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小さな武士 壱

千夜は、喘息が治る日まで、土方の目を盗んでは、部屋を抜け出し竹刀の素振りをし続けた。


土方は、それに気付きながらも、ただ、見守る事しか出来ない。


喘息が治ったのは、5日後の事であった。

いつもの生活が、再びやってきた。


試衛館にも足を運ぶ回数が増え、千夜は沖田に

話しかけるがいつも、素っ気ない返事しか返ってこない。


千夜が稽古をしてる時は、沖田は、中庭で1人で竹刀を振っていた。


「嫌われちゃったかな……?」


まるで、避けられる様に感じた千夜は、1人そう呟いた。それでも、試衛館に行く時は毎回、お団子だけは欠かす事は無かった。


千夜が喘息の発作を初めて経験してから、4か月たった頃。季節は、秋になろうとしている頃だった。


「————っ!痛いな…」


見事にボコボコにされた。見えない場所ばかりよく狙うね。あの猫たちは……

こりゃ、よっちゃんにバレたらここ来れなくなっちゃうな……。


「強く……なりたいなぁ。」


そんな声が虚しく響いた。




「「試合?」」


目をクリクリさせて、近藤さんを見つめる宗次郎と千夜。


目ん玉落ちんじゃねぇか?と、土方は、フッと笑った。


「ああ、明後日な試合をしようかと思ってな…」


どうだ?と、聞いた近藤。その前には、千夜と宗次郎の姿。


「やります。」

「私もやる!」


千夜がやると言えば、宗次郎は、千夜に視線を向けた。

「遊びじゃないんですよ?」

「遊びのつもりないよ?」

「……」


宗次郎は、千夜が稽古をつけてもらってるところなんか見たことなかった。自分の稽古が終われば、目立たない場所で一人で訓練していたからだ。


試合か……


自信なんてない。でも僕は、近藤さんの為に、全力でぶつかってみせる!



試合が決まった次の日。

千夜って子はこなかった。


「近藤さん、土方さんは?」

「あぁ、歳は、今日はこられんなぁ……」


「…そうですか…」


何だろう…


なんかすごく、寂しいな……。


ごはんの時間、また僕のごはんはひっくり返って床の上。それを一人片付けていた。


「宗次郎いるか?」


なんで?今日は来ないって……。


スー


「おう、いたいた。あー。またか?ちぃが言ってた。お前の部屋よく猫が暴れるんだって?」

退治しないとなぁー。


そう言って部屋にズカズカ入ってきたのは、土方さんだ。


僕の部屋、猫なんて来てませんが…?何したら

そんなに猫が暴れるんですか?と聞きたくなる。


「ほら、団子だ。ちゃんと食え。な?」


なんで?こんなにも似てるんだろうか。千夜って子と土方さん……。


もらった団子は、少ししょっぱかったんだ。


「宗次郎、ちぃがな、倒れたんだ。」


何を言ってるんだ?昨日だって元気だった。人が急に倒れるなんてありえない。


「嘘ですよ。明日の試合、出たくないからでしょ?」


「なぁ、宗次郎。あいつは、明日必ず来るぞ。

自分が辛くても必ず。な?」


倒れたのは本当?なんで?どうして?聞いていいの?僕、別に仲良かった訳じゃない。


————聞いていいの?……気になる……


「……。あの、土方さん、」

「ん?」

「あの子はなんで倒れたの?」

「喘息だ。」


喘息?って言われても、あんまりパッとしない……。よく知らない病気だから。


「大丈夫なの?」

「熱が高い…」


だったら、ここで呑気にお茶を飲んでる場合じゃないじゃないか?


「土方さん、帰った方が…」


「ちぃがな、宗ちゃんがまた猫に悪さされてるから行ってやってだとよ。」


また、猫……?猫なんてきてないのに…。


「お前、わかってねぇな。」

「なにが?」

「あいつ、体中アザだらけだった。」


アザだらけ?

「なんで?」

「猫と戦ったんだとよ。」


また猫?そして、やっと気づく。猫は、いつもお膳をひっくり返す————あいつらだという事を………。


「なんで?あの子には、関係ないでしょ?」


「そうだな。関係ねぇ。でも、気付いちまったんだ。だから、関係ねぇって言えねぇんだよ。

あいつはな……。そういう子だ。」


なに…それ……バカじゃない?


そう思うのに、僕の目から涙がとまらない。

気付いてくれた。助けようとしてくれた。


僕と同じ痛みを抱えた子が……


捨てられたからと、何もかも諦めてた自分なのに…。そんな僕に手を差し伸べてくれてた子がいた。————気づかなかった。


「宗次郎、お前は勝て。近藤さんの為でもなく

自分の為に勝て。お前は強い。もっと、もっと強くなる。こんなとこで、猫になんて負けてんじゃねぇ。」


……自分の為に…勝て……


「……は…い。」


フッ…

「なんだ?今度は花粉症か?お前男だろ?

さっさと顔ふけ。」


土方さん、花粉症に男とか関係ないです。




千夜って子は、次の日、本当に来た。土方さんに抱き抱えられて……。


無理だよ。こんなんで試合なんて。そう思ったのは僕だけじゃない。


「土方、そんな子を試合なんて、ふざけているのか!」

「……ふざけてませんよ。」


ゴホゴホッ


「周助先生…ハァ……試合、やらせて下さい。」


土方さんから離れて頭を下げる。千夜ちゃん。


「無理だ、そんな体で……」

「だったら、今ここに敵が現れたら、その人は見逃してくれるんですか?」


「………」


「見逃してはくれません。体調が悪いからと

見逃してくれる敵は、居ません……ゴホゴホッ」


「これは試合だ!」


「試合でもいつも万全ではありません。自分が不利な程、実力がわかるんじゃないですか?周助先生。」


「そこまでして、やる必要は————」

「あります!

自分の為に実力は、知っておく必要…ありますよね?」


誰も何も言えなかった……


ただ土方さんだけは、そんな千夜を見て、満足そうに笑ったのだ。


そして、試合が始まる————。


千夜ちゃんの目つきが、一瞬にして変わった。さっきまで苦しそうにしてたのに、木刀を持った瞬間、道場の空気さえ変えてしまった。


「始め!」


相手は、千夜ちゃんより体格のいい男だ。勝負なんてついてる。


皆、体格のいい男が勝つに決まっている。そう思っていた。


カンカン!シュッ


千夜ちゃんの身のこなしが、素早い。


「早い…」

立て直しが……。


試合中にも関わらず声が出てしまった。


「あいつは、力がないから早く動かねぇとやられっちまう。」


隣に座ってた土方さんが口を開いた。


バシンッ


「勝者千夜!」



……勝った…


あの体格差で、千夜ちゃんが勝った。あの体で……


ゴホゴホッゴホゴホッ


あんな咳してるのに、この子……すごい。


「ちぃ、よく頑張ったな。」


身体を心配せず、褒めた土方に少し驚く。


「大丈夫だよ。」


大丈夫に見えない…

「早く寝かした方が————」

「見てるから、宗ちゃん。ちゃんと見てるから」

「何を言ってるの?そんな試合より!」

自分の身体のが大事でしょ?


「いましか……見れない。宗ちゃんが、がんばってるの今しか見れないよ。」

「試合ならいつでも、見れるよ!」


「違う。今日、宗ちゃんは……強くなる。

私は見ていたい今日の————沖田宗次郎を。」


————…今日の僕……?


たかが試合じゃないか。なんでこの子は、そんな事で、必死に辛さを耐えるの?


「運命は自分でしか変えられない。ゴホゴホッ

過去に囚われても前に進めない。


今日、宗ちゃんは、前に進む……。

この試合が、貴方を前に押してくれる。だから見ていたい。」



そんな事……

「前に進めるかわからないでしょ?」


「じゃあ……、なんで貴方は、私に話しかけてくれるの? 」

「なんでって、心配だから!」


「心配してくれるの?ゴホゴホッ」


だってこんな咳をしてるのに心配しない人なんていない。

「宗ちゃん?気づかないの?」


なにが……?何に、気づくの?


「貴方はもう、あの、猫が暴れる部屋に閉じこもってないでしょ?


自分の為に戦おうと思ったんだよね?


誰のためでもなく、自分の為に……。


出会ったばかりの宗ちゃんは、こんなに沢山話さなかった。人の心配なんかしなかった。違う?」


言われて初めて気づく。近藤さん以外どうでもよかった。


土方さん、千夜ちゃん


気になって、いない時は、何故だか悲しくなった。会いたいなぁって思ったりもした。


ごはんの後のお団子も、嬉しくて泣きながら食べたのに、二人が来なければ一人虚しく床を掃除する……。


僕は、二人を待っていた……。無意識に……



……僕は捨てられた子だから諦めていた

人の温もりなんて、もう、感じちゃいけないと

だから、必要に話さなかったし、心配なんてしなかった。


僕はもう、温もりの中に、

————随分前からいたんだ……。































































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