20話 伝える、そして動く
『リーナ』
ユウをチラッと見る。
『生前に会った事とするなら、「父親が殺した」とは言わない方がいい。そうだな……父親の事は信じない方がいい。あと、怪しい人たちと付き合っていたから、母親に何かあったらすぐに逃げるように伝えてくれと頼まれた事にしたらどうだ?』
それは親しい人にならいい案かもしれないけど、自分の子供より幼い子に託す言葉だろうか? でも、他にもっと良い伝え方が思いつくかといえば、思いつかない。よし、どうして私に託したのか聞かれたら、知らないとごまかそう。
「カリアスとタグアスのお母さんから」
緊張で胃が痛い。
「お父さんを信じてはダメ。あと、すぐにお父さんから逃げて欲しいと言っていたの」
「お父さんから逃げる?」
カリアスが戸惑った表情で私を見る。
「うん、良くない人と付き合いがあると言っていたの。もし私に何かあったら、きっと子供たちにも酷い事が起こる。だから、逃げるように言ってほしいって」
「でも、逃げると言っても……」
そうだ! 逃げろというのは良いけど、この子たちはまだ子供。どこに逃げたらいいの?
『私の友人の家に。姉妹のように育った女性がいるの。彼女の元に行って!』
「お母さんの友人の家に行って欲しいと聞いたんだけど、誰の事かわかる?」
「それって、隣の村に住むフルールさんの事かな? お母さんとすごく仲が良かったけど、お父さんの事を嫌っていたから、こっちに遊びに来る事はなかったんだ」
フルールさん? フィリアをチラッと見ると何度も頷いていた。
「たぶん、その女性だと思う」
『フルールは、あの男はダメだって。注意してくれたのに、私が好きになってしまったから。あの時、彼女の言葉をしっかり聞いていれば……』
フルールさんは、人を見る目があるみたい。カリアスたちが彼女に助けを求めたら、フィリアに何かがあった事に気づいてくれるかも。
「リーナ、そろそろ時間だ」
休憩時間が終わる頃、お兄ちゃんが声をかけてくれた。
「うん。あと、これを」
ポケットに入れていたフィリアのペンダントを取り出し、それを2人に見せる。
「これ、お母さんの」
タグアスは私の手からペンダントを受け取り、ギュッと握りしめた。カリアスは泣きそうな表情で私を見る。
「ありがとう。すぐに、隣の村に向かうよ」
『それはダメだ! 見張りがいる!』
カリアスの言葉にユウが焦る。
「ダメ」
私も焦ってカリアスの肩を掴む。
「えっ? でも、すぐに逃げたほうがいいんだよな? 父さんは仕事に行っているから、丁度いいと思うんだけど」
「もしかしたら、お父さんの仲間がカリアスたちを見ているかもしれないから」
「えっ……」
私の言葉に、二人は顔色を悪くする。
怖がると思ったから、言いたくなかったけど仕方ない。
「だから冒険者の事を聞いたのか」
お兄ちゃんは呟くと、カリアスとタグアスの肩をポンと叩く。
「子供だけで動くと危ない、冒険者に知り合いがいるから……お願いしよう」
話の途中で、私を見たお兄ちゃん。ずっと一緒に行動しているのに、冒険者に知り合いがいるのは変だよね。これは、あとでお兄ちゃんには説明が必要かも。でも、どう説明すればいいんだろう?
「わかった。そうだよな。隣の村まで距離があるし」
これで、2人が知らないうちに出発してしまう事はなくなったはずよね。
あとは、冒険者を雇うお金の問題と、その冒険者を見つける方法は、フィリアを見る。彼女に任せてしまえばいいよね。
他に私がする事は、司教に手紙を書く事。これは、私にとって一番大事な事。カリアスたちを逃がすのも重要だけど、手紙は絶対に届けてもらわないと。
フィリアの信頼できる冒険者に手紙まで託す? でも、内容が呪いの事だからな。
「そろそろ戻ろう。時間だ。次の授業が終わったらお昼になる。もう少しゆっくり話せるはずだ」
お兄ちゃんの焦った声に時計を見る。
「うん、わかった」
次の授業まであと三分。ゆっくり話しすぎてしまった。
慌てて教室に戻り、椅子に座る。なんとか次の授業に間に合った。でもお兄ちゃんたちは大丈夫だったかな? 私を教室に送ったあと、自分たちの教室に向かったんだけど。
授業の準備をして、チラッとユウたちを見る。
あれ? フィリアがいない。あぁ、そうか。彼女のペンダントをタグアスに渡したから、彼らのほうに行ったのか。
授業が始まると、ノートの一枚を破る。そして、司教に向けて手紙を書いた。内容は「ランカ村で呪いを使った者がいる事。教会の牧師は、呪いを使った者たちに協力して助けにならない事。どうか、私たちを助けて欲しい」と。
「文字の練習を、もっとしなくちゃ」
書き慣れていないせいで、文字がとても下手だ。教科書の文字を見てから手紙の文字を見ると、ため息が出た。
『三段目の八行目の文字、伸ばす線の方向が逆じゃないか?』
えっ?
ユウが指摘した場所を見る。本当だ。右に線を伸ばさないとダメなのに、左になっている。
あれ? ユウは文字を読めないのに、どうしてわかったの?
『これでもリーナと一緒に勉強しているからな。徐々に文字は覚えられるようになったよ』
私のように、最初からリーナとして文字を知っていたわけではないのに、すごいな。ユウが指摘した場所の文字を直し、手紙を畳む。
『授業が終わったな』
あっ……せっかく学校に来たのに、まともに授業を受けていない。問題が解決したら、しっかり勉強をしよう。
「リーナ」
「お兄ちゃん」
教室を覗くお兄ちゃんの下へ急ぐ。
「あれ? 二人は?」
どうして一緒にいないんだろう?
「お昼を取りに行ってもらったんだ」
あっ、それでか。良かった。
先ほど使用した教室に行くと二人を待つ。
「「お待たせ」」
カリアスとタグアスが四人分のお昼を持ってきた。お兄ちゃんがお礼を言うと、二人は笑った。
そんな二人の様子に、少しホッとする。教室に戻った時は、二人とも顔色が悪かった。でも、時間が経ったからなのか、落ち着いたみたい。フィリアは二人と一緒にいられるのが嬉しいのか、微笑んでいる。
「食べようか」
お昼を食べながら、お兄ちゃんがこれからの事を話す。
「お昼を食べたら、学校を抜け出そうと思っているんだ」
「えっ?」
学校を抜け出す?
『まさかアグスがそんな事を言うなんて、ビックリだ』
うん、私もビックリしている。
「見張りがいるんだよね?」
お兄ちゃんが私を見るので頷く。
「きっと彼らは学校が終わるまで出てこないと思っている」
たぶん。
「だから、お昼を食べたら動いた方がいいと思うんだ」
「そうだな。見張りの裏をかかないと」
お兄ちゃんの説明にカリアスが賛同する。
『確かにその通りだな。あいつらは、「何も知らない子供を見張るのは簡単だ」と言っていたから、見張りもきっと油断している。でも、学校が終わっても出てこない二人に気づけば、すぐに動き出す。それなら、今から動いたほうが安全だ』
「うん。そうだね」
「急いでお昼を食べよう」
お兄ちゃんの言葉に、私とカリアスたちは頷くと一気にお昼を食べた。
『リーナ、冒険者は酒場「ゴウ」にきっといるわ。名前はリットンとミナリー。男女の冒険者チームよ。彼らを雇うお金だけど、家のある場所にお金を隠してあるの。それを使いましょう』
お金の問題が解決しそう。でも、父親に見つけられているかもしれないよね。
『リーナ、私が今から家に様子を見に行けないかしら? あの女が家にいるなら、子供たちを近づけたくないの』
フィリアを先に? それはいい案だと思う。でも、そのためには新しい契約を交わさないといけない。
フィリアは気づいていないけど、彼女と交わした契約は、フィリアをカリアスとタグアスに会わせた時点で既に終了している。だからフィリアが自由に動くためには、新しい契約が必要となる。
ただ、新しい契約をどこで結ぶか。それが問題だよね。
お兄ちゃんとカリアスたちがいない場所。あっ、トイレか!




