17話 学校に行きたい
「カリアスとタグアスだったら、学校に来ているよ」
不思議そうにしながらも教えてくれるお兄ちゃん。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
よしっ! 学校に行けば、カリアスとタグアスに会える。これで契約を果たせる。
ホッと息をつくとお兄ちゃんの視線に気づく。
もしかしてずっと見てたのかな? どうしよう、かなり怪しい行動を取っているよね。
「お兄ちゃん。あの……」
「二人とも、母親が亡くなってから少し変なんだ。何か悩みがあるみたいで」
「悩み事?」
「うん。カリアスに聞いても笑って教えてくれないし、タグアスに聞いてもただ悲しそうに首を振るだけで。何かあったのは確実なんだけど、踏み込んで聞いて良いのかわからなくて」
お兄ちゃんって、八歳だよね? 少ししっかりし過ぎだと思うのは私だけかな?
『アグスってすごいな。八歳で、友達の変化に気づくなんて。しかも気をつかっているし』
やっぱりそうだよね? お兄ちゃん、すごいよね。
それと、これはどう答えればいいんだろう? 二人の様子がおかしいのは、フィリアの死に父親が関わっている事に気づいたからかもしれない。もしそうなら、関わりたくない。
だって人殺しだよ? 絶対に、ややこしい事になる。でも、きっと関わる事になるんだろうな。フィリアがその事を知れば、守って欲しいというはず。それを無視したら……フィリアが暴走するかもしれない。親が子を思う気持ちって、暴走しやすいんだよね。
「失敗したかも」
「何?」
私の声が聞こえたのか、お兄ちゃんが私を見る。
「なんでもない。カリアスたちには、心配している事と、いつでも話を聞くと話したらどうかな?」
いつでも話を聞いてくれる存在がいるのは嬉しいから。これは、実際に私が経験した事だから自信を持って言える。
「そうだね。言ってみるよ」
そうだ。カリアスたちに会いたいとお兄ちゃんにお願いしようかな? でも、これ以上お兄ちゃんを巻き込むのはダメだよね。うん。学校に行けば二人には会えるはずだから、これ以上はお兄ちゃんを頼らない。
「もしかして、二人に会いたいの?」
「えっ? えっと」
どうしてバレたの? これはお願いするところ? それとも誤魔化すところ?
「学校に行けば会えるけど、今は休んでいるからな」
「私、明日から学校に行くから」
「えっ? お父さんから許可は下りたの?」
それは、まだ。でも学校に行かないと、フィリアとの契約が果たせない。だから、絶対に説得する。
「晩ごはんの時にお願いしてみる。どうしても学校に行かないとダメだから」
「そうなんだ」
「うん」
でも、どうやって説得しようかな。いや、学校に行って勉強する事は良い事だから、反対しないかもしれない。うん、それに掛けよう。
「二人とも晩ごはんよ。手を洗って席に着きなさい」
「「はい」」
お母さんの声に返事をして、お兄ちゃんと一緒に手を洗いに行く。そして席に着くと、皆で食べ始める。
『今日の晩ごはんは、魚の塩焼きか。この世界、白ご飯もあるんだな。いいなぁ』
そうだね。私もちょっと驚いた。
お兄ちゃんが魚を食べながらお父さんとお母さんを窺う。そして、不安そうな表情になった。
私もお父さんとお母さんに、チラッと視線を向ける。これは、早急に手を打たないとダメかもしれない。だって、二人ともただならぬ雰囲気だから。
晩ごはんが終わり、お父さんが席を立とうとするのを止める。
「お父さん、待って」
「どうした?」
無理をして笑うお父さんに、心が痛む。
「明日から学校に行っていい?」
「ダメだ! 今は危ない」
やっぱりダメと言われるか。 あのクズのせいだよね。
「大丈夫だよ。学校に行くだけだから」
勉強したいと言うべき? でも、お父さんの雰囲気から、どんな理由を言ってもダメだと言いそう。どうしよう。
「いろいろな事が落ち着いてから学校に行こう。勉強だったら、俺が教えてやる。しばらく、仕事がお休みになったんだ」
お父さんの言葉に、小さく息を呑む。
お母さんだけでなく、お父さんも仕事を失ったんだ。あのクズ、どこまでも本当に鬱陶しい。
いや、今は怒っている場合ではない。お父さんを説得しないと。
「お父さん」
「どうした、アグス。そうだ、アグスも学校を休みなさい」
ごめん、お兄ちゃんまで巻き込んでしまった。
「お父さん、落ち着いて」
お母さんがお父さんの肩に手を置く。
「あっ、悪い」
ハッとしたお父さんが、私とお兄ちゃんを見る。
「ごめんな。でも、今は危ないから」
「お父さん、大丈夫だから学校に行かせて欲しい。リーナも一緒に」
「「「えっ?」」」
お兄ちゃんの言葉に、全員が驚いた表情をする。
「学校へは友達と一緒に行くし、学校内ではたくさんの目があるから、俺とリーナは大丈夫だよ」
お兄ちゃんが私の味方になってくれるとは思わなかった。
「でも――」
「リグス」
お父さんが反対しようとすると、お母さんが止める。その表情に、不安がつのる。
お父さんはお母さんを見ると、目を閉じた。
なんだろう? すごく不安な気持ちになる。お父さんとお母さんは、今、何を考えているの?
「お父さん、お母さん?」
お兄ちゃんが二人の様子に不安な表情を見せる。
「ごめん、不安にさせたな。大丈夫だ。わかった。アグスもリーナも学校に行っていいぞ」
「ありがとう、お父さん」
私が笑ってお礼を言うと、笑い返してくれる。ただその笑顔が、どこか悲しそうに見えた。
「良かったな、リーナ」
「うん。お兄ちゃんもありがとう」
『なぁリーナ、リグスもカーナも変だ。すごく思いつめている気がする』
わかっている。二人とも、良くない考えに囚われている。それが何かはわからないけど、クズ関係で間違いない。
「ごちそうさまでした」
使った食器を持ってキッチンに行く。
『とりあえず、目標は達成だな』
そうね。とりあえず、最初の目的は果たせそう。
部屋に戻り、ベッドに座る。
「疲れた」
『大丈夫か?』
「うん、大丈夫よ」
でも、お父さんとお母さんのただならぬ雰囲気に、すごく緊張した。おいしそうな焼き魚だったのに、まったく味がわからなかったわよ。
『リーナの両親が何を思いつめているのか気になるから、見てくるよ』
そうか、ユウだったらバレずに探れる。
「うん。お願いできる?」
お父さんたちの考えている事がわかれば、安心できるはずだから。
『任せて――』
『あの牧師、最低だったわ!』
『ひぃぃぃ、お化けぇ~』
壁を通り抜けて来たフィリアに、驚いて悲鳴を上げるユウ。
「ユウ」
悲鳴までは許そう。でも、どうして私の背に隠れるの? 五歳の子供を盾にするとか、最低でしょ。
『悪い。だって壁から突然、ぬっと顔が出てきたから怖くて!』
確かにフィリアの顔が壁から出てきて、怖かったよね。私も叫びそうになったもの。まぁ、私が叫ぶ前にユウが悲鳴を上げたから、私は叫ばなかったけど。
「ある意味、助かった?」
私が叫び声を上げたら、お父さんたちが飛び込んで来る。そうなればいいわけが大変だから、ユウの悲鳴に助けられたのかもしれない。……認めたくはないけどね。
『何? 助かった? どういう事?』
「いい加減、私の背に隠れていないで出て来て。フィリアとわかったんだから」
私の言葉に、私の後ろから前に来るユウ。
その隣に、フィリアが来た。
『あの牧師の事を調べたわ。あいつ、一緒にいた貴族の与えた家に二人の女性と一緒に住んでいるの。しかもその女性たちなんだけど、どうやら弱みを握って無理矢理みたいなの』
うわぁ、最低最悪な牧師だね。いや、あれを牧師と言っていいのかな?
『牧師の奴が、女性たちをののしっているのは見ていられなくて、教会を調べたわ。どうやら、教会に寄付されているお金を勝手に使いこんでいるみたい。村人が来る場所は整えてあるけど、裏はボロボロだったわ。あれはきっと、調べればもっといろいろと出るわ』
『見事なクズっぷり』
そうね。ここまで最低な牧師……クズだったなんて。




