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短編番外編  作者: こうが


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「1人は嫌で、それでも貴方とはいられない」番外編

報告書作成の裏話。ちょっと下品なのでご注意ください。

1人は嫌で、それでも貴方とはいられない

https://book1.adouzi.eu.org/n3686lc/


「エル、アイリスお嬢様からのご命令です。

対象者を観察、報告書の作成を行うように」


アイリスお嬢様の専属侍女であるカノン様が無表情で私に命令を伝える時、細かい注意がない時こそ、カノン様が激怒していると私は経験として知っている。


冷静な表情の裏には、アイリスお嬢様を蔑ろにされたことへの怒りが渦巻いているのだろう。

アイリスお嬢様は貴族らしい面もあるが、理不尽なことは仰らないし、理不尽な罰も与えることはない。

そしてカノン様は幼い頃からアイリスお嬢様の身の回りのお世話をしているため、その忠誠心は誰よりも深い。

だからこそ、お嬢様を蔑ろにする婚約者達の噂に怒りを覚えている、と容易に想像できる。


「承知でーす。期間は?」


「……貴女はまたそんな言葉遣いを……。お嬢様のハンカチを対象者が持って帰った可能性があります。そのハンカチをどう使うか見届けなさい」


カノン様は断定していないが疑わしいのだろう。

お嬢様もハンカチを全て違う刺繍のものに取り替えていた。

手癖の悪い令嬢だ。


「ノーラ・ヒューミット男爵令嬢……。

男爵令嬢だったんですね」


「歓迎しない方でも、お客様の肩書きくらい覚えておきなさい」


カノン様が呆れたように言うが、あの令嬢には疑問しかなかった。


「だってカノン様、あれはないですよね。

貴族じゃなくて平民の娘さんかと思いましたよ。そもそもお嬢様が招待してないのにお客様って……」


お茶を飲むマナーはそれなりだけど、お嬢様の目の前でわざわざ子爵令息の隣に座ったり顔を寄せて内緒話をしたり、距離感がおかしい。

お嬢様も何度も彼女を招待した覚えはない、と言っていたのに図々しく居座るなんて、とても貴族とは思えなかった。


「分かっています。

令息が対象者をフォルガー家に招待をしないあたり、知られたら都合が悪い相手かもしれません。

それをお嬢様が我慢する必要はないのですけどね」


今は何も証拠がない。

二人とも非常識だけれど、お嬢様が婚約者に不満があるだけ、と流されてしまうだろう。

このままだと婚姻前の不貞すら我慢させられるかもしれない。

―お嬢様のハンカチをどう使うか、で何か変わる可能性があるならば。


「では、これより対象者の観察に入ります」


「頼みましたよ」


「はーい。ま、多分まだ深い仲じゃなさそうなんで、ちょっと時間はかかると思いますよ」


お使いに行く時に会う他家のメイド達から聞く噂話では、手を繋いでデートをしている以上の関係ではなさそうだ。

お嬢様も招かれたお茶会で耳にしているだろう。


「構いません。対象者は恐らく令息を奪う気でしょうから、時間の問題です」


そう言い切るカノン様に頭を下げて、着替える為に部屋に戻る。

男爵令嬢が子爵家に嫁入りを狙うのはいいが、お嬢様を蔑ろにしていることが許せない。


カノン様も怒っているけど、伯爵家のメイド達だってお嬢様をコケにされて怒っているのだ。


メイド服を脱ぎありふれたワンピースを着て、ありふれた茶色の髪を結い上げる。

古いが質のいい手鏡を覗き込めば何の特徴もない女が映っていた。

いつも髪を苦労して結い上げても後ろが難しくてボサボサになる、と嘆いていたら、見兼ねたカノン様が確認できるように、とくださった手鏡は私の宝物だった。


その手鏡をポケットにいれ、トランクを持って向かったのは伯爵家が所有するフラットだ。

その一室から見える街並みを確認し、地形を思い出しておく。

お嬢様が毎月通う劇場と学生に人気のデートコースは少し離れているが、どちらもフラットからは徒歩で移動できる距離だった。

まずは、デートコースにあるカフェに行こうと決めて部屋を出た。


◆◆◆

「対象者と付属品、連れ込み宿に……」


カノン様に任務を与えられて数日、あっという間に二人は深い仲になってしまった。

カノン様の勘の良さを凄いと思うか恐ろしいと思うか……。


二人が入った部屋の隣部屋に入って紙と羽ペンを広げ、ペン先にインクをつけて耳を澄ませた。


「はいはい、書きますかね」


二人が禁断の恋に舞い上がって紡ぐ安い言葉を。

薄い壁では防ぎきれない音が不快だったが、事実だけを並べていく。

書き損じは後で書き直せばいいだろう。

一言一句漏らさぬように、用意した紙が真っ黒になる頃、二人は部屋から出て行った。


「カノン様、結構きついですよこれ」


なまじ目と耳がよく、特徴のない容姿だからよく調査に駆り出されるが、これは中々タフな任務になるかもしれない、と大きく息を吐き出した。

帰りに宿の主人に、あの二人を案内する部屋は固定にすることと、その隣の部屋は私用にすることを依頼した。

二部屋一年分の料金を纏めて払っても、カノン様からいただいてる予算で充分賄える。

彼等からも宿賃をとるのにと思ったが、口止め料だと思えばいい。

恐らくそれもふっかけられたが、それも折り込み済みの予算だった。


「あんまり行く機会ないといいなぁ」


残念ながらその願いは届かなかったが、代わりに不貞の証拠を集めるのは容易かった。

周囲を気にせず歩く二人は気付かない。

他家のメイド達が目撃していることに。

噂はそこから広がっていく。


浅はかな行動をとる二人だから、ハンカチを治安の悪い場所で落としてお嬢様の悪評を広める程度はするかと思っていた。

そうしたらすぐにでも報告書を纏めて伯爵家に帰れたのに。


恐らく初めて二人が同じ部屋で過ごした日から数か月、ハンカチは未だに見つからない。

昼間は学園に向かう二人を見送り、学園から出てくるまでは体を休める。

交代要員の打診をされたが、どうしても途中で他に任せるのが嫌だった。

最初からもう一人割り当てて貰っていれば良かったか、と溜息が出た。


「……対象者劇場に」


疲れもそろそろ溜まってきた頃、対象者が今までとは違う行動をとり始めた。

対象者に気づかれないように、対象者が向かった階段がよく見える場所に身を潜めた。


周囲を見渡した対象者はハンカチを階段上に落とし、階段を降りると下に横たわった。


ワンピースには汚れもなく、帽子も落ちていないのに。

目立たぬようにワンピースを着ているのだろうが、いつもより質素なのは地面に横たわるつもりだからだと容易に想像できる。

まさかこんなお粗末な状態で落ちたと思うバカはいないだろう。


付属品が対象者を発見し、落ちているハンカチを広げていた。


「刺繍確認、お嬢様の紛失したハンカチで間違いない」


そのまま階段を駆け下りた付属品が対象者を抱き起こした。


「アイリスめ!何故こんな酷いことを……!」


「バカいたわ」


顔を真っ赤にして怒る付属品に呆れてしまう。

この様子だと、半年前からお嬢様のハンカチの刺繍や劇場を訪れる頻度が変わったことも知らないだろう。

お手紙で伝えていたと仰っていたが、覚えていないか、読んですらいないと思った。

対象者は付属品を健気に宥めているが、休める場所に、と誘いをかけている。

流石にそれで気付くかと思えば、揃っていつもの連れ込み宿に向かって行った。


「……元気じゃん」


呆れたが最後の仕事になると確信し、確保している部屋に向かった。


盛り上がった二人は婚約破棄からの流れを楽しそうに語っていた。

カノン様の血管が切れるかもしれないな、と報告書を書き続ける。


完成した報告書のインクが乾いてから部屋を出る。

付属品は明日伯爵家に向かう計画らしい。

確実に在宅している時を狙っているのだろう。

急いで報告書を仕上げなければ。


「徹夜かなぁ」


フラットに戻りデスクに向かう。

報告書は定期的に送っていたが、これが最後だと思うとペンが踊る。


寝不足も相まって情感豊かな報告書になってしまう。


「あーっと、若い二人は燃え上がり五回の交合でも満足せずに……、一回が短いのは若さ故の愛情が先走り……で、古ぼけたベッドの上で叫ぶように令息は恋人の名前を呼んでいた、と。こんなもんか」


夜明け前、眠い目を擦り報告書を見直した。

腕を頭上に伸ばすと背中の骨がパキパキ音を立てた。

首を回して立ち上がり、書き上がった報告書を鞄に詰めカノン様の元に戻った。


◆◆◆

「エル、私は報告しろと言いましたがここまで書きなさいとは言いませんでしたよ」


今まで送っていた半年分の報告書を片手にカノン様が私に言う。


「そうですか?あんまり動きがなかったので臨場感があった方がいいかと思いまして。

これ昨日の報告書です」


「ご苦労でした。お嬢様を陥れるようなことをした令息が本当に押しかけてきたら、この報告書の写しを子爵家当主と奥方に直接届けなさい。

旦那様の許可はいただいていますから安心なさい。

……まったく、こんな姑息な手を……エル?最後の最後に何故このような報告書を?」


連れ込み宿に移動してからの報告書にカノン様の目が据わる。


「ご家族に届けると思いましたので。

このまま有耶無耶にされたくありません。この報告書を読んで、それでもお嬢様と結婚させようなんて思わないですよね」


新聞社にも持ち込んでいるから、公開されれば名前は伏せられていても気付く人々は多いだろう。

旦那様から手紙で受けた指示は端的だった。


『思う存分やれ』


カノン様にその手紙を見せ、旦那様の許可があったと伝えておく。


「……そう。旦那様もお怒りね。あの二人の噂は真実として広がっています。

お嬢様を揶揄する声も、許しがたいことですがありました。

ですが、こんな愚かしい真似をしたならどちらに非があるかはわかるでしょう」


カノン様の眉間の皺が深くなった。


「さっさとお二人の真実の愛を公表してしまいましょう。

後ほど新聞社にお嬢様の婚約破棄と真実の愛を掲載するように依頼しておきますよ」


欠伸を抑えてカノン様に伝えた。


◆◆◆

「お嬢様、こちらがエルからの報告書です」


「ありがとう、カノン、エルもご苦労様。

エルにはお休みと、見合った褒賞をお願いね、カノン」


アイリスお嬢様の言葉に頭を下げてお礼を述べる。

報告書を読み進めるお嬢様の表情はどんどん抜け落ちていった。


「愚かだわ……。お茶会でご親切な方々が言っていた通りね。

それで、この『真実の愛』はどれくらい強いのかしら?」


お嬢様に問いかけられたカノン様が私を見て答えを促す。

私は少し考えた。


「そうですね、蜘蛛の横糸くらいの強さかと思います」


「分かりづらいわ」


お嬢様が薄く笑った。


「その令息の理性と同じ強さです」


「理解したわ、ありがとう」


姑息な手を使う令嬢と真実が見えない令息の真実の愛とは何とも滑稽だと笑ってしまう。


「明日キースが訪ねてきたら報告書を子爵家に。

お父様にはランチ・ティーが終わる頃に渡してちょうだい。きっとキースがくるのはお茶会の時間だと思うから」


「かしこまりました。エル、子爵家への手配は任せました。

新聞社へも、明後日の朝刊で真実の愛の祝福を公開するように調整しなさい」


「承知いたしました」


これから自分がやるべきことを組み立てる。

先に子爵家への手配からしてしまおう。

報告書を加筆して、娯楽書として新聞社に出版を依頼しているのはカノン様には内緒だ。

旦那様は知っているので問題ない。


私からは、お嬢様は少し迷いがあるように見える。

終わりは確定しているのに、寂しさがあるのだろうか。

優しい方だから、余計にあの付属品が許せない。


―何か、きっかけがあれば、未練もなくなるのだろうか。


私はただこれからを待つしかなかった。


これを本文に入れ込むと色々崩れそうだったので番外で昇華。

ここから本編に繋がります。

家族にばれると嫌な内容。

宿屋が一番得してる。

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