27話 次の指示は何?
「さっきの脅しに意味があるの?」
ただ姿を見せただけだった。もっと、例えば喚くとか、扉を叩くとかやるのかと思った。
『追い詰められた者にとっては、かなり効果的だと思うぞ。リグスとカーナも、リーナが手紙の話をしていなかったら、かなり危なかったと思う』
「そう。手紙の結果はまだだけど、役に立ったね」
『リーナ。首に巻き付いていた紐だけど、元の世界に似たような現象はなかったのか?』
元の世界で?
「ないわ」
『そうか。リーナやアグスみたいに呪われているのかな? ちょっと見てくるよ』
「見てくるって、私に触ってないと、見えないのに?」
『見えないけど、奴らの状態はわかるから』
ユウは窓から外に飛び出し、そのまま隠れている見張り役たちのところへ向かった。数分後、戻ってきたユウは肩を竦めた。
『リーナの時みたいに少しは苦しんでいるのかと思ったけど、まったくそんな様子はなかった。普通に元気だったよ』
つまりあの首に巻き付いている紐は、私を襲った呪いとは別物という事だよね。まぁ、私の首に巻き付いていたものは、あんなに細くなかったしね。
『それと、次の指示がちょうど来ていた』
「指示? 次は何をするって?」
私がそう聞くと、ユウは少し困った表情をした。
『それが……』
ユウが言い淀むのを見て、イヤな予感がする。
『「リーナを攫って来い」と言われたみたいだ』
「私を?」
『うん。今日の夜に実行すると話していた』
「どうしよう」
ユウの言葉を聞いて、不安が押し寄せてくる。
攫われたら、私はどうなるの? 今すぐ家を出る? でも、見張りがいるから逃げ切るのはムリだよね。
『とりあえず、扉と窓の前にバリケードを設置したらどうだ?』
さっき見た、見張り役を思い出す。全員、かなり体格が良かった。
「彼らが本気で扉を壊そうとしたら、バリケードも破壊されそうだけど」
『まぁ、うん。でも、時間稼ぎにはなると思うよ』
「本当になると思う?」
『……少しは』
あまり期待はできないけど、ないよりはあったほうがいいのかもしれない。
「お父さんたちに話してくる」
『なんて説明するんだ?』
「『見張りをしている奴らが夜、私を攫うために襲って来る』と、言うつもり」
急に襲われるより、何が起こるかわかっているほうがいい。絶対に。
『どうして知っている? と、聞かれたら、なんて言うんだ?』
「聞こえた」
『えっ?』
「それだけ言うつもり」
ウソではない。だって、ユウには彼らの話が「聞こえた」んだから。
「ウソはつかない。ただ、「誰が」と「どうやって」は言わないだけだよ。」
早く、お父さんたちに知らせないと。
『う~ん』
私の説明を聞いて、ユウは首をかしげた。
『それで納得するかな?』
「するわけないでしょ? でも、それ以上は言わない。ほら、行こう」
自分の部屋を出て、お父さんたちがいるリビングへ向かう。そっと中を覗くと、お父さんとスーナはソファで眠っていて、お母さんは刺繍を、お兄ちゃんは読書をしていた。
『リグスは寝ているな。どうする?』
きっと心労が溜まっているんだろうな。話はあとにしよう。
「リーナ」
お父さんに呼ばれたので、視線を向ける。
「ごめん、起こしちゃったね」
「大丈夫。目を閉じていただけだから」
起き上がったお父さんのそばに寄る。
「お父さん、夜中に見張りをしている奴らが私を攫いに来るみたいなの」
あれ? 話すつもりではあったけど、こんな急に言うつもりはなかったのに。
「「「えっ?」」」
お父さんたちが驚いた表情で私を見る。
『リーナ。それは流石に急すぎるだろう』
わかってる。私も驚いてるから。
「どうしてそれを知っているの?」
お母さんが私の肩に手を置く。
「聞こえたの」
「聞こえた? まさか、奴らリーナの部屋の近くに来たのか! 怖かっただろう。大丈夫か?」
お父さんが慌てて私を抱きしめる。
あっ、そう思われるんだ。
『そうか。聞こえただけだったら、そんな風にとらえるのか』
ユウも私と同じように、お父さんの反応に驚いているみたい。それにしても、お父さんみたいな考え方は全然思いつかなかったな。もしかして、私とユウは少し変わった考え方をしているのかな?
『本当の事を知っているから、リグスみたいな考え方にはならなかったな』
あっ……そうだね。私とユウは本当の事を知っているから、お父さんみたいに考えなかったんだ。
そうか、私、不安なんだ。だから焦っているし、落ち着いて考えられないんだ。
「大丈夫。それよりお父さん、夜までに家具を移動して、扉や窓にバリケードを作らない?」
「いや、それより家から出る方法を考えたほうがいいだろう」
「そうね」
お父さんの提案にお母さんは頷いたけど、私は首を横に振る。
「見張り役がいるんだから、外に出たら危険だと思う」
バリケードが突破されても、攫われるのは私だけで済む。でも、外に逃げたら、お兄ちゃんやスーナも危険にさらされてしまうかもしれない。
「でも、バリケードを作ったところで……」
お父さんが苦しそうな表情を浮かべる。
バリケードがあっても、私を守れないと思っているみたい。
「時間稼ぎだよ。きっと……」
大丈夫って言いたいのに、なぜか言葉にできない。
司教がこちらに向かっているのは、本当だと思う。でも、司教がいつこの村に来るのか。本当に助けてくれるのかは、わからない。
「お父さん、バリケードを作ろう」
お兄ちゃんが、私の肩を優しく叩く。
「お兄ちゃん」
「絶対に大丈夫」
力強く言い切るお兄ちゃんに目を見開く。
どうして、そう言い切れるのかわからない。でも、その言葉は今の私が欲していた物だ。
「そうだね。うん」
お父さんとお母さんを見る。
「作ろう?」
「わかった」
お父さんが賛成すると、不安そうな表情をしていたお母さんも、頷いた。
皆で協力して、扉と窓の前に大きな家具を移動させる。
「全部を防ぐのはムリね。家具が足りないわ」
お母さんが困った表情で、残っている家具を見つめる。どれもバリケードには向かなそうな、軽くて小さな家具ばかりだ。
「待っていろ」
お父さんが家の奥から数枚の板と釘を持ってくる。
「俺は大工だからな。任せろ」
家具が置けなかった窓を板でふさぐお父さん。ちらっと外を見ると、見張り役が家の近くまで来て、様子をうかがっていた。
『バリケードを作ったのがバレたな』
「そうだね」
あっ、普通に答えてしまった。
「リーナ?」
お母さんが不思議そうに私を見る。それに首を振って誤魔化す。
「これでいいだろう」
すべての扉や窓にバリケードができた。これでどれくらい時間を稼げるかわからない。たった数分かもしれないけどね。
「そろそろ夕飯を作ろうか」
お父さんを見る。
「リグスが作るの?」
お母さんが驚いた表情でお父さんを見る。
「時間もあるし、久しぶりに作ろうかと思って」
「子どもたちが生まれる前は、よく作ってくれましたよね?」
そうだったんだ、知らなかった。お兄ちゃんも知らなかったみたいで驚いている。
「肉を焼くのなら任せてくれ」
お父さんが自慢げに言うので、思わず頷く。
「ふふっ。本当はお肉しか焼けないのよ」
「ぷっくくくくっ」
お母さんの言葉に、お兄ちゃんが吹き出した。そんな二人を見て、お父さんは少し拗ねた表情を浮かべた。
「おいしく肉を焼くのも大変なんだぞ」
お父さんの手を見ると、ぎゅっと握りしめていた。そして、お母さんの手は、かすかに震えていた。
お父さんもお母さんも、何かしていないと不安で押しつぶされそうなんだろう。今の私と同じように。
「私も一緒に作ろうかな」
「皆で作りましょうか」
お母さんの言葉に、皆でキッチンに行く。
『外の奴らを見てくるな』
ユウが、塞いだ窓を通り過ぎ外に行く。
「行こう」
「うん」
お兄ちゃんが私の手を握ってくれたので、そっと力を込めて握り返し頷いた。




