#018 ルルネ様、本を読む
ENOにおいて「情報」は非常に価値のあるものだ。
通常のゲームにおいての情報は一人一人のプレイヤーがクエストの場所や、装備のステータス、エリアマップ、攻略情報などを調べ、そうした情報が攻略サイトなどで共有されていく。
しかしENOではそうではない。
無限とも言えるキャラクタービルド、広大すぎるマップ、隠されたエリアやクエスト、装備、解明しきれないほどの製作レシピ。
情報量が一般的なゲームと比べて桁違いなのだ。
1プレイヤーが調べきれないほどの膨大な情報量。
それはつまり個人で見つけた情報は、公開しなければ独占できる可能性がある、ということだ。
自分だけが知っているスキル、自分だけが知っている経験値稼ぎマップ、自分だけが知っている攻略情報。
そうした情報を持っているのといないのでは、そこに大きな差ができる。
だからこそENOにおいて情報は隠蔽され、ゆえに高い価値を持っているのだ。
文字通り「情報は金なり」で、高値で取引される。
個人でも簡単に調べられる情報は攻略サイトなどでも見つけることができるが、それ以上の情報は殆どが友人間、もしくはギルドでのみ共有される、というのはENOの常識だ。
ではENOではどのようにして情報を集めるのか。
方法はいくつかある。
一つは情報を持っている人に近づいて聞く、もしくは情報を買い取る。
一つは自分の足で検証し、情報を得る。
あるいは――
「図書館に着いたのじゃ!」
「図書館ではお静かにしてください」
「……はいぃ」
私は「心核」や「ネームドモンスター」などの情報を調べるために、前回の配信で視聴者さんが教えてくれた始まりの街の図書館に来ていた。
つい、いつもの流れで実況して司書さんに怒られちゃったけど、今日は配信はしていない。
ま、読書するだけだし、プレイしているところを全部配信してたら疲れちゃうもんね。
っていうか、配信を始めてから私、確実に独り言が増えた気がする……。
き、きっと気のせいだと信じたい。
それにしてもファンタジーゲームの図書館というから小規模のものをイメージしてたんだけど、この図書館はかなり大きい。
大きめの洋館一軒を丸々改装したのか、地下も含めると全4フロアの図書館内はざっと見ただけでもそれなりの人数が読書を楽しんでいるのが見える。
館内の人達をこっそり鑑定で調べてみると、その殆どが現地のNPCであることが分かった。
図書館は情報の確実性は高いけど、VRゲーム内での読書というのは時間がかかるし、ゲームを優先して遊びたいというプレイヤーは多い。
私は好きなゲームの設定資料集とかを読み漁るのが苦にはならないタイプの吸血鬼なので、図書館訪問には内心ワクワクだ。
カッコいい設定を作るのも日々勉強なのだ!
というわけで、勉学の時間にしよう。
私はさっきの司書さんに声をかけた。
「すまんのぅ、探している本があるのじゃが良いか?」
「どのような絵本をお探しでしょう?」
「え、絵本ではないのじゃ!普通の書籍なのじゃ!……そ、そうじゃのう……『ネームドモンスター』、もしくは『心核』について書かれた本はあるかのう?」
「……申し訳ありません、その言葉は聞いたことがありませんね」
ぐぬぅ。そう簡単にはいかないか。
『ネームドモンスター』も『心核』もゲーム内用語。この世界で生きている住人たちに運営されている図書館でそう易々と見つかるとは思っていなかったけど、いきなり出鼻を挫かれた気分だ。むぅ……仕方がないから、別の方向から聞いてみよう。
比較的ゲームの知識の多い視聴者さんからも、掲示板の人達からも答えを得られなかった称号。
―――――――――
【月の加護】……月の代理人の証。月の加護。もしくは呪い。
―――――――――
「であれば『月の加護』ではどうじゃろうか?」
「……申し訳ございません。そちらについても……あぁ。月、ですか。もしかしたら月の女神様と何か関係があるかもしれませんね」
「月の女神様、じゃ?」
「はい、月の女神ガルシア様、です。」
「なるほどのう、言葉の響き的には確かに関連があってもおかしくなさそうじゃ。すまぬがその女神について記載のある本を持ってきてくれんかの?」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
一礼して奥の書籍棚へと姿を消した司書さんは数分後、手に一冊の本を持って戻ってきた。
「こちらになります」
「んむ、感謝するのじゃ」
立派な皮で装丁された一冊の本。
美術品としての価値もそれなりに高そうな、分厚い書籍。
表紙は【オストニアの神話と歴史】と書かれているのが読み取れる。
私は【オストニアの神話と歴史】を持って、適当に落ち着いて読書ができそうなスペースを探すと、腰を下ろしてページを捲った。
――――――――――
【創世の章】
昔々――この世界『オストニア』に何も存在していなかったはるか昔。
オストニアには二柱の女神が居ました。
一柱は心優しい太陽の女神、ノーマリア。
もう一柱は冷酷な月の女神、ガルシア。
二柱は協力して世界を作りました。
やがて世界には大地や海、風、光や闇、空や雲、様々なものを作りました。
最後に二柱はこの世界の住人を作りました。
太陽の女神ノーマリアは生物を。
月の女神ガルシアは魔物を。
オストニアには人間や獣人、エルフやドワーフ、そして魔物達が生み出され長い間、皆は平和に暮らしていました。
しかしある時、月の女神ガルシアは言いました。
「この世界を支配するべきは完璧なる種である魔物たちである」と。
そしてオストニア中の魔物達を率いて、その他の種族に攻撃を仕掛けました。
魔物はガルシアによって生み出された戦闘種族。
今まで戦いなんてほとんど経験したことのない、そのほかの種族とは圧倒的なまでの差がありました。
魔物たちに蹂躙されていくオストニア。
全ての種族を愛していたノーマリアは、魔物達からそれ以外の生物を守るため、ガルシアを止めようとしましたが、古き盟約により神と神同士は傷つけ合うことはできませんでした。
困り果てたノーマリアは一つの名案を思い付きました。
この世界の種族の代表達に加護を与え、この困難を乗りきってもらおうと。
人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔人、吸血鬼
、竜人、鳥人、機人。
それぞれの種族の代表九人にノーマリアは太陽の女神の加護を与えました。
加護を得た九人は自らの種族を率いて、魔物たちと戦いました。
九人と魔物達の戦いは熾烈を極めましたが、必死に戦い、傷付きながらも月の女神ガルシアの眼前まで迫りました。
ガルシアが口を開きます。
「死に急ぐとは、やはりお前達は支配者に相応しくない」
戦いの火蓋が切って落とされました。
九人の英雄達は平和のために命をとして戦いました。
しかしいくら女神の加護を受けたとはいえ、相手は本物の神です。
九人は防戦一方でした。
ついにガルシアによって止めの一撃が振るわれようとした、その時です。
突如、ガルシアの背後にノーマリアが現れました。
それと同時、ノーマリアの生み出した聖なる鎖がガルシアの体を縛り付け身動きを封じていきます。
傷つけることが出来ないのであれば、封印をしてしまえばいい。
九人が作った一瞬の隙。
その一瞬をついて、ノーマリアは全ての力を使ってガルシアを封印しようとしたのです。
ガルシアの全身に鎖が巻き付き、時空と時空の狭間へと転移が始まります。
全ての力を使い果たし、今まさに消滅を迎えようとしているノーマリアは転移によって同じように体の消えかかっていたガルシアの最後の言葉を聞きました。
「私はこの地上を魔物たちの手に取り戻すため、必ず戻ってくる……今度こそ……ノーマリア、お前という邪魔者が居なくなった世界を蹂躙するなど容易い……」
「我が下僕、九体の厄災――【千針】、【朱翼】【白鯨】、【餓群】、【不変】、【侵食】、【月爪】、【骸王】、【残響】達よ。いつか私が戻ってくるまで、地上を思うがままに呪うが良い……!」
こうして月と太陽の女神の戦争は終わりました。
戦争で活躍した九人は【九英雄】と呼ばれ、世界中から称えられました。
オストニアを管理していた二柱の神は姿を消し、地上はその創造物の物となりました。
しかし月の女神ガルシアは、今でも自身を縛る封印を破ろうとしているでしょう。
そして、どこかにいるであろう九つの厄災も、倒さなくてはならないでしょう。
女神なき現代、魔物と人との争いもまだまだ続いています。
この世界が抱える脅威は多く、問題は山積みです。
だからこそ人々神なき世界であっても祈るのです。
世界を救った九英雄の再来を。
世界を覆う暗雲を打ち払う英雄達の誕生を。
いえ、もしかしたらこの本を読んでいる貴方が、世界を救う九英雄となるべき者なのかもしれません。
*
――――――――――
むぅ。
随分と興味を引かれる単語がちらほらと出てきていたね。
月の女神ガルシアの語る「九つの厄災」。
この中には私が倒したガロウの二つ名である【月爪】の名前が記されていた。
もし九つの厄災がネームドモンスターのことを指しているんだとしたら、ネームドモンスターは全部で9体居るってことかな…?それとも名前が被っただけの偶然?
【オストニアの神話と歴史】において九つの厄災はガルシアの下僕とされている。
その下僕を倒したのに、ガルシアの加護を得られるなんて、少し違和感がある。
『月の加護』のテキストには「もしくは呪い」なんて記述があるから、純粋な加護じゃ無いのかもしれないけど。うーん。
いや、そもそも月の加護の「月」というのが月の女神ガルシア。九つの厄災がネームドモンスターのことだと仮定するのであれば、だけど。
ぬうぅ……。
結局こところ確信は得られなかったけど、色々と考察できる材料は得られた、って感じかなぁ。
ちょっとだけゲーム内の世界観説明回です。
なんだか「おはなし」って感じの文章を書くのって難しいんですね…。




