11話 まずは本を読もう
「ほら、お前も言え!」
『クズが、教会の奴に何か言わせようとしているみたいだぞ』
玄関の傍にある小窓から外を見ているユウが、私を見る。それに頷き「ありがとう」と口の動きで伝えた。
「お子さん二人の力があれば、お嬢様を助けられるとわかりました。お嬢様を助けるのは、この村に住む者にとって当たり前の事です。さぁ、早く二人を引き渡しなさい。これは女神さまのご意向です」
ドンドンドン。
「神父様の言葉を聞いたわよね? 聞いたなら、この扉を開けて二人を渡しなさい!」
ドンドンドン。
「あなたたち、いいの? この村に住めなくなっても。仕事も失うわよ!」
このクズ共をなんとかしないと、リーナの家族が大変な事になりそう。
少し力を込めてお母さんに抱きつく。
「リーナ、大丈夫よ。すぐにいなくなるわ」
今の私を受け入れてくれたリーナの家族。いろいろウソを重ねてしまったけど、大切な存在。
守らなければ。
外を睨んでいたユウが、私を見る。
『近所の奴らが集まって来たみたいだ』
「奥様。周りに人が集まってきています。ここまでにしましょう」
「ちっ」
ドン。
神父の言葉に、クズが苛立った様子で扉を叩きつけた。
「よく考えなさい。私に逆らって、三人の子供を失うか。一人だけでも守り切るか。あぁ、この村から出て行けると思わないでね。それは、絶対に許さないから。逃げ出したって、逃げ切れるわけがないのだから」
最後は楽しそうに笑って去って行くのがわかった。
『近所の奴ら、前に見た時と少し様子が違う。機嫌悪そうに、こっちを見ている奴もいる』
ユウの報告に小さく息を吐き出す。
きっと、貴族と問題を起こしたからだろう。こうなると、近所の人たちは当てにならない。もしかしたら、私たちを見張っている者もいるかもしれない。
「リーナ、もう動いても大丈夫よ。リビングに戻りましょう」
お母さんを見上げると、かなり顔色が悪い。
「お母さん、大丈夫?」
「えぇ、もちろんよ。さぁ、早く行きましょう。ここにいてはダメだわ」
私の背に添えた、お母さんの手からかすかな震えを感じ、ギュッと手を握りしめ、悔しさをこらえる。リビングに入ると、妹のスーナが毛布をかぶった状態でソファの上で震えていた。お母さんは急いでスーナに駆け寄り、毛布の上からギュッと彼女を抱きしめた。
「おか、あ、さん」
声を詰まらせながら、小さな声でお母さんを呼ぶスーナ。
『今すぐ、さっきの奴らをぶっ飛ばしたい!』
ユウの怒った声が部屋に響く。
カタカタ、カタカタ。
「えっ?」
窓を見る。そして、ユウを見る。
今、もしかしてユウの怒りで窓が振動した? 霊力レベル一の力では、物を動かせるはずがないんだけど……。
「スーナ、大丈夫よ。ありがとう、約束を守ってくれて。もう、声を出して大丈夫よ」
「うっ、うわあぁ~」
スーナはまだ三歳。あんな幼い子を怯えさせるなんて。
『なぁ、リーナ。あいつらをどうにかできないか? 絶対にあいつらヤバい』
うん、クズ共は人の命をとても軽くみているから、何をするかわからない怖さがある。急いで、対策を考えないと。
「お母さん、部屋に戻るね」
「えっ? 一緒にいた方が……」
心配そうに私を見るお母さん。
「大丈夫だから」
私がきっとなんとかしてみせる。
「そうだ。教会の教えが載っている本はある? 読みたいんだけど」
『そんな本より、どうやってあいつらを潰すか考える方が先だろう?』
ユウが怪訝な表情で私を見る。
私もクズ共を、叩き潰す方法を考えたい。でも、私がやろうとしている事が、この世界でどれだけ危険なのか知っておく必要がある。
だって、ユーレイを使ってクズ共を叩き潰すつもりだから。
『あれ? なんだろう? 寒気が』
ユーレイなんだから寒気なんて感じないはずだけど、何を言っているの?
チラッとユウを見ると、本当に腕をさすっている。まさか本当に寒気を感じたの?
本当に不思議な存在だな。
「リーナは本当に勉強が好きね」
えっ? 私が勉強好き? リーナはそんなに勉強が好きではないみたいだけど。あっ、皆に褒められるから頑張っていたんだった。ただ、それほど成績は良くないね。
「教会の教えが載っている本なら、本棚に数冊あるわ」
やっぱりあった。信心深いから、教会関連の本があると思ったんだよね。
「リーナの年なら、これがいいわ」
子供向きになっているのがわかる本を、お母さんから受け取る。
「ありがとう」
『本当に、そんな本を読むのか? 時間のムダだって!』
不満げに叫ぶユウを無視してリーナの部屋に戻る。
『なぁ、それがなんの役に立つんだよ!』
「はぁ、あのさ、ユウ」
ため息を吐きながらユウを見ると、不機嫌な表情をしていた。そんな彼を見て、もう一度ため息が出た。
『ため息をつくと幸せが逃げるぞ』
「誰のせいでため息をついていると思うの?」
笑顔でユウを見ると、視線を逸らされる。
『そんな事より』
あっ、話を変えたな。
「何?」
『それ、今必要なのか?』
ユウが私の持っている本を指す。
「とても必要よ。だって、ユーレイがこの世界でどういう立場なのか、知っておかないとダメだから」
『俺の立場?』
不思議な表情をするユウ。
「そう。女神にとってユーレイが、良い存在なのか、悪い存在なのか」
もし悪い存在だったら、ユウの事を絶対にバレるわけにはいかない。リーナの家族まで、巻き込む事になるから。
『そっか。この世界では、俺が悪い存在の可能性もあるのか』
考え込むユウを放置して、ベッドに座りお母さんが勧めてくれた本を開く。
「あっ」
そうか、ここは世界が違うんだ。文字が違って当然だよね。しかも、リーナはまだ五歳。読めない文字があっても仕方ないかよね。
『どうした? あっ、文字が違うのか。もしかして、読めないのか?』
「読める文字と、読めない文字があるみたい」
『リーナはまだ幼いからな』
まぁ、結構読めるみたいだし、なんとか理解はできるかな。
「とりあえず読んでみるね」
『俺も一緒に知りたいから、声を出して読んでくれないか? 俺には、全く理解できない文字みたいだから』
「いいよ」
ユウが私の後ろに来ると、一緒に本を覗き込む。
あれ? 文字が理解できないのに、なぜそこに? まぁいいか。
時々つまずきながら、なんとか読み終え本を閉じる。
『つまり、俺は……』
悲しげな表情で本を見つめるユウ。
「ユーレイは、女神から罰を受けた存在みたいだね」
この世界では、死ぬと女神さまの下へ行けると考えられているみたい。でもそれは、善行を行ってきた者たちだけが行ける場所。悪事を働いていた者たちは、女神から罰を受け、永遠にこの世を彷徨うと書いてあった。
「子供向けだから、簡単に書かれているけど大切な事は書いてあるはず」
『うん。つまりユーレイは、この世界にとって悪い存在だよな』
そういう事になる。
「悪い存在を見る者は……悪い存在かな?」
『そう……考えられるかもしれないな』
ユウが申し訳なさそうな表情で私を見る。
『ごめん。俺が傍にいるせいで』
「それは気にしないで、私はユウが傍にいてくれて良かったと思っているんだから」
たった一人で憑依していたら、心が壊れていたかもしれない。
それにしても、家族と話した時、ユウの事を誤魔化しておいて良かった。話していたら、大変な事になっていたと思う。
「もう少し詳しく書いてある本が読みたいな。この本だけだと、わからない部分も多いから」
子供向けだと、言葉を濁している部分も多いはず。女神の罰と書いてあったけど、その罰がどういう物なのか、それはこの本ではわからなかった。あと、見える存在がいるのか、いないのか。
「呪いの事が、少しわかったね」
呪う方法や種類はわからなかった。でも、呪いに手を出した者や協力した者は、女神が決めた罰を女神に代わって大司教が下すみたいね。それと、呪いにかかった場合は、教会に助けを求めよと書いてあった。
『最後の部分はウソだけどな。神父があれだぞ? 教会は当てにならないだろう』
「うん」
でも、協力を求めるなら教会なんだよね。




