#012 ルルネ様 対 【月爪】 ②
「――【符術・黄雷道】!」
数秒にも満たない一瞬の膠着状態。
最初に動いたのは澪音だった。
澪音が投擲した呪符がガロウに命中すると、激しい紫雷がガロウに纏わりつくようにして襲いかかった。
「……グッガアァ!」
激しい明滅と放電音が周囲に響く。
「姉さん、離脱を!」
「う、うむ!」
放心していた私は、澪音の言葉にハッとすると慌ててガロウの眼前から後方に跳躍して距離を取る。
「【符術・黄雷道】には敵を麻痺させる効果があります!今のうちに!」
「さっきの重力なんちゃらはもう無いのじゃ!?」
手持ちの回復ポーションをがぶ飲みしながら尋ねる。
正直万全の状態のガロウと戦っても勝てる気がしないんですけど……。
「無理です、姉さん。結界術は符術スキルの奥義、クールタイムがありますので再度使用できるのは1時間後です」
「はひぃ……」
「仕方ありません、当初の予定とは異なりますが、このまま殴り合いをしましょう。――主に姉さんが」
「鬼じゃ!鬼がおる!」
半分涙目になりながら悲鳴を上げるも、確かに選択肢はそれしか残されていないのも事実だ。
くそぅ、後方から安全に戦えるように、もっと魔法能力も鍛えておくんだった……!
し、しょうがない!
女は度胸だ!
ポーションの回復でHPが満タンになったのを確認して、私は斧を構え直す。
「【符術・活性霧】」
澪が私の背中にぺたりと呪符を張り付けてくれる。
「対象の全ステータスにバフ(増強効果)がかけられる、符術の基本スキルです」と澪音が事前に説明してくれていたスキルだ。
「前にも言いましたが、【活性霧】は各ステータス、10%の上昇バフがかかります。ステータスの値が大きいほど効果が強まりますが……姉さんの場合は攻撃と素早さ以外は上昇していないものとお考え下さい」
「充分、じゃ!」
ふふふ、愛しの妹からのバフなんて、やる気も上がっちゃうよね。
私は地面を蹴ってガロウに接近する。
まずは一撃!
「【唐竹割り】じゃあッ!」
ガロウの頭部に斧を振り下ろす。
少し扱いの難しい斧スキルだけど、動きの封じられた相手に命中させることなんて容易い。
「グッガアアアァ!」
「ッ!?」
「3、2、1、――姉さん、麻痺効果が切れます!」
「み、澪音、スキルの効果時間とか数えておったのか!?お主ほんと天才じゃなぁ!――ぴいぃッ!?」
ENOに状態異常の効果時間カウントは存在していない。
私と会話しながらも効果時間をカウントしていた澪音の凄さと、頭の出来の違いにちょっとだけ引きつつも、襲いかかってくるガロウの剛腕による横凪ぎの一撃を頭を思い切り下げて回避する。
少しだけ、ガロウの動きに目が慣れてきた。
ガロウの爪の範囲は正直それほど広くない。
攻撃範囲はある程度戦って分かったし、攻撃そのものは速いけど、腕の動きに注視していれば、事前に範囲外に逃げてしまえる。
ガロウの動きに集中していれば、避けるのはそれほど難しくない。
ガロウの攻撃でむしろ注意しなくてはいけないのは――
「ガアァァァァッ!!」
ガロウが姿勢を低くして構えると、地面を踏みしめてその巨体ごと突撃してくる。
その体の大きさに見合わない俊敏さと、触れたもの全てを粉砕するであろう威力を秘めているのが容易に想像がつく突進。
おそらくガロウの最大火力、最大範囲を持っているのがこの技だと思う。
純粋に質量はイコールで威力だ。
爪のかすり傷ですら致命傷になる私だ。
突進攻撃が命中すれば……ミンチどころの騒ぎじゃない。
「【符術・呪霊礫】!」
「ま、【魔眼】じゃ!」
迎撃しようと放った私と澪音のスキルを受けても突進は止まらない。
でも、動きは微かに鈍っている。
「のっ、じゃあぁぁぁ!!」
半分涙目になりながら地面を転がり、突進の範囲外に何とかして逃れる。
し、死ぬかと思った!
うぅ、せっかくの若草装備が土まみれになってくよぅ……。
「姉さん!また来ます!」
「ぴッ!?死んじゃう!ほんと死んじゃうのじゃぁ!?」
ガロウが姿勢を再び低くしているのが見える。
向こうもさっきのやりとりで、この技の有効性を認識したみたいだ。
熊は頭の良い動物って聞いたことあるけど、何もここまで良くしなくてもいいじゃない!
「グッ、――ガアァ!」
砲弾のような突撃。
魔眼スキルの再使用時間が戻ってない!
「【符術・土龍壁】!」
澪音の投げた呪符により、私とガロウの間の地面が盛り上がり土壁が生み出されるが、ガロウの突撃に一瞬だけ拮抗して無惨にも砕け散る。
私はそれと同時に駆け出した。
ガロウの突進は土壁によって速度は少し落ちたものの、それでも突進は止まらない。
「ぎにゃあぁぁっ!?」
地面を滑り込むようにして回避を試みる。
ギリギリで転がった私の真横をガロウの巨体が横切り―――
「しまったのじゃ!!」
「ッ!?――【裏符術・爆流焔】!」
私と澪音の声が重なる。
ガロウは私を横切ると、そのまま狙いを変えて澪音に向けて進行方向を変えた。
いや、そうじゃない。
最初から狙いは私ではなく澪音だったんだ。
私を狙っているかのように見せかけたのはブラフ!
迎撃の為に澪音の発動したスキル、【爆流焔】によって生み出された爆発が呪符を中心に生み出され、ガロウの全身を焼く。
「ッガアァァァァ!」
澪音の持つ最大火力の符術スキルをもってしてもガロウの突進は止まらない。
「――ッ!」
「澪音っ!?」
正面からガロウの突進を受けた澪音の体が弾き飛ばされ、地面を転がった。
「澪音!しっかりするのじゃ!」
「…っ……う…」
澪音の体が始まりの街に戻されていないことを考えると、死亡扱いにはなっていないみたい。
私と同じ布製装備なのに、あの突進を正面から受けて死亡しないのはさすがは高レベルとプレイヤーのステータスだ。
思わず私は安堵の吐息を漏らした。
だけど突進の衝撃か、それともスタン効果がついていたのか、澪音が立ち上がらない。
ぐったりした様子の澪音の胸元が微かに青白い光を放っているのが見える。回復スキルか何かを発動しているのかもしれないけど、それでもすぐに動ける状態じゃないのは確かだ。
「貴様ッ、よくも我の大切な家族に手を出してくれたのうッ!!」
澪音を戦線離脱と見たのか、次はお前の番だとばかりに向き直るガロウと目が合う。
もう絶対許ぬ!
真祖たる我に歯向かったことを後悔させてやるのじゃ!
「グルル…ッ…」
ガロウが姿勢を低くした構えを取る。
また突進だ。
こうなったら少しでもダメージを与えて――
ん?
今微かにガロウの体がぐらついたように見えたんだけど……?
それに心なしかガロウの鳴き声に最初の頃のような迫力が無い。
もしかして……
もしかしてだけど、ガロウも余力が無いの……?
考えてみれば私もガロウにはかなりの回数の攻撃を入れてる。
それにさっきは火力低めの符術スキルとはいえ、最前線プレイヤーの、その最大火力を至近距離で受けているんだ。
ガロウのHPバーが見られないので正確なところは分からないけど、かなりのダメージが蓄積されていてもおかしくないよね……?
もしあのぐらつきがガロウの攻撃を誘う演技だとしたら勝ち目は無いけど、もし向こうも瀕死なら……。
そう、仮にあと一撃……。
あと一撃くらいなら何とかなるかもしれない!
それで倒れなければ後のことは知らない!
「ガアアッ!」
ガロウが咆哮すると、地面を踏み込んで私に突貫してくる。
「勝負ッ!」
回避するだけではガロウには勝てない。
大きく回避するのではなく、最小限の動きで避ける!
その為にも――
相手の動きをよく見ろ
よく見ろ
よく見ろ
「そこじゃあッ!」
眼前に迫ったガロウの突進、それに合わせて私は一歩半分斜め右に歩を進める。
「ッ…う…!」
ガロウの肩口が体にぶつかり衝撃と、風圧で体が持っていかれそうになるのを、なんとか踏ん張ってこらえる。
ここで負けたら澪音に合わせる顔がない!
ぐんぐんと視界端のHPバーが減少していくのを横目で見ながら、私は斧を振りかぶる。
「【反撃】じゃああぁッ!」
私はまだ一度も発動に成功したことのない【反撃】スキルを発動させた。
――――
【反撃】:Lv1
敵の攻撃時に合わせて攻撃を加える事で、大きなダメージを与える
――――
攻撃を避けられたことに気がついたガロウが振り向いて私を狙い腕を振るうけど、もう遅い。
【反撃】のスキルによって微かに光を宿した両手斧がその腕よりも速く、ガロウの頭部に命中する。
「グッ……オオオォォォォォォ!!!!」
凄まじい断末魔が周囲に響き渡る。
斧が少しずつ深く沈んでいく感触が、その手元から伝わってくる。
「終わり……じゃああぁぁ!」
私がそのまま斧を振り抜くと同時に、ガロウの体が崩れ落ちた。
「く…くくっ……見たか……我々の、勝利、じゃあぁぁぁ!!!」
ポリゴンの破片となって消滅するのを横目に、斧を掲げ、勝利にうち震える。
胸の奥から沸き上がる歓喜。自然と笑顔が浮かんでくる。
強敵との戦い、そして勝利。やっぱりRPGというのはこうでなくちゃ!
レベルアップ通知、スキルレベルアップ通知、アイテムドロップ通知、称号入手通知、獲得経験値通知。
様々な通知が視界端のメッセージログに流れていく。
あまりの通知量の多さに目が滑り、【live視聴者数ランキング2位になりました】という通知を見逃していた事に私が気が付いたのは、翌日になってからだった。
符術スキルは「様々なお札をもって場を潜り抜ける」という某昔話がコンセプトです。
他の魔法スキルとは違って使える魔法の多さが強みですが、どの技もクールタイム(再使用できるようになるまでの時間)が非常に長く設定されています。




