26話 脅しと首の紐?
朝ごはんを食べ終えると、リビングで皆と過ごす。お父さんとお母さんは、少しピリピリしているみたい。
あと少し。あと少しで、この問題に終止符がつく。だから、もう少しだけ待っていて。
『リーナ、見張り役が動いた』
外の様子を見に行っていたユウがリビングに飛び込んで来る。
どうしよう。今の私に何ができる?
『リーナ。ユーレイと言えばポルターガイストだと思うんだ』
それは、霊力レベルが二以上にならないとムリだね。
『だからやり方を教えて欲しい』
ユウを見て、小さく首を横に振る。
『それってダメって事?』
もう一度首を横に振る。
『ムリなのか? せっかくユーレイなのに?』
「せっかくユーレイ」という意味がよくわからないけれど、小さく頷く。私の反応を見たユウが、隣で騒ぐ。
『だったら、俺はなんのためにユーレイなんだ!』
絶対にポルターガイストを起こすためではないだろうな。
『異世界に来たのにチートでもない! ラノベの世界でもない! 発売日を指折り数えて待っていた乙女ゲームもできなかった! 俺の存在意味は?』
知らない。
ユウから視線を逸らし、窓から外を見る。木々の間から、こちらを見ている男性たちの姿が見えた。さっきまでは完全に隠れていたのに、脅すために姿を見せたのか。
どんな奴らが集まっているんだろう。 あれ? 見張っている奴ら。首に紐のようなものが絡まっているけど、外さないの? かなり邪魔そうに見えるけど。
『俺を無視しないで!』
ユウを見て、見張り役の男性たちを見る。
『どうしたんだ? あれ? 姿を見せたのか? あぁ、脅しか』
ユウは見張り役を見ても、特に気にしていない様子だ。もしかして私の見間違い?
手で目をこすり、もう一度奴らを見る。やっぱり、紐が首に絡まっているよね? あれ? 人によって、紐の太さが違うみたい。
「呪い?」
『呪い? リーナ、何か見えるのか?』
私の視線の先を見て、首を傾げるユウ。
「リーナ、どうしたの? あっ」
お兄ちゃんが私の視線の先を見て、体をこわばらせた。それにお父さんとお母さんも気づき、窓から外を見る。
「リグス」
お母さんがお父さんの腕を掴む。
「大丈夫だ。話をしてくる」
外へ行こうとするお父さんの前に出て、両手を広げる。
「ダメ! お父さん、あれは脅しだよ。姿を見せて怖がらせているの。だから、あれに乗ったらダメ!」
「リーナ」
「大丈夫。あと少しだから」
司教は本当に来てくれるだろうか? もしこの村にきても、クズたちがお金を渡したら?
ダメ! 弱気になるな。
「わかった」
お父さんは私の頭をポンと撫でて、かすかに微笑んだ。
ホッとすると、急にスーナが泣き始めた。お母さんが慌ててスーナを抱き上げると、背中をポンポンと優しく撫でる。
「私たちの恐怖心を感じ取ってしまったのかしら? もう、大丈夫よ。大丈夫」
お母さんに抱きしめられて安心したのか、スーナは泣き止んで眠ってしまった。その様子を見ていたお父さんが、ホッとした表情をした。
「良かった」
ソファに寝かせたスーナを、優しい目で見つめるお父さんとお母さん。そんな三人を見て、思わず微笑んでしまう。
あっ、今はユウにあれが見えるのか確かめないと。
「部屋で勉強しているね」
「ここでしたらどうだ?」
お父さんが私を心配そうに見る。
「もう少し文字が綺麗に書けるようになったらね」
『あぁ、うん。そうだな』
ユウに納得されるのは、なんとなく悔しい。
「あっ」
お兄ちゃんの小さな声に視線を向けると、「頑張れ」と応援された。
『アグスも、リーナの文字を知っているみたいだな』
やっぱり、あの反応はそういう事だったんだよね。いいもん。頑張って綺麗な字を書けるようになるから!
あれ? 今考えたことを思い出して、首を傾げる。今のは、私らしくないような……。そういえば、お父さんの前に出て両手を広げたあの行動も、私らしくなかったよね。
自分の部屋に戻り、ユウを見る。
「ユウ。私の行動に変なところはない?」
『んっ? いや、変なところはないけど。そういえば、リーナを演じるのが自然になって来たな』
「自然に?」
『そう。特に表情。子供っぽい笑い方が自然と出るようになってきているよ』
確かに、リーナの笑い方が、意識しなくてもできるようになっていた。 というか、おそらく考え方や行動も。これって……本当の私が消えていってしまっているのでは? いや、この体はリーナのものだから、それでいいのかもしれない。でも、そうだとしたら私はどうなるの?
『リーナ? 顔色が悪いけど、どうした?』
「なんでもない。大丈夫」
『大丈夫じゃないだろう? 何が気になるんだ?』
真剣な表情のユウを見て、思わず息をのむ。
ユウが本気で心配するほど、今の私は表情を繕えていないんだ。でも、本気で心配されているとわかったせいか、気持ちが落ち着いた。
「自然とリーナの考え方や行動が出るようになっているの。いい事だと思うんだけど、本来の私はどこにいってしまうのかなって、少し不安になったの」
『不安になるという事は、消える事を心配しているんだよな?』
鋭いな。
「うん」
『ん~、もしかしたら、リーナとリンが融合してきているんじゃないかな?』
「融合?」
つまりユウは、 私とリーナが溶け合うと考えているの?
『今のリーナを見ていると、リーナの部分とリンの部分が溶け合う、混ざりあう? どっちが表現として合っているのかわからないけど、必要な場面にあわせて出てきていると思うんだ』
そうなのかな。
『ごめん、説明が下手で。えっと、今のリーナは、リーナっぽいところとリンっぽいところが両方あって。家族と関わる時はリーナっぽい部分が強く出るんだけど、考え方はしっかりしたリンだから。えっと、つまり……二人のいいとこ取りだ!』
必死に話すユウを見て笑ってしまう。
「ありがとう。つまり、人と関わる時は年相応。考え方は、本来の私だという事で合ってる?」
『そう。その通り』
うーん、確かに物事の考え方や捉え方はリンのほうかもしれない。でも行動は、年相応になっている気がする。
『大丈夫。根拠を出せと言われたら困るけど、大丈夫だと俺は思う』
説得力がまったくないユウの言葉に、また笑ってしまう。でも、なぜか「大丈夫」と感じた。
それに今、悩んだところでどうしようもない。だったら、今は必要な事を先にしよう。
「ごめん。もう大丈夫」
『よし』
「ところでユウ、見張り役たちの首に紐が巻き付いているんだけど、気づかなかった?」
『えっ、そんなヤツらいたかな?』
ユウが窓から外に出ていくと、一分もしないうちに戻って来た。
『いなかったけど。もしかしたら外したんじゃないか?』
窓から外を見て、紐が巻き付いているのを確かめて首を横に振る。
「まだ紐を巻きつけたままだよ。ユウには見えない?」
『え~』
窓に張り付き、見張り役をジッと見つめるユウ。でも紐は見えないのか、私の方を見て首を横に振った。
「見えないのか」
という事は、私にはあれが紐に見えるけど、実は紐ではないのかな? でも、それだったら、あの紐みたいな物は何?
ユウの腕を掴む。
「ユウ、傍に行って見てきて――」
『見えた! 本当だ! 紐だ。全員の首に紐が絡まってる』
えっ、見えたの?
驚いてユウから手を離す。
『あっ、見えなくなった』
えっ、見えなくなった? でも、見えたんだよね?
『もしかして』
ユウが私を見ると、私の手を掴んだ。
「何?」
『やっぱり、リーナに触れていると見えるみたい』
「何それ」
『いや、俺に聞かれてもわからないけど』
ユウと顔を見合わせる。
「あの紐が何かわかる?」
『いや、わからない。ついでに、脅しの時間は終わったみたいだ』
えっ?
窓の外を見ると、見張り役たちの姿が消えていた。




