22話 二人の冒険者
カリアスは、木箱を受け取ると傍にあったテーブルに置いて蓋を開けた。
「お金だ。それに、これは?」
少し分厚い紙を木箱から取り出し中を確認すると、カリアスは目を見開いた。
「これ、この家の権利書と母さんが相続した山の権利書だ」
カリアスは家の中を見回して、苦笑した。
「父さんたちが探している物は、これか」
カリアスはギュッと権利書を握り締めた。その隣で、木箱の中を見ていたタグアスは泣いていた。
「これ、お兄ちゃんと俺が母さんの誕生日に贈ったプレゼントだ」
タグアスが木箱から取り出したのは、木でできたペンダント。
『泣いている子を、もう抱きしめてあげられないのね』
フィリアが寂しそうにカリアスとタグアスを見る。
「タグアス、急ごう。ここにいたらダメだ」
「うん」
タグアスは乱暴に服で目元を拭い、カリアスを見て頷いた。
『リーナ、床を元に戻しておいたほうがいい。何か取り出したとわかったら、必死になって追って来る可能性がある』
家の中をここまでぐちゃぐちゃにする奴だから、ありえるわね。木箱を取り出した床を元に戻し、倒れた棚を押そうとするとお兄ちゃんがすぐに協力してくれた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「力が必要ならすぐに言って。リーナより力があるから」
「うん。わかった」
私は体力も少ないし、力も弱い。でも、五歳の子どもならこれくらいが普通なのかな?
「準備できた、行こう」
カリアスはお金と権利書をバッグに詰め込んでから、私たちを見た。
「カリアス。お金をそのまま入れたのか?」
「えっ? うん」
不思議そうにお兄ちゃんを見るカリアス。
「結構な金額だっただろう? それ、小分けにしたほうがいい。大金を持っているとバレたら、狙われるかもしれない」
冒険者に守ってもらう予定だけど、危険なのかな?
「そうか。わかった」
「お兄ちゃん。お母さんが作っていた、小さな袋があるからそれを使おう」
「うん」
カリアスはお金の入った大きな袋をバッグから出し、お金を五つに分けた。それをタグアスが、五個の小さな袋に入れた。
「お兄ちゃん。あのお金で冒険者を雇えそう?」
金色や銀色のコインがあったから、たぶん金貨と銀貨だと思う。でも冒険者っていくらぐらいで雇えるんだろう?
「たぶん雇えると思う」
『大丈夫よ。あの子たちのために、しっかり貯めておいたから』
フィリアが、私を見て頷く。
「準備ができた」
バッグを下げたカリアスとタグアス。お兄ちゃんは二人を見て頷くと、近くの壁に掛けてあった帽子をそれぞれにかぶせた。
「顔も隠していこう」
「うん」
家を出ると、カリアスはしっかりと鍵を閉める。そして、周りを警戒しながら私をチラッと見た。
「冒険者は、どこに行けば会えるんだ?」
「えっと――」
『酒場「ゴウ」よ』
私が戸惑うと、すぐにフィリアが教えてくれた。それに感謝しながら、カリアスとお兄ちゃんに伝える。
「酒場『ゴウ』という店なんだけど、場所を知っている?」
「俺は知らない。カリアスは?」
「知ってる。役場の傍にある店だ」
良かった、カリアスは知っていた。
周りを警戒しながら四人で酒場「ゴウ」まで走る。
「あそこだ」
カリアスが店を教えてくれたけど、私は見る余裕がなかった。息が上がり、足がもつれそうだったから。
「大丈夫か? もうゆっくりでいいから」
お兄ちゃんに支えながら、店に入る。
「いらっしゃ……い?」
不思議な客に見えたのだろう。お店にいた男性が戸惑った様子を見せた。
『いたわ。奥の席よ』
フィリアが指したほうを呼吸を整えながら見ると、驚いた表情をしている男女がいた。
「あっ、あの人たちは何度か会った事がある」
カリアスは二人を知っていたのか、彼らに向かって頭を下げた。
「やっぱり、フィリアの子供だ!」
女性が嬉しそうにカリアスとタグアスの下に来ると、ギュッと抱きしめた。
「「うわっ」」
驚く二人に気づいていないのか、女性は「本物だ」と言いながら抱きしめ続けている。
「馬鹿が。二人が、困っているだろうが」
男性が来ると、カリアスたちから女性を引き離す。
「いや~、フィリアの面影があってつい。ごめんね~」
楽しそうに笑う女性と、少し困った表情で謝る男性を見る。
『月に一度、ここで会っていたの。カリアスたちにも会って欲しかったけど、学校に行き出してからは時間が合わなくて』
「一ヶ月ぶりにランカ村へ来てビックリしたわ。フィリアが死んだって聞いて」
「ミナリー!」
女性の言葉に慌てる男性。
「あっ、ごめん。えっと」
申し訳なさそうな表情で謝る女性に、カリアスとタグアスが首を横に振る。
「あの、お願いがあるんです」
お兄ちゃんが、冒険者の二人に声を掛ける。
「話している途中ですみません、でも少し急いでいて。依頼を、受けてもらえませんか?」
「依頼?」
お兄ちゃんを不審そうに見る男性。
「俺たちからもお願いします」
カリアスとタグアスが頭を下げると、男性と女性は顔を見合わせた。
「わかった。話を聞こう。奥でいいか?」
「それは……」
お兄ちゃんがチラッとお店の中にいる人たちを見る。
「大丈夫よ。魔法で防音するから」
女性が笑って言うと、カリアスがホッとした表情を見せた。全員が椅子に座ると女性が何か呟く、そして真剣な表情をした男性が私たちを見た。
「まずは自己紹介をしよう。俺は冒険者のリットン」
「私はパートナーのミナリー。二人でチームを組んでいるわ」
リットンさんの表情は少し険しい。でもミナリーさんは、優しい笑顔を見せてくれた。
「俺はフィリアの息子でカリアスです」
「弟のタグアスです」
「俺はカリアスの友達でアグスです」
「妹のリーナです。よろしくお願いします」
「それで、依頼とは?」
「俺たちを隣の村まで連れて行って欲しいんです」
「えっ? 隣の村? 父親は?」
カリアスの依頼に首を傾げるリットンさん。
「それは……」
『全部話していいわ。彼らなら信用できるから』
『本当か? 子供たちだけだと知ったら、危険かもしれないぞ』
フィリアの言葉にユウが反論する。
『大丈夫。彼らとの出会いは、ある子供たちを助けている時だったの。しかも、無償でよ』
それなら信じられるかも。
「カリアスたちの父親が犯人、かもしれないんです」
危なかった。証拠がないのに断定したら、どうして「わかったんだ」と問い詰められるかもしれない。
「なんだって?」
リットンさんが鋭い視線で私を見る。それに体がビクンと跳ねる。
「こら、リットン。怯えさせないの」
「あっ、すまない」
リットンさんは謝ると表情が少し穏やかになった。
「父さんは、母さんが亡くなってすぐに女性を連れて来ました。それであの、母さんが生前にリーナに伝言を頼んだんです。『何かあったら逃げろ』と」
「それは、いろいろと怪しすぎるわね。それで、隣の村に逃げたいのね? でも逃げるなら、隣の村は近すぎるわ。もっと遠くへ逃げないと」
ミナリーさんがリットンさんを見ると、彼も頷いた。
「俺も、もっと遠くへ逃げたほうがいいと思う。任せてくれるなら、場所は俺たちが選ぼう」
「あの、隣の村には、母さんの友人がいるんです。彼女を頼れと母さんが言ったんです」
「あぁそういう事か。それならまずはその友人を訪ねて、これまでの事を話そう。そして、その友人も一緒に、これからの事を相談しよう」
「はい、ありがとうございます。これからお願いします」
カリアスがリットンさんとミナリーさんに頭を下げると、タグアスも慌てて頭を下げた。
「あの依頼料は幾らなんでしょうか?」
カリアスの言葉にリットンさんとミナリーさんが顔を見合わせる。
「いらないわよ」
ミナリーさんが、カリアスを見て微笑む。
「えっ?」
「フィリアは私たちの大切な友人なの。だからフィリアの大切な者を守るのは当たり前の事なのよ」
「でも……」
ミナリーさんの説明に戸惑うカリアス。それを見て、ミナリーさんが少し考え込む。
「やっぱり依頼料は貰うわ」
「ミナリー?」
不思議そうな表情をするリットンさん。でもカリアスは、その言葉にホッとした表情を見せた。
「銀貨五枚よ」
「はい」
カリアスはバッグの蓋を開け、小さな袋から金貨五枚を取り出してミナリーさんに渡した。
『ふふっ、すごく安いわね』
『そうなのか?』
フィリアを見て首を傾げるユウ。
『えぇ、冒険者に護衛を依頼する場合、最低でも金貨一枚は必要よ。隣の村に行くなら、間違いなく一日以上かかるから、普通は金貨五枚以上になるわ。それに、依頼は冒険者ギルドを通す必要があって、手数料もかかるはずだけど、今回はギルドを通すつもりはないみたいね』
冒険者に依頼をするのって、結構面倒なんだね。




