16話 出来る事から
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
『どうしたんだ?』
顔を横に向け、ユウを見る。
「必要な事を言い忘れたから反省中」
『必要な事? あれ以外に、何が必要だったんだ?』
「子供達と会えるようにするけど、少し時間が掛かるかもしれないって言い忘れたの」
『大丈夫だろう。学校に行けば会えるんだから』
「学校にいなかったら?」
『家が近いみたいだから、家に行けばいい』
そう、私もそう考えた。
「ユウ。今の私は何歳?」
わかっているようで、わかっていなかった。
『何歳って、五歳だろう?』
「そう五歳。五歳が一人で好き勝手歩き回れると思う?」
「遠回りすれば、フィリアの家に行けるはず」と考えたけど、私は今五歳よ? そんな事が簡単に出来るの? 記憶を探ってみたけど、いつもお兄ちゃんかお母さんと一緒だった。つまり、一人で自由に歩き回った事がないのよ!
『あぁ、そうか。ムリだな』
ユウも気づいたのか、困った表情で私を見た。
『でもさ、会わせるのが少し遅くなったとしても、そんなに問題にはならないと思うぞ、会わせないと言っているわけではないんだから』
「普通ならそうでしょうね」
『普通?』
「言ったでしょ? ユーレイになったら、制限がなくなるって」
『あっ、そうか。もしかして、すぐに会わせろと暴れまわったりするのか?』
暴れ回る事もあるかな。でも、フィリアは霊力レベル一だから、それほど酷い事にはならない。ただ、とてつもなくうるさくなるかもしれない。
「力が弱いから、物に被害が出る事はないと思う。でも、見える私やユウには、自分の思いを言い続けると思う。言っておくけど、彼らに時間や場所への配慮はないからね」
『配慮?』
「つまり、夜になったら寝る。学校は勉強する場所。そんな事をいっさい気にしなくなるという事よ」
私の説明を理解したのか、少し嫌そうな表情をするユウ。
『俺は寝られないからずっと話は聞いてやれるけど、同じ事を言い続けられるのはイヤだな』
ユウを見る。
ユーレイになったら、相手を気遣う心が薄れる。それはどのユーレイも同じだと思っていたけど、ユウは違う。まだしっかり残っている。
不思議だな。ユーレイらしさもあるのに、らしくないところもある。ユウはいったい、なんなんだろう?
『どうしたんだ?』
私の視線に気づいたのか、首を傾げるユウ。
「なんでもない。とりあえず、明日から学校へ行けるようにお父さんに言ってみる」
『リーナが学校へ行ければ、問題解決だもんな』
「学校にカリアス達がいればね。いなかったら、お兄ちゃんに協力してもらおうかな」
そうだ!
起き上がってベッドに座る。
お兄ちゃんにカリアス達が学校に来ているか聞こう。
コンコンコン。
「リーナ? いる?」
「お母さん、どうしたの?」
扉を開けると、不安そうなお母さんがいた。
もしかして、家を出ていた事がバレたのかな?
「良かった」
「えっ?」
「起きたら、ちょっと不安になってしまって」
「大丈夫だよ」
お母さんのためにも、早く解決したい。
「そうよね。そろそろ、お昼にしましょうか」
「うん。手伝うね」
部屋を出てお母さんとキッチンに行く。お昼を作りながら様子を窺っていると、外を気にしていた。
『リーナ。少し離れるな』
ユウが私の傍から離れ、姿が見えなくなった。その事に驚く。
いつからユウは、私から離れる事が出来るようになったの?
「リーナ、出来たわよ」
「うん。おいしそうだね」
お母さんとスーナ、そして私でお昼を食べる。チラッと窓から外を見る。
ユウはどこに行ったんだろう?
『ただいま~』
ユウが玄関の扉を通り抜けてくる姿を見て、ホッとする。
『リーナ、クズが来た時に嫌そうな顔をしてこっちを見ていた男とその友人が、この家を見張ってる。しかもそいつら、この家に火を点けるとか言いながら酒を飲んでた』
えっ? 火?
「ウソでしょう」
「リーナ、どうしたの?」
「なんでもないよ。そうだ、お母さん。教会関係の本以外で、私にお薦めの本はある? 時間があるから読みたいんだけど」
「ちょっと待ってね」
お母さんは本棚へ行くと、数冊の本を取る。そして内容を確かめると、二冊を手に戻って来た。
「この二冊は、少し頑張る必要があるけど、リーナにお薦めよ」
頑張る必要があるという事は、今のリーナにとって難しい言い方や言葉が使われているという事だよね。でも、丁度いい。
「ありがとう。頑張って読んでみるね」
本を受け取って部屋に戻る。チラッとユウを見ると、ついて来ているのが見えた。
ベッドに座るとユウを見る。
「ユウ。見張っている奴らは、今すぐに火を点けそうな感じだった?」
『いや、酔っ払いの戯言だと思う。でも、酔った勢いとかあるから、気を付けた方がいいと思う』
「わかった。ありがとう」
『うん』
私のお礼に満足そうな表情を見せるユウ。
「ねぇ、ユウ。私から離れる事が出来たんだね」
『それは、さっき気づいたんだ。でも、リーナを中心に七、八メートルくらいが限界みたいだ』
それ以上は、離れられないという事か。でも最初は全くムリだったのに、今はそれだけ離れられる。つまり、もっと離れられるようになるかもしれない。
「はぁ、ユウって、なんなの?」
私が教わって来たユーレイの常識が通用しない。
『はっ?』
私の呟きに、不思議そうな表情になるユウ。
「なんでもない、本を読むから静かにね」
本を開くと、ユウが私の後ろに来る。
「どうして後ろに来るの?」
『一緒に読もうと思って』
「ユウは、この世界の文字がわからないでしょ?」
『わからないけど、さっきの本で少しだけ覚えた。もっと覚えたいから一緒に読ませて。それとリーナ、また口に出して読んでほしい。お願い』
「ユウは本が好きなの?」
『うん、好き。アニメやマンガもいいけど、小説もいいよな。小さい頃は、冒険ものをよく読んだよ。中学に上がった時は、クラスメートから借りた恋愛もの。最初はちょっと恥ずかしかったけど、泣けるし感動するし。かなり嵌ったな』
ワクワクした表情で本を見るユウ。本当に本が好きなんだとわかってしまうその表情に笑ってしまう。
『何?』
「なんでもない。読むよ」
しばらく本を読んでいると、お兄ちゃんとお父さんの声が聞こえた。
『二人が帰って来たみたいだな。あれ? リグスはもっと遅いはずなのに。何かあったのかな?』
ユウの言葉を聞いて、すぐに玄関に向かう。
「リーナ、ただいま」
お兄ちゃんの無事な姿にホッとして笑顔になる。
「おかえり、お兄ちゃん」
お兄ちゃんの後ろにいたお父さんを見る。
「お父さんもおかえり」
「ただいま。今日はゆっくり出来たか?」
「うん。もう大丈夫」
明日、学校へ行くのを認めてもらうためにも、元気だとアピールしないとね。
「そうか。良かった」
お父さんが私の頭を撫でると、お母さんの下へ行った。
「お兄ちゃん。お父さん、今日は早いんだね」
「うん」
お兄ちゃんが、少し悲しそうな表情でお父さんを見る。
やっぱり、何かあったんだ。お兄ちゃんに聞いてみる? でも、聞いたところで私には何も出来ない。だったら、出来る事を優先しよう。
「お兄ちゃん」
カリアスとタグアスの事を聞いておこう。あっ、でも急に聞いたらおかしいと思うかな?
「どうしたんだ?」
お兄ちゃんが私を心配そうに見る。
心配掛けたくないけど、お父さんやお母さんのためにも早く動きたい。
「前にお兄ちゃんが紹介してくれた、カリアスとタグアスなんだけど、学校に来てる?」
「えっ、カリアスとタグアス?」
首を傾げて私を見るお兄ちゃん。
それは、そうなるよね。紹介してくれたけど、その後仲良くなったわけではないから。
「えっと、学校に来てる?」
ちゃんと説明出来なくてごめん。
リンの時、ユーレイもだけど人付き合いも苦手だったんだよね。話すのも苦手だったし……。
なんだろう。お兄ちゃんに、これからすごく迷惑を掛けるような気がしてきた。




