18話 フィリアの情報と学校
「フィリア、ありがとう。あなたが掴んだ情報のおかげで、牧師を気にする必要がないとわかったわ」
『気にしていたのか?』
ユウが不思議そうに私を見る。
「クズ、二人になったからわかりにくいわね。クズ親に脅されている可能性を考えたのよ」
教会関連の本でわかったけど、牧師になるには司教の元で一〇年ほど勉強をする。その一〇年で、面倒を見ている司教が牧師に向いているか判断するんだと思う。つまり教会のクズも、一度は司教にその人となりを認められたという事。だから、何か理由があってクズ親に従っているのかと思ったのよ。無駄な心配だったけど。
『あれは、どうしようもないくそ野郎よ』
言葉の荒さに驚いてフィリアを見ると、ものすごく怒っていた。
『女性に手を上げるなんて』
ののしっているだけではなかったのか。
『あれは潰すべき存在。あっ、そうだ! どうにかあれを潰せないかと思って、奴の弱みを探したんだけど』
すごい積極的だな。
「何かあった?」
私の言葉に、ニヤッと笑うフィリア。
『うわっ。こわっ』
ユウがフィリアから少し離れる。
『隣の村に司教が来ているの』
「司教が?」
『そう。これ、使えない?』
使える。ものすごく使える情報だわ。でも、この村にどうやって司教を呼べばいいんだろう。
ユウやフィリアは自由に動けるけど、見えないだろうし。見えたところで、彼らの言葉を真剣に受け止めるかわからない。
私が自由に動けたらいいのに、それができない。あぁ、どうしよう。
『ねぇ、リーナ』
フィリアを見る。
「何?」
『私は、カリアスとタグアスにいつ会えるの? 私は役に立ったでしょう? 次はリーナの番だと思うの』
良かった。学校に行く許可を貰っておいて。
「明日よ。私は明日学校に行くから、一緒に行きましょう」
『本当に?』
「本当よ」
『ありがとう』
契約をしなくても、フィリアのペンダントをカリアスに渡せば、きっと彼女は子供たちに会う事ができた。でも、私の問題を解決するために、利用した。
フィリア、ごめんね。
「明日のために、もう寝るね」
嬉しそうに笑っているフィリアを見たくなくて、お風呂に行く。明日、絶対に彼女を二人に会わせる。
そして、なんとしても隣の村にいる司教を、こっちに呼ばないと。
「「行ってきます」」
玄関で、お父さんとお母さんを見る。二人の心配そうな表情に気づかないふりをして、笑顔で言う。
「気をつけて」
「わかった」
お父さんを見て、しっかり頷く。その傍で、フィリアがそわそわしている。
「アグスの手を離してはダメよ」
「うん、絶対にお兄ちゃんと手を離さない」
お母さんに、お兄ちゃんと繋いでいる手を見せる。
「大丈夫だよ。この手は教室に送り届けるまで離さないから」
お兄ちゃんの言葉にも不安そうな二人。
「行こうか」
「うん」
お兄ちゃんはお父さんとお母さんを少し不安そうに見たけど、すぐに笑顔に変えると手を振って家を出た。
「リーナ」
お兄ちゃんを見る。
「その首、俺の時もそうだったけど、その……」
お兄ちゃんが、私の首を見て言葉を途切れさせる。
「イヤな顔をされるんでしょう?」
呪いで死にそうになった時にできた痕。これがあると、イヤな顔をされたり、避けられたりするんだよね。
本当に理不尽。呪われて死にそうになったり、生き残っても痕があると避けられたり。呪った者が一番悪いのに! どうして被害者が、非難されないとダメなのよ。呪われるような事をしたなら諦めるけど、私は何もしていないのに!
「知っていたんだ」
「うん。覚えていたから」
この村に来た、呪いの痕が残っていた冒険者。彼は、この村の人たちから「呪いが移るかもしれない」という理由で避けられた。呪いは移らないと、村の人たちは知っていたのに。
「俺の友達は大丈夫だった。ただリーナの友達は、ちょっとわからない」
視線を逸らしながら言うお兄ちゃんに、笑顔になる。
「わかった」
おそらくリーナの友達は、お兄ちゃんを避けたんだろう。
「おはよう」
学校へ向かっていると、お兄ちゃんの友達が声を掛けてくる。その声に答えながら、チラッとリーナの友達を見る。彼女たちは、私の首元を見えると視線を逸らした。
「リーナ」
悲しそうな表情で私を見るアグス。それに笑ってしまう。
「リーナ?」
「大丈夫」
そう、大丈夫。だって彼女たちはリーナの友達。私には関係ない。
学校に着くと、周りに視線を向ける。フィリアは落ち着きなく、私の周りを飛び回っている。少し、鬱陶しい。
「カリアスたちは、まだきていないみたいだな」
「そうだね」
『まだなの? いつ来るの? ねぇ、まだ?』
何度も私に聞いて来るフィリア。
『落ち着けってフィリア。きっと来るから』
ユウがフィリアに声を掛けるが、聞こえていないみたい。
『あっ、いた!』
「リーナ、カリアスたちが来たぞ」
フィリアの声が聞こえると、お兄ちゃんがあるほうを指した。そちらを見ると、以前とは少し雰囲気の変わったカリアスたちが見えた。
「昨日より、疲れて見えるな」
小さな声で呟くお兄ちゃんが心配そうに二人を見る。フィリアも異変に気づいたのか、戸惑っている。
『何があったの? 何か変よ。元気な姿が見られると思ったのに!』
『リーナ。あの二人を見ている男たちがいる』
ユウが指したほうを見ると、ガラの悪そうな二人の男が見えた。
『ニタニタ笑って気持ち悪いな。ちょっと離れるな。あいつらが何を話しているのか聞いて来る』
ユウが二人の男に向かうのが見えた。フィリアは、傍に来たカリアスとタグアスを心配げに見ている。
「おはよう、カリアス、タグアス」
お兄ちゃんの挨拶に二人は笑って返事をする。でも、その表情はどこか暗い。
「大丈夫か? 何かあるなら、いつでもいいから話して欲しい」
「ありがとう、アグス。大丈夫だ。お前だって大変な時だろう? 俺たちは、大丈夫だ」
カリアスの言葉は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。フィリアはおろおろとして、私を泣きそうな表情で見た。
『お願い、子供たちに何があったのか教えて! いえ、契約して! 私が調べるわ! この子たちがこんな、こんな表情をするなんて!』
ユウが向かったほうを見る。
「ここにいたら邪魔だな。アグスはリーナを教室まで送っていくのか?」
カリアスが私とお兄ちゃんを見る。
「うん」
「わかった。また教室でな」
カリアスとタグアスと別れ、リーナが学んでいる教室に向かう。
あっ、二人にフィリアのペンダントを渡し忘れた。
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「えっと……」
お兄ちゃんの前で二人にフィリアのペンダントを渡すの? でも、一緒にいる約束だし。おそらく、この約束は破らないほうがいいと思う。
「リーナがやりたい事をしたらいいよ」
「えっ?」
「リーナが、何をしたいのかはわからない。もしかして、悪い事でもするつもりかな? 犯罪に手を出すとか」
お兄ちゃんの質問に焦って首を横に振る。
「そんな事は絶対にしない!」
「だったら、俺はリーナのやる事を応援する。それがどんな事でも」
「お兄ちゃん」
どうして、何も聞かずに応援してくれるんだろう?
『アグスは本当に八歳か? この年でその言葉が言えるなんて』
本当にと思いながら、ユウの言葉に頷く。
『リーナ。アグスに全ての事を話して協力してもらったらどうだ?』
えっ?
驚いてユウに視線を向ける。
『あっ、全てと言ったけど、ユーレイの事は言わないほうがいいぞ』
ユーレイ以外の、全てを話す?
『アグスは、何も話さなくても協力してくれると思う。でも、ちゃんと説明してから協力してもらったほうがいいと思うんだ』
それは、そうよだね。
「あれ?」
目の前にユウがいる。気持ち悪い笑い方をしていた二人の男の話を聞きに行っていたはずなのに。
「リーナ? 大丈夫か?」
あっ、声に出してた。
「なんでもない。あのね、次の休憩時間に話しがあるの。えっと、時間ある?」
考える前に、言ってしまった。でも、うん。お兄ちゃんには全て話して、協力してもらおう。
「次の休憩時間? わかった」
少し嬉しそうに笑ったお兄ちゃんに首を傾げる。
いい話ではないんだけど、大丈夫かな?




