23話 手紙を託す
カリアスとタグアスの問題は、フィリアが信用している二人の冒険者が解決してくれるみたい。本当に良かった。
でも、私はどうしたらいいんだろう。冒険者に依頼するにはお金が必要なことを、すっかり忘れていた。どうやって司教に手紙を届ければいいのだろう。後払いはできないかな? やっぱりムリだよね……でも、ダメ元でお願いしてみよう。
「あの」
緊張しながらリットンさんを見る。
「なんだ?」
「依頼料なんですが、後払いってできますか?」
「えっ? 後払い?」
不思議そうな表情で私を見るリットンさん。隣に座っているミナリーさんも首を傾げて私を見る。
『リーナ、それはムリだと思うわ』
わかっているけど、でもお願いするしかないの! どうしても、手紙を届けてもらわないと。
『手紙を届ける依頼よね。それだったら、私が出すわ!』
ありがたいけれど、フィリアが「出す」と言ったから頂戴とは言えない。本当に「出す」と言ったのか証明する事もできないし。
「リーナは、何を依頼するの?」
カリアスが私を見る。
「隣の村に司教がいるの、その人に手紙を届けて欲しいの」
「手紙?」
リットンさんがちらりと私とお兄ちゃんの首元を見る。きっと、そこに残っている呪いの痕を確認したのだろう。
「その手紙、俺が届ける。あの、教会を通ってから俺たちを母さんの友人宅に届けてくれませんか?」
カリアスがリットンさんを見る。
「手紙を届けるくらいなら、依頼料はいらないよ」
えっ、本当に依頼料はいらないの?
「でもその呪いの痕を消すくらいなら、この村の教会でもできると思うぞ」
「呪いの痕のことは気にしていません」
私はリットンさんを見て、首を横に振る。
「えっ? だったら司教にどんな用事が?」
「この村の教会にいる牧師は、呪いをかけた貴族に協力しているんです」
「「はっ?」」
リットンさんとミナリーさんが驚いた表情をする。
「本当に? 教会の牧師が?」
ミナリーさんがテーブルに手をついて体を乗り出して聞いてくる。
「はい、そうです」
彼女の迫力に何度も頷くと、お兄ちゃんが間に手を入れてくれた。
「あっ、ごめんね。驚いてしまって。それにしたって、牧師が呪いを放置? マジでまだそんなクズな牧師がいるの? あいつ等、全員を調べたって言ったくせにウソだったの? 今度会ったら……」
ぶつぶつ独り言を呟くミナリーさん。聞こえてくる言葉遣いがものすごく悪くなっている。
『彼女、怖いんだけど……』
ユウがミナリーさんを怖がって、私の後ろに隠れる。
教会と何かあったのかな?
「ミナリー」
リットンさんが呆れた表情で彼女を見る。
「あら、ごめんね。教会のクズ……ごほっ。牧師とはいろいろと昔あって。ふふふっ」
本当に何かあったんだ。
「ウソを吐いているとは思っていないんだけど、どうして牧師が呪いを掛けた者に協力しているとわかったんだ?」
「俺たちは運よく呪いで死ぬ事はなかったんですが、呪いを掛けた者に何かあったみたいで」
お兄ちゃんの言葉にリットンさんがため息を吐く。
「呪いは失敗したら、掛けた者に返るからな。まぁ、成功してもただではすまないが」
えっ、そうなの? 成功しても何か起こるの?
「それで、呪いを掛けた者の母親が牧師と一緒に俺たちの家に来て、俺たちを寄こせと両親に言い出したんです。なんでも俺たちがいれば、呪いを掛けた者が助かるとか言っていました」
「「……」」
お兄ちゃんの説明にリットンさんとミナリーさんが黙る。その沈黙がなぜか怖く感じた。
「リーナちゃん」
「はひ」
笑顔なのにものすごく怖く見えるミナリーさんに背筋が伸びる。
「その手紙、頂戴」
「えっ?」
「安心して。確実に絶対に、できるだけ早くその手紙を隣の村の司教に直接渡すわ」
んっ? 確実に絶対に? 直接渡す?
「俺たちに手紙を渡すのが心配だったら、カリアスに渡してくれてもいい」
「うん。任せてくれ」
リットンさんの言葉に、カリアスが力強く頷く。
「ありがとう」
なんだろう。とりあえず、手紙は確実に司教に届くみたい。
肩に下げたバッグから、手紙を出してカリアスに渡す。
手紙を受け取ったカリアスは、大事そうに手紙を撫でると自分のバッグに入れた。
「頼むな」
お兄ちゃんが、カリアスの手をギュッと握る。
「わかった。絶対に届けるよ」
カリアスもお兄ちゃんの手をギュッと握った。
「さて、ゆっくりしている時間はないな。そろそろ学校が終わる時間だ」
リットンさんが店の時計に目を向ける。私もつられて時計を見ると、あと一〇分ほどで全ての授業が終わる時間だった。
「ミナリー、学校が終わる前に出発するぞ」
「わかったわ。馬の用意をしておくから、リットンは冒険者ギルドに依頼をお願い」
「依頼?」
「ふふっ。大切な友人を裏切ってくれた旦那は、徹底的に調べないとね」
「あぁ、そうだな」
二人の会話にフィリアさんが頭を下げる。
『ありがとう。私にとっても二人は大切な友人だったわ』
リットンさんたちと一緒に店を出ると、彼は私とお兄ちゃんを見た。
「ここからは別行動の方がいい。人数が多いの目立つからな。特に子供四人は目立つ」
「「はい」」
お兄ちゃんが、カリアスとタグアスをギュッと抱きしめる。
「またな、元気で」
「アグスも。落ち着いたら手紙を出すよ。返事をくれ」
「俺も手紙書く。遊んでくれてありがとう」
カリアスとタグアスの言葉に、お兄ちゃんがギュッと目を閉じた。
『アグス、ありがとう。子供たちの友人になってくれて』
フィリアがお兄ちゃんに頭を下げる。
「また会おう」
「「うん」」
二人から離れたお兄ちゃんは笑顔で手を振る。その隣で私も二人に手を振った。
『リーナ、手紙を受け取った司教の様子をしっかり見て報告するわね』
チラッとフィリアを見て小さく頷く。
お願い。
「リーナ、急いで家に帰ろう。お父さんとお母さんが心配する」
「うん」
リットンさんたちに頭を下げると、急いで家に戻るため走る。
「リーナ」
お兄ちゃんが私に手を差し出す。その手を掴むと、既に限界が近い足に力を込めた。
「明日は筋肉痛だぁ」
「そうだな」
お兄ちゃんが笑う。私もつられて笑う。
手紙が本当に司教のもとに届くのか心配だけど、カリアスやタグアス、それにリットンさんたちも信頼できると感じた。だから、みんなを信じよう。
きっと、大丈夫。ただ、本当に足が限界みたい。
「はぁ、はぁ、はぁ」
家に着くと、膝に手を置いて息を整える。
「大丈夫? しんどい?」
同じ距離を走ったのに、お兄ちゃんは既に息を整えたみたい。三歳差って大きいな。
「リーナ?」
お兄ちゃんを見て首を横に振る。
息が苦しい。吐きそう。
今回の事が解決したら、体力を付けよう。これはダメだ。
「リーナ? どうしたの?」
玄関の扉が開き、慌てた様子のお母さんが飛び出してきた。
「大丈夫。ここまで走って帰って来ただけだから。リーナはちょっと頑張り過ぎたんだよ」
お兄ちゃんがお母さんに説明している隣で何度も頷く。
「大丈夫。頑張っただけだから」
はぁ、ようやく落ち着いた。でも、足ががくがくしている。
「本当に大丈夫なの?」
「「うん。ただいまお母さん」」
心配するお母さんに、お兄ちゃんと一緒に笑顔を見せる。それを見て、安心した様子で微笑むお母さん。
やっぱり、お母さんは笑っているほうがいい。
『リーナ、見張りが増えている』
姿が見えなくなっていたユウが、私の傍に戻って来る。そして、四ヶ所を指で指した。
チラッと確認してから、ユウを見て小さく頷く。
「さぁ、家に入ってゆっくりしましょう。今日の夜は、忙しくなるから」
えっ? 夜に何かあるの?
お兄ちゃんを見ると不思議そうな表情をしているので、お兄ちゃんも理由がわからないみたいだ。
「どうして忙しくなるの?」
お母さんに聞くと、悲しそうに笑う。それに嫌な予感がした。
「これは……」
リビングに入ると、お兄ちゃんが足を止めた。不思議に思いながら私もリビングに入ると、なぜ夜が忙しくなるのか、その理由がわかった。
「今日の夜。この村から出ようと思う」
『リーナ、これはダメだ。見張りが増えた理由は、出て行こうとしている事がバレているからだ』
「お父さん、ダメ」
私の言葉にお父さんとお母さんが首を横に振る。
「リーナ、ごめん。父さんのせいで……。もう、この村にはいられないんだ」
「お父さん。あと数日だけ待って」
お兄ちゃんがお父さんの手をギュッと握る。
「んっ?」
悲し気にお兄ちゃんを見るお父さん。
「今日、俺とリーナは学校を抜け出して、ある人達に手紙を託したんだ」
「えっ? 学校を? 手紙?」
思ってもいなかった内容に、お父さんが戸惑った表情をする。
「うん。隣の村にいる司教に手紙を届けてもらうように」
お父さんが、驚いた表情でお兄ちゃんを見る。そして、何も言わずにお兄ちゃんを抱きしめた。




