21話 新しい契約
お兄ちゃんに声を掛けてトイレに行く。心配だからとトイレのすぐ傍で待ってくれているから、急がないと。
「フィリア。新しい契約を交わそう」
『えっ、前に契約をしたよね?』
やっぱりあの契約が終了している事に気づいていない。
「あの契約は既に終了しているの。フィリアは牧師の情報を集めてくれた。私はフィリアと子供たちを合わせた。これで終了」
『そうだったの、気づかなかったわ』
「新しい契約を結ぶ? それとも、止めておく?」
止めると言われると非常に困るんだけど。
『もちろん契約するわ。子供たちを安全なところに逃がして、これが私の望みよ』
良かった。思っていた通りの望みだ。
「私の望みは、隣の町にいる司教に手紙を……」
手紙を受け取ったあとの様子を知っておかないと。もし手紙を無視をするなら、別の方法を探す必要がある。
「手紙を渡して、そのあと司教がどう動いたのかまで私に伝えて欲しいの」
『わかった、それでいい。私は、子供たちが無事に逃げられるなら、何でもやるわ。本当の望みはあいつを殺して欲しいけど、それはダメだとわかっているから』
自分を殺した者に復讐したいのね。でもそれは、ユーレイになっても許されない行為なの。
「フィリア」
フィリアの前に手を出す。二度目なので、彼女は迷いなく私の手に手を重ねた。
「私、リーナ・ランカはフィリア・ランカと契約する」
『私、フィリア・ランカはリーナ・ランカと契約する』
「私リーナは、フィリアの二人の子供を無事にランカ村から逃がす」
『はい』
「これでいいですか」とは聞いていないんだけど、契約はできるかな?
「フィリアは、リーナの書いた手紙が司教に届いた事。そしてその手紙を読んだあとの司教の様子をリーナに伝える事」
『はい』
また。
「契約する」
フィリアの手に向かって、私の霊力を流す。少しすると、重なった私の手とフィリアの手が緑の淡い光に包まれ、契約の印が現れた。
「良かった。できた」
ホッとすると、フィリアも契約の印を見てギュッと手を握る。
「行こう。お兄ちゃんたちが待ってるわ」
お昼休憩の間に、学校を抜け出そうと言っていたから急がないと。
「ごめん。お待たせ」
お兄ちゃんに駆け寄ると、ポンと頭を撫でられた。
「すぐに学校を出よう」
「待って、荷物が――」
「大丈夫。待っている間に持ってきた」
お兄ちゃんからバッグを受け取ると、重さで勉強道具もちゃんと入っている事がわかった。
「ありがとう」
『見張り役が、今どこにいるか見てくるな』
『それなら私は、先に家の様子を調べて来るわ』
ユウが窓から出て行くと、フィリアも窓から出て行く。それをチラッと見送ったあと、お兄ちゃんたちと一階に下りる。
『リーナ。表門を見張るのは二人、裏門を見張るのは一人だった。表門の二人は、話ながらしっかり学校を見張っていたからダメ。でも、裏門の見張りは熟睡していたから出るなら裏門だ』
ユウを見て頷くとお兄ちゃんを見る。
「お兄ちゃん。裏門から出よう」
「わかった」
お兄ちゃんがなんの迷いもなく頷いたので、私はお兄ちゃんに視線を向けた。
「どうした?」
「なんでもない」
カリアスが私を見て首を傾げた。
「父さんの仲間は、裏門の方にはいないのか?」
いる。でも寝ているなんて、どうやって説明すればいいの?
「大丈夫。行こう」
お兄ちゃんが、カリアスの肩を軽く叩く。
「でも――」
「裏門の方が隠れられる場所は多いから、見つかりにくいと思うんだ」
確かに裏門から出ると、木々がたくさんある場所に出るから、隠れられる場所もある。お兄ちゃんが裏門から出る事に賛成したのは、それが理由だったのか。
「わかった。タグアス、大丈夫か?」
「うん。お兄ちゃんと一緒だから、大丈夫」
校舎を出て、周りを見る。
「誰もいないな」
お兄ちゃんの言葉にカリアスが頷く。
『待て』
ユウが私の前に手を出したので、とっさにお兄ちゃんの服を掴む。
「リーナ?」
「人影が見えたから」
『……今だ。行け!』
「もう大丈夫。行こう」
「わかった。カリアス、行くぞ」
お兄ちゃんが、私の手を掴んで裏門まで走る。カリアスもタグアスの手を掴むと、裏門まで走った。
裏門に来ると、門に身を隠しながら周辺を見る。
『大丈夫、見張り役はまだ熟睡中だ』
ユウの視線の先を見ると、木の根元から飛び出している足が見えた。
『ここは、一気に走り抜けた方がいい』
ユウの助言に頷くと、お兄ちゃんを見る。
「お兄ちゃん、このまま一気に二人の家まで行こう」
「そうだな。カリアスたちも大丈夫か?」
お兄ちゃんがカリアスとタグアスを見ると、二人は力強く頷く。
「よし、行こう」
身を隠していた場所から出ると、フィリアの家に向かって走る。枝や葉っぱを踏む音に不安を覚えたけど、見張り役が追って来る様子はない。
『いた!』
フィリアの家に向かって走っていると、彼女が飛んで来た。
「お兄、ちゃん、少し、ゆっくり」
お兄ちゃんが私を見ると、細い道に入って足を止めた。
「大丈夫か?」
「うん」
私はどうやら体力がないみたい。そういえば、家の中で遊んでいた記憶が多かったな。
息を整えながら、フィリアを見る。
『聞いて! あのバカ女にはクズの他にも男がいたの! 家に行ったら、ちょうどその男と楽しそうに出掛けて行ったわよ! クズは、なんであんな尻軽に騙されるのよ!』
クズというのは夫の事かな。
『フィリア、落ち着け。家には誰もいないんだな?』
『落ち着いているわよ! あっ、ごめん。はぁ、もう大丈夫。家に行くなら今よ。今なら誰もいないわ』
「お兄ちゃん、もう大丈夫。行こう」
心配そうに私の背を撫でていたお兄ちゃんに視線を向けた。
「本当に大丈夫?」
「うん」
お兄ちゃんは頷くと私の手を掴んで、少しゆっくり走りだした。
「リーナ。巻き込んでごめん」
私は利用するために、わざと巻き込まれた。だから、カリアスが申し訳なさそうに謝るのを見ると、心が痛むし気まずい。
「あそこが家だ」
青い屋根の、私とお兄ちゃんの家より少し大きい家。庭には、綺麗な花が咲いているけど一部が枯れ始めていた。
カリアスが家の玄関の鍵を開けて、そっと扉を開く。
「良かった。いない」
ホッとしたカリアスはリビングに入ると、足を止めた。
「なんだ、これ」
カリアスに続いてリビングに入ると、目を見開いた。引き出しは開けっぱなし、カゴはひっくり返され、まるで泥棒が入ったようだ。
『あいつ等、この家の権利書と山の権利書を探したのね。見つけられなかったみたいだけど。ふっ、馬鹿な奴ら』
恐ろしい笑顔で笑うフィリアからユウがそっと離れる。
「お兄ちゃん」
タグアスが泣きそうな表情でカリアスの手を握る。
「大丈夫だ。俺たちは家を出るんだから、とりあえず数日分の荷物をバッグに詰めよう」
「うん」
二人がそれぞれ自分の部屋に戻ると、お兄ちゃんを気にしながらフィリアに視線を向ける。
「フィリア、冒険者を雇うお金は?」
小声で聞くと、彼女は私に近付き耳元で話す。
『この家の権利書と山の権利書もあの子たちに渡して』
フィリアが小声で話す必要はないんだけど……。
「わかった。場所は?」
『こっちよ』
リビングからキッチンへ行く。そこも、リビング同様にかなり荒らされていた。
『良かった。しっかり隠しておいたから、バレなかったのね』
フィリアは倒れた棚を見て笑う。
「この棚?」
『いいえ、棚の下の床よ』
つまり棚を退けないとダメなのか。棚を両手で横に押してみる。結構な重さがあるけど、少しずつなら移動できそう。
「手伝うよ。起こすのか?」
慌てた様子でお兄ちゃんが傍に来た。
「違う、横に移動させたいの」
「わかった。一緒に押そう、せーの」
棚がスッと横に移動する。
「ありがとう、お兄ちゃん」
棚があった場所の床を見ると、小さな丸い穴が見えた。
『これを使って』
フィリアが指した物を見ると、約九〇度に曲がった細い鉄。
それを穴に入れ持ち上げると、床の一部分がポコッと開いた。
「木箱だ」
お兄ちゃんが、床下にあった二〇センチメートルほどの木箱を手に取る。
「何をしているんだ?」
カリアスが、不思議そうな表情で私とお兄ちゃんを見る。
「カリアスとタグアスのお母さんが『床下にある木箱を二人に渡して欲しい』と、言っていたから探していたの」
お兄ちゃんが、カリアスに木箱を差し出す。




