音がしていたので、何をしているのかと不安だったけど、テーブルも椅子もぐちゃぐちゃだな。
「本も破れてる」
お兄ちゃんは、二つに引き裂かれた本を見て悲しそうな表情を浮かべた。
「その本、お兄ちゃんのお気に入りだったよね」
村の少年が、大好きな村を守るために戦う話。
「うん。初めて一人で最後まで読めた本だったんだ」
思い出の本なんだ。あっ、教会に関する本は、お兄ちゃんが持っている本よりもひどい状態だ。
視線を上げるとお父さん、お母さんが見えた。傍にはお兄ちゃんがいる。
あぁ、助かったんだ。
「ふふふっ」
「リーナ?」
笑い出した私を、不思議そうにお兄ちゃんが見る。
「助かったんだなぁって……嬉しくなってきて」
なんだろう。じわじわと嬉しさがこみ上げてくるというか、実感がわいてきたというか。抑えようと思っているのに、つい笑ってしまう。
「ふっ」
お兄ちゃんの笑い声に顔を向けると、目が合った。
「「ぷっ、あはははっ」」
なぜか、二人で声を上げて笑った。いろいろな不安が一気に解消されたからかな? よくわからないけど、うん、私たちは助かったんだ。




