9話 女神さまの恵み
「あの、ごめんなさい」
リーナの両親に向かって、深く頭を下げる。
ユウは「奪ったんじゃない」と言ってくれた。でも、私は、私がリーナの体を奪ってしまったのではないかと考えてしまう。
もし私がいなかったら? もしかしたらリーナは、生きていたかも……。いえ、それはない。本当は、わかっている。空っぽの体にしか、憑依できない事は。だから、ユウの言っている事は正しい。でも、気持ちが追いつかない。特にリーナの両親を前にすると罪悪感で苦しい。
「謝らないでくれ。君がここに来たのは、女神さまからの恵みだと思うから」
「えぇ、そうね。女神さまから私たちへの恵みだわ」
リーナの父親リグスの言葉に、母親カーナも頷く。
『この世界は女神信仰なのか? あっ、だから棚の上に女神像が置いてあるのか』
そうみたいね。しかも、かなり信心深い人達みたい。
「あなたの事を、これからもリーナと呼んで、そして私たちの娘だと言っていいかしら?」
「えっ?」
驚いた表情でカーナを見る。
もしかして、今の説明だけで納得してくれたの? そんな簡単に?
「あなたが私たちのところに来たのは、リーナを失ってしまった私たちを、女神さまが憐れに思ったからだと思うの」
いや、それはどうかな? 憑依している時点で女神さまにとって「予定外の存在」だし。
「あぁ、そうだな」
リグスも納得した様子で頷く。
『女神信仰って怖いな』
ユウが、リーナの両親を怪訝な表情で見る。
「どうかな? このまま我々と一緒に、生きていく事はできないだろうか? それとも、女神さまから何か使命があったりするんだろうか?」
リグスが私を心配そうに見るので、無意識に首を横に振っていた。
「本当にいいのですか?」
私の小さな呟きに、リグスとカーナが笑顔で頷く。
「えぇ、もちろんよ。私たちはリーナを守れなかった、でも女神さまが新しいリーナを恵んでくださった。あなたは、私たちにとって奇跡だわ」
「私」が、女神さまの恵みか。おそらく違う。
でも、だったら誰が私を憑依させたという話になる。女神さまではなかったら?
『女神信仰が怖いけど、これでいいんじゃないか。彼女の話を否定したら、危険だと思う』
私もそう思う。
「ありがとうございます」
私の返事に嬉しそうに笑い合う二人を見る。この返事は、正しくないだろう。でも、私は危険に陥りたいわけではない。
ごめんね、リーナ。
「リーナ。もう一つ確認したいんだが、君は精霊が見える者なのか?」
リグスの質問に、少し視線を落とす。
女神信仰が強いこの世界で、ユーレイはどういう存在なんだろう?
『わからないと言ってみたらどうだ?』
わからない?
『見える。でも、それが何かはわからない』
なるほど。
「見える者がいます。でも、それが精霊なのかはわかりません」
私の答えに、リグスが空中に視線を向ける。
「もしかして、ここにもいるのかな?」
「はい」
「その者に、正体を聞く事はできない?」
『ん~、今は言えないと言っている事にしよう』
なんで?
『ほら、伝えて』
「今は言えないそうです」
私の答えに目を見開くリグス。カーナは興味深げに、空中を見回している。
「そうか」
「あの、精霊ってなんですか?」
この世界では精霊はどんな存在なんだろう? 特に女神さまとの関係が気になる。
「精霊というのは、自然界が生み出した者なんだ。数百年前に一人、見える者がいたそうだけど、今は虚言だったのではないかと言う研究者もいる。実は、私も少しそう思っていた。すまない」
リグスが申し訳なさそうな表情で私を見る。
「謝らないで下さい。それは仕方ないですよ。見える者が少ないですから」
自然界が生み出した者か。それにしても、見える者が数百年前に一人? 少なすぎない? 本当に虚言だったりして。
「女神さまは精霊をとても大切にしていて、見える者は女神さまから寵愛を受けると言われているんだ」
女神さまと精霊は、いい関係みたい。良かった。精霊が見えると誤解された時に、迫害を受ける事はなさそう。
「そうだわ。教会に知らせないと」
えっ、それはイヤだ。というか、精霊だって言っていないのに!
カーナの言葉に首を横に振る。
「そうだな。明日にでも教会に行こうか」
私の反応に気づかなかったのか、リグスも乗り気だ。
最悪だ。二人の中で、ユウは精霊となってしまった。
「待って下さい。この事は、誰にも知られてはダメなんです」
あっ、言い方を間違えた。
『今の言い方だと、俺がダメだと言っているみたいだな。でも、そのほうがいいか』
えっ、そう?
『「精霊が知られたくない」と言っているからにしておいたほうが、面倒くさくなくていいだろう』
それは、確かにそうだけど……。
「精霊が、そう言っているのか?」
ユウをチラッと見る。なぜか自信満々な表情で頷いているけど、ユウは精霊ではないからね。
「はい」
気まずい。
「そうか。もしかしたら、俺達が知らないだけで精霊を見る者は、他にもいるのかもしれないな」
どうかな? 完全に否定はできないけど、賛成もできない。
「そうね。それに、精霊を見る事ができると知られたら、利用しようとする者が現れるかもしれないわ」
それはものすごく面倒だろうな。うん、申し訳ないけど「精霊のお願い」という事にしておこう。
リグスとカーナが顔を見合わせる。そして私を見て、二人が微笑んだ。
「教会には言わないし、誰にも言わない。あっ、アグスには言ってもいいか? あの子は、気づいているみたいだから、隠すより言ってしまったほうがいいと思うんだ。いろいろと協力もしてくれるだろうし」
「はい」
「リーナ?」
「はい?」
カーナを見ると、少し寂しそうな表情をしている。
えっ、何かしてしまったかな?
「難しいのかもしれないけど、もっと気軽に話してくれていいのよ? 私たちは家族なんだから」
あっ、そうか。家族になろうと言ってくれているのに、他人行儀みたいだったよね。
「うん、わかった。ありがとう、お母さん。お父さん」
改めて言うと恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
『うわっ、顔が真っ赤だぞ』
余計な事は言わなくていい!
ユウを睨むと、お母さんが小さく笑い声をあげた。
「えっ?」
「精霊とは仲がいいのね」
『その通り! 俺とリーナは仲良しだ』
「それほどでもないよ」
『なんで? 仲良しだろう?』
もっと強く否定すれば良かった。
コンコンコン。
「お父さん? お母さん?」
アグスの心配そうな声が、扉越しに聞こえ視線を向ける。
どうしたんだろう?
「あら、話が終わるまで待っているように言ったのに。リーナが心配で来てしまったみたいね」
リーナが心配で?
「入っていいぞ」
お父さんが返事をすると、すぐに扉が開きリビングにアグスが入ってくる。
「リーナ」
心配げにリーナを見るアグス。
「心配してくれたありがとう、お兄ちゃん。でも、大丈夫」
「そっか。それで、その……」
私を窺うように見るお兄ちゃん。その表情の可愛らしさに、言葉が詰まる。
お父さんに似ているからいずれはイケメン。でも今は、可愛らしいから癒される。
『この子、あと数年もすればお父さんよりイケメンになりそうだよな。いろいろな女性を泣かせそう』
ユウ、あとで説教決定!
「アグス。これからいう事をしっかり聞くんだぞ」
「うん」
真剣な表情でお父さんと向き合うお兄ちゃん。何が始まるのかと、私まで背筋が伸びる。
そして始まったお父さんによる、私の説明。いろいろとウソが混じった説明に、どんどん視線が下がっていく。
本当にこれで良かったのかな?




