24話 少し様子をみよう
お父さんは、お兄ちゃんと私を見て小さく笑う。
「二人は、俺より頼りになるな。ありがとう」
お父さんは、私とお兄ちゃんをソファに座らせる。
「手紙は誰にお願いしたんだ?」
「信頼できる冒険者にお願いしたから、大丈夫」
「そうか。どうやって……いや、そうか」
何かを言おうとしたお父さんは、首を横に振ると笑って私たちを見た。
「あと数日、様子を見ようか」
「うん。それがいいと思う」
お兄ちゃんが頷くと、お父さんも頷く。
「夕飯にしましょうか」
静かに私たちの会話を聞いていたお母さんが、なぜかリビングに夕飯を運んできた。
「今日はこっちで食べるの?」
「うん。たまにはいいでしょう」
お母さんがいいなら、いいのかな?
「手伝うね」
お母さんのあとを追ってキッチンに入ると、沢山の料理があった。夕飯にしては、料理の量が多すぎる。
「たくさん作りすぎちゃって」
笑っているお母さんを見て、私も笑う。
「そうなんだ。いっぱい食べられるね」
テーブルの隅に空の木箱が見える。おそらくこの料理は、逃げる時に持って行くつもりだったのだろう。
リビングのテーブルに並ぶ料理を見て、お父さんがビックリした表情をする。
「今日は、すごく豪華だな」
お父さんを見て、お母さんが苦笑する。
「たくさん食べてね」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん」
リビングに、妹のスーナが飛び込んで来る。
「スーナ、ただいま」
私に抱き着くスーナ。
妹ってすごく可愛い。リンには弟がいて、その子も可愛かったけど、妹もやっぱり可愛い。
「お姉ちゃん、今日は夜、お出かけするんだって」
「スーナ。ごめんなさいね。お出かけはなくなってしまったの」
お母さんがスーナの頭を撫でると、スーナは首を傾げた。
「お出かけしないの?」
「うん。そうだ、今度ピクニックに行こうか」
「ピクニック!」
少し悲しそうな表情をしたスーナは、お母さんの言葉に嬉しそうに笑う。
「ピクニック! いつ行くの?」
「今はちょっと忙しいから、それが落ち着いたら。皆で行こうね」
「うん。ピクニック! 楽しみだね」
お母さんを見て満面の笑みを浮かべるスーナ。
「そうね。でも今は、夕飯を食べようか」
「は~い」
皆で夕飯を食べ始めると、窓から外を見ていたユウが傍に来る。
『外にいる奴らの様子を見て来るな』
チラッとユウを見て微かに頷く。
夕飯の時間は穏やかに過ぎ、ミルクの入ったコップを持って部屋に戻る。部屋に入って勉強机にコップを置き、そのままベッドにダイブした。
「疲れた~」
今日はいろいろとありすぎた。でも、手紙は託せた。きっと、いい方向へ行ってくれるはず。
『リーナ』
戻って来たユウに視線を向けると、楽しそうに笑っている。
「どうしたの?」
ベッドから起き上がり、ユウを見る。
『あいつ等を雇ったのは、たぶんあの母親だよな?』
「うん。そうだと思う」
『報酬をケチったみたいだ』
「えっ、どういう事?」
『奴らの話を聞く限り、最初に約束した報酬をまだ払っていないみたいだ』
「成功報酬だからじゃないの?」
私とお兄ちゃんを捕まえたら、すべての報酬を払うという話になっているのでは?
『それとは別みたいなんだ』
私の言葉に首を横に振るユウ。
『成功しても、しなくても二回。仕事を始めた時と終わった時に報酬を払うと、気前のいい話をしたらしい』
「その一回目が、まだ払われていないの?」
『そう。だから、少し脅せと言う命令は無視しているみたいだ』
それなら、報酬をケチってくれて助かった、という気持ちになるね。
『ただ、成功報酬もあるみたいだから、逃げるのは、最後の手段にしたほうがいいだろうな』
「わかった。ユウ」
『んっ?』
私を見て首を傾げるユウ。
「見張り役の様子を見に行ってくれてありがとう」
『おう』
少し恥ずかしそうに笑うユウを見て、ちょっと笑ってしまう。
「よしっ」
ベッドから立ち上がると勉強机の椅子に座る。
『何をするんだ』
「文字の勉強」
私の答えに、ビックリした表情をするユウ。
「手紙を書いていて思ったの。文字が下手すぎるって」
『あぁ、少し特徴的な文字だったよな』
やっぱりそう見えたよね。
「がんばろう」
少し凸凹した紙を出して、そこに文字を書いていく。
『リーナ。今の文字の最後は、左ではなく右に流すんだ』
えっ、今の文字?
「そうだっけ? 左で良かったと思ったけど」
教科書を開き、文字を探す。
あっ、右だ。
チラッとユウを見ると、楽しそうに笑っている。
『右だっただろう』
「うん。よく覚えていたね」
『それが、俺もビックリなんだけど』
何がビックリなんだろう?
『記憶力がいいみたいなんだ』
紙からユウに視線を向ける。
「どういう事? 元からではないの?」
『元はそんなに賢くなかったよ。でも今は、一度見た物はだいたい覚えられるみたいなんだ』
「えっ、何それ。すっごく羨ましい」
『俺もそう思う。生きている間に、この能力が目覚めていたら別の人生があったかもしれないのに』
悔しがるユウを見て笑ってしまう。
『笑い事じゃないからな。絶対に別の人生があったはずだ』
本気で言うのユウを見て、やっぱり笑ってしまう。
コンコンコン。
しまった。今の笑い声、絶対に外へ漏れていたよね?
「リーナ?」
お兄ちゃんだ。
「どうぞ」
部屋に入って来たお兄ちゃんは、私を見てホッとした表情をした。
「どうしたの?」
「えっと、話し声が聞こえたから」
笑い声ではなく話し声?
「誰かが入り込んだのかと思って」
あぁ、そっちの心配をされたのか。
「大丈夫。誰もいないから」
「うん、そうみたいだね。何をしていたの?」
「文字の勉強をしていたの、手紙を書いた時にもう少し綺麗な文字が書けたらいいなって思ったから」
「そうだったのか、偉いな」
お兄ちゃんを見ると、少し疲れた表情をしていた。
いろいろあったから、疲れたんだろうな。
「お兄ちゃん、今日はありがとう。それから、信じてくれて嬉しかった」
お兄ちゃんには、本当に迷惑を掛けているよね。詳しく事情を話さなくても協力してくれるから、頼り切ってしまったし。
「リーナを信じるのは当たり前だろう? だって可愛い妹なんだから」
お兄ちゃん。
『本当にアグスはいい兄だよな。どうやったらこんな素晴らしい性格に育つんだ?』
ユウの言葉にため息が零れそうになる。
「リーナ」
「どうしたの?」
「勉強もいいけど、今日はもう寝たほうがいいぞ」
えっ? まだ少し早いような気がするけど。
「たくさん走って疲れているはずだから」
あぁ、そうだった。今日は本当に沢山走ったよね。
「うん。わかった」
「お風呂を出たら、声を掛けてくれる?」
「うん」
お兄ちゃんを見送ると、お風呂の準備をして部屋を出る。
『リーナ。外の奴らが、おかしな事をしないか見張っておくな。動きがあったら、声を掛けるから』
後ろから付いてきたユウに視線を向ける。
「ありがとう。でもずっと見張るのは大変でしょう? しっかり休憩を取ってね」
『どうせ寝られないから、何かしているほうがいいんだ。あいつ等の話を聞いておけば、これから役に立つ事もあるだろうし』
犯罪に手を染めている彼らの話が、役に立つ事なんてあるのかな?
『今日は大変だったんだから、ゆっくり休めよ~』
考え込んでいる間にユウが外に行ってしまう。
「ありがとう」
ユウにもいろいろと助けてもらっているよね。お礼がしたいけど、何がいいだろう?
ユウの好きな事は、本を読む事だったよね。アニメとコミック……。この世界にも、コミックみたいな読み物はあるのかな?




