8話 何を話すべきなのか
『寝られないのか?』
ベッドに入り、ジッと天井を見ているとユウから声が掛かる。
「明日のことを考えているの」
彼らにどう対応したらいいのか。
『明日のことは、明日考えればいいよ。今、考えたって無駄だと思うぞ』
ユウを見ると、肩を竦めた。
『寝ないと、また熱がぶり返すぞ』
心配そうな表情に変わったユウを見て、微笑む。
『心配しているのに……』
あっ、心配している事を笑ったわけではなく、ユウの存在にホッとしたんだけど。でも、これを言うのは少し恥ずかしいかも。
「心配してくれてありがとう」
ユウから天井に視線を戻す。
「彼らに、何を言えばいいんだろうね?」
『呪いによってリーナという少女が亡くなったこと。そして、リンという……少女が、憑依してしまった事だろう』
少女?
「私は三一歳だったんだけど」
少女というには無理がある年齢だと思う。
『年齢は、言わない方がいいだろう』
「どうして?」
ユウはおかしな事を言うな。
『だって、もしかしたらリーナの両親より上の可能性があるだろう?』
「えっ? その可能性があるの?」
でも確かに、三人も子供がいるのに若く見えた。
『たぶん。その場合、自分より年齢の上の娘ができるわけだからさ。気まずいだろう』
「そもそも、私はここにいられるのかしら?」
『なんで?』
ユウが驚いた表情で私を見る。
「だって、リーナの体だけど、中身は違うから」
体はリーナだけど、中身は家守リンという別の存在で。つまり彼らにとって、私は赤の他人になる。
『俺は、大丈夫だと思うけど』
「どうしてそう思うの?」
『だって、彼らはリーナをとても大切に思っているから』
「だから、私という存在が許せないと思うかもしれないでしょう?」
娘の体を奪った存在なんだから。
『奪ったなんて考えてないか?』
ユウを見る。彼は私の表情を見て、ポンと軽く頭を叩いた。
『奪ったんじゃない。リンは、リーナがいなくなった体に入ってしまっただけだ。それも知らない間に』
「そうだけど、それを話してわかってくれるかな?」
リーナの家族にとっては、それが本当の事なのかもわからないのに。
『リーナの家族がどういう態度を取るのか。それは、明日になってみないとわからないよ。つまり、今考えても答えなんてでないって事だ』
それはそうだけど。
『明日にならないとわからない事を、ずっと考えるのは無駄だ。そんな事をしていると体を壊す。だから今リンがする事は、リーナのために休息を取る事だと思うぞ』
「うん。そうかもしれないね」
リーナの体なのだから、大切に扱わないと駄目だよね。
「はじめてユウを頼もしく感じたかも」
『はじめてって。俺、仕事ができる先輩だって人気だったんだぞ』
「そうなの?」
『あぁ、仕事が丁寧で早いって言われていたんだ』
「すごいね」
『定時で上がらないと、ギルド仲間に迷惑を掛けるし。別のゲームを楽しめないからさ』
「……そう」
ユウの原動力は、間違いなくゲームだね。
そんなにゲームは面白かったのかな? 私もした事はある。パズル系のゲームを時間つぶしのために。でも、それ以外は手を出さなかったな。
『そうだ、リーナ。いや、リンか?』
「リーナでいいよ」
リーナの家族に拒否された時は、リンとして生きよう。それまではリーナのままで。
『精霊が見える事にしたらどうだ?』
「えっ?」
どうして、その部分でウソを吐くの?
『ユーレイが見えるなんて言ったら、リーナのことを聞かれるぞ?』
ユウの言葉にハッとして、周りを見る。
『どうしたんだ?』
「どうして気づかなかったんだろう。 亡くなったリーナはどこにいるの?」
憑依したという事は、この体にリーナの魂はなかった。つまり、リーナの魂はこの体から出たはず。
「ユウ。ずっと私の傍にいたのなら、リーナの魂がどうなったかわかるよね?」
『俺の意識がはっきりしたのは、リーナの苦しそうな声が聞こえた時なんだ』
まだリーナの魂が体の中にあった時かな?
「それで?」
『リーナに声を掛けたんだけど、全然気づいてくれなくて。少ししたら、ぐったりして動かなくなったんだ』
もしかして、その時にリーナは亡くなった?
『でもすぐに、リーナがまた苦しみだして。あっ、もしかしてその時にリンがリーナに憑依したのか?』
「たぶん。それで? リーナの魂は?」
『見ていない』
「えっ?」
『リーナの魂は、体から出ていない』
ユーレイは、魂を見る事ができる。つまりリーナの魂は、まだ体の中にあるの?
胸に手を当てる。まぁ、こんな事をしたところでリーナの魂がここにあるのかなんて、わからないのだけど。
『なぁ』
ユウを見ると複雑な表情をしている。
「どうしたの?」
『リーナは呪いで亡くなったんだよな?』
「うん」
『アニメや小説だと、呪いが魂を吸収するという事があるんだけど、あるのか?』
呪いが魂を吸収?
「聞いた事はないけど、呪いは専門外だから……どうなんだろう?」
人を殺すほどの呪いには動いている心臓が必要だと聞いた。でも呪いが魂を吸収?
『専門外?』
「うん。だから呪いに付いて詳しくはないの」
『呪いの専門家がいたのか? あっ、研究者か」
ユウの言葉に首を横に振る。
「私たちのいた世界にも、呪いはあったのよ。呪いを掛ける呪詛師もいたし、呪いを解く解呪師もいた」
『呪術師?』
「違う。呪詛師よ。じゅ・そ・し。悪意を持って人を呪う者たちの事」
『呪詛師に解呪師。マジでそんな存在がいたのか?』
驚いているけど、少し嬉しそうだね。
「うん。まぁ呪詛師の多くは、弱い呪いしか扱えなかったけどね」
『弱い呪いって?』
「そうね。一日に一回、足の小指をぶつけるとか。外に出たら、鳥にフンを落とされるとか」
『はっ?』
あっ、すごく呆れた表情をされてしまった。
「確かに地味だけど、毎日起こる不幸だから、じんわり効いていくんだよね」
『ん~。そうか?』
「うん」
数年も続けば、誰もが気にしだすからね。
『強い呪詛師もいたのか?』
「いたわ。私でも知っている有名な呪詛師は三人ね。彼らは呪いで人を殺せるだけの力があったから。あっ、話が脱線しすぎたわ」
『そうだったな。悪い』
なんの話をしていたっけ?
「そうだ、リーナの魂は体から出ていないという事だったわね」
『うん。憑依は、絶対に魂がない体にしたできないのか?』
「うん。祖母からは、そう教わった」
だからリーナの魂がどこに行ったのか聞いたのよ。彼女と話しができれば、彼女の気持ちがわかると思ったから。
「呪いに付いて調べないと」
リーナの魂が、どうなったのか。
『あのさ、呪いで消滅した可能性は?』
「それは……」
呪いに付いて学んだ時に、そんな話は聞いていない。でも、
「ここは私がいた世界とは違うんだよね」
私が知っている呪いとは、別の力を持っている可能性がある。
「わからない。もしかしたら消滅も……ユウが言った吸収も、あるのかも」
呪いで、魂が吸収や消滅するなんて、考えたくもないけど。
『そうか』
はぁ、いろいろと考えたせいかな? 頭が痛くなってきたかも。
『頭痛か? だから寝ろって言ったのに』
まさかすぐに気づかれるなんて。
『熱がぶり返すぞ、寝ろ』
そうね。ユウの言う通りかも。
「うん。おやすみ」
『おやすみ』
リーナの両親を前に、ゆっくり深呼吸する。
しっかりしろ! 私なら、できる。
「あなたは、リーナではないんだね」
リーナのお父さんを見て頷くと、彼は悲しげな表情をして俯いた。
「あの日、何があったのかお話しします」
どこまで話すのか、起きてからずっと考えた。そして、なるべく本当の事を話すと決めた。
リーナが呪いで亡くなったと思う事、その体に私が入ってしまった事。その原因は、私にはわからない事。そして、リーナの記憶を引き継いでいる事など、なるべくわかりやすく話す。
「そう。そうだったのね」
お母さんの呟きに、ギュッと手を握る。
「リーナは、亡くなったのか」
お父さんの呟きに、俯き目をつぶる。




