19話 心が強く訴える
お兄ちゃんと別れると、教室に入る。教室を見渡すと、自然とどこに座ればいいのかわかった。
「おはよう」
隣の子に声を掛けられる。
「おはよう、リン君」
隣の席のリン君は、首に残っている痕を見ても変わらない態度みたい。それに少しホッとする。でも、特に仲の良かった子たちは、私と距離を置くようだ。
ちらちらとこちらを窺っているのが鬱陶しい。距離を置くなら、無視をしてくれたほうが私は楽だ。
『リーナ。さっきの奴らの話だけど』
椅子に座って、授業の用意をしているとユウが話しかけてきた。何を聞いても驚かないように、小さく深呼吸する。
『あの男たちの話から、カリアスとタグアスの父親はあの子たちを売るみたいだぞ』
「えっ? ごほっ」
『今、なんて言ったの?』
ユウの言葉に驚いて声が出てしまったので、慌てて誤魔化す。フィリアは、ユウに詰め寄ると胸元の服を掴んだ。
『落ち着け、フィリア』
『落ち着けるわけがないでしょう! 売る? 私の可愛い子供たちを? あいつ、私だけではなく、子供たちも不幸にするつもりなの? 許せない! 本当に許せない!』
泣き叫ぶフィリアに戸惑うユウ。助けを求めるようにこちらを向くけどムリだからね。
「授業を始めるぞ」
うわ、このタイミングで授業か。フィリアの泣く声と慰めるユウの声を聞きながら、授業を受ける。
いや、ムリ。隣がうるさすぎて、先生の声が聞こえない。
それにしても父親が子供を売るなんて。教会の教えで人身売買は悪行とされているため、国が禁止しているのに。
女神が身近なこの世界も、変わらないな。お金に目が眩んで、悪い事と知っているのに手を出すのは。でもその代償は、必ず払う事になるのにね。
「あっ」
気づいたら授業が終わっていた。
「はぁ」
ため息を吐きながら、授業で使った本を片付ける。
やっぱり、ユーレイと一緒だと授業は受けられないね。
隣を見る。いまだに泣き続けているフィリア。そして、なぜかユウまで泣きそうになっているのを見て、もう一度ため息を吐く。
「リーナ」
「お兄ちゃん」
迎えに来てくれたお兄ちゃんの下へ急ぐ。
「ここから少し離れようか」
「うん」
お兄ちゃんが、リーナの元友達を睨むように見た。
「気にしなくていいよ」
こういう事は、これまでに沢山経験した。ユーレイに反応する私は、少しおかしな子供だった。訳を説明しても、ウソつきとか気持ち悪いとか言われた。子供は、素直に悪意を垂れ流すからね。
お兄ちゃんと人気のない場所に行く。
どうしよう、すごく緊張してきた。
『さっきは、俺たちの事以外は全て話したほうがいいと言ったけど、大丈夫かな?』
ユウが心配そうに、お兄ちゃんと私の周りと飛び回る。フィリアはどんよりした表情で付いてきた。
「リーナ、俺に何をして欲しいの?」
お兄ちゃんを見ると、少し緊張が和らぐ。
「カリアスとタグアスに渡したい物があるの、それと話もしたくて」
「渡す物と、話?」
「うん。二人のお母さんからお願いされて、あっ」
この説明だと、亡くなったフィリアからお願いされた事になる。ユーレイの事は隠す予定だったのに。聞こえなかったりは……。
「亡くなったフィリアさんから?」
声を潜めて話していたから、お兄ちゃんとは距離が近い。聞こえて当然だよね。どうしよう、泣きそう。
『ごめん、俺が話そうなんて言ったから』
違う。私の言い方がダメだっただけ。
「わかった」
「えっ? わかった?」
「うん。二人を連れてきたらいいんだよね」
「うん。あの、お兄ちゃん」
「言えない事は、言わなくていいよ。悪い事をするわけではないんだろう?」
お兄ちゃんを見て頷く。
「正しい事をする」
フィリアのペンダントを二人に渡す事は、契約には入っていない。でも、母親の形見を渡す事は正しい事だと思う。彼女を、私たちの問題に巻き込んだお詫びもある。あと、父親が二人を売ろうとしている事も教えて、逃げろと言うつもり。
「リーナ」
「何?」
「話してくれてありがとう」
お礼を言うのは私のほう。
「お兄ちゃん、協力してくれてありがとう」
本当は怖かった。自分と違うという事は、排除の対象になる事を何度も何度も経験してきたから。
「次の休憩時間に二人を連れてくるよ」
「ありがとう」
『俺にもアグスみたいな兄が欲しかったな。俺の兄はなんというか、真面目で……本当にくそ真面目で。俺とは話が合わなかったんだよ』
チラッとユウを見る。少し寂しそうな彼の表情に、フィリアが戸惑っている。私が二人に会うと言ったから、少し冷静になれたみたい。良かった。
「お兄ちゃん。信頼出来る冒険者を知らない?」
「えっ?」
驚いた表情を見せるお兄ちゃん。リーナは、今まで冒険者に興味がなかったからその反応にもなるよね。
でも二人を逃がすには、大人の協力者が必要になる。あと隣の村にいる司教に、手紙を届けてくれる者も。
そこで冒険者が適任だと思ったんだけど、私には知り合いの冒険者なんていない。だからお兄ちゃんに聞いたんだけど、ダメだったかな?
「大人の協力者が必要なのか?」
「うん」
『私が知っているわ!』
「えっ?」
フィリアに視線を向ける。
信頼できる冒険者を知っているの?
「あっ」
また視線を向けてしまった。お兄ちゃんをチラッと見る。
フィリアがいるほうを、いや、ちょっとずれているけど見ているお兄ちゃん。
「あの、お兄ちゃん。えっと……」
「精霊だね」
笑って私を見るお兄ちゃん。
違うと言いたい。ユーレイの事も……でも。
「言えないの、ごめんね」
なんでだろう。ユーレイの事だけは、言ってはダメだと心が強く訴える。リーナの記憶が私に訴えているのかな?
「うん。言える事だけでいい」
理解を示してくれるのは嬉しい。でも、申し訳ない気持ちになる。いつか、全て話す事が出来るのかな?
「ごめんね、リーナ」
お兄ちゃんを見る。
「俺は冒険者をよく知らないんだ。話した事はあるけど、彼らが信頼出来るかどうかはわからない」
「わかった、ありがとう。そっちは、大丈夫」
フィリアが教えてくれるみたいだから。
「次の休憩時間に、二人を連れて教室に迎えに行くよ」
「ありがとう」
お兄ちゃんに教室まで送ってもらい、教室に入る。席に着くと、ユウが机に両手をついた。
『冒険者とかロマンがあるよな。いいよなぁ』
羨ましそうに呟くユウ。それを不思議そうに見るフィリア。
『何がそんなにいいの? 冒険者なんて、かなり危険な仕事よ?』
『危険だけどかっこいい仕事だろう? それに可愛い女の子を助けて、惚れられたりとか』
眉間にしわを寄せ、ユウを見るフィリア。
『冒険者の話よね? 出会い? あるのかしら? 聞いた事はないけど』
現実の冒険者は、ユウの想像とはかけ離れているのかもしれないね。
次の授業はしっかりと聞けた。ユウとフィリアが静かだったから。
「リーナ」
授業が終わると、すぐにお兄ちゃんが教室に来てくれた。その後ろには、カリアスとタグアスの姿も見える。フィリアは二人の姿を見つけると、すぐに飛んでいった。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「うん。さっきの場所でいいかな?」
「うん」
お兄ちゃんに頷くと、カリアスとタグアスに向かって小さく頭を下げる。
「来てくれてありがとう」
そういえば、なんと言って連れて来たんだろう?
「俺たちに話があるって聞いたから。その、母さんから伝言を頼まれたって」
カリアスが私を見る。
「うん。そうなの」
亡くなった人からの伝言について、どう説明しよう。
「亡くなる前の母さんに会ったって事だよな? あの日の朝まで、母さんからリーナの話は聞いた事がないから」
えっ? そうか。普通はそう考えるんだ。
「どこで会ったのか教えてくれないか? あの母さんの様子も」
なぜか必死な様子のカリアスを見る。
「父さんは、母さんが病気で死んだって言うんだ。でも母さんはずっと元気だった。だから……」
「お母さんが亡くなったら、すぐにあの女が家に住みついたし」
「タグアス!」
カリアスがタグアスの腕を引っ張る。それにタグアスが不満そうな表情をする。
「だって、本当の事だし」
二人とも父親を疑っているみたい。これは、どこまで話すべきだろう。
「私が殺したユーレイ」を読んで頂きありがとうございます。
男の子の名前、タグアスがダグアスになっているところがありました。
申し訳ありません。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




