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強くなりたい。


「強くなりたいの!」


山崎に会って早々に、そう言った千夜。


「?なんや、急に……?」

「烝、強いんでしょ?私を強くして下さい。」


頭を下げる小さな千夜は、必死に山崎にお願いをする。

しかし、強くして下さいと言われても、強くなれるか、なれないかは、本人次第……。


まだ、五才の彼女に、教えられる事なんて、ごく僅かだ。


「せやなぁ……。

ちぃは、力弱いから、立て直しを早うすれば

今より強くなれるで?」


「……立て直し?」

「せや。体の立て直し。心の立て直しや。」


そんなので強くなれるの?と、言わん限りに、小首を傾げる千夜は、可愛らしい。山崎は、ニヤケる顔を片手で隠しながら、千夜の問いに答えた。


「後は、せやなぁ。素早さがあれば…。」


素早さか……。



◆◇◆





あれから千夜は、山崎からの特訓を受けながら生活し、試衛館にも何度も足を運んでいた。


今日も、土方と試衛館に向かう途中だ。


「よっちゃん団子買ってこ?」

「あぁ?団子?みんな飯食っただろ?」

「いいじゃん!私が食べたいんだって。」


ちぃは、道場に行くとき、必ず団子をせがむ。自分が食べたいから買ってくれと。


「わかったよ!今日は、みんなの分は無理だぞ?」

「えー、よっちゃんケチ~。」

「人数分買ってたら、破産するわ!」

「そうだねー。よっちゃんの稼ぎじゃね~。」


かなり失礼だぞ…ちぃ。


だが、言い返せないのは、あながち間違っていないからだ。繋いだ手に、頬を緩ませながら、土方は、小さな歩幅に合わせて歩いて行った。


道場につくと、

ちぃは、必ずあいつのとこに行くんだ。あいつに団子を渡しに————。



僕はごはんの時間が一番嫌い。


「あ、足が滑った。」

「俺は手が…」


兄弟子達の言葉の後、バシャンッと音を立てて

僕のごはんは、地に落ちる……。それはもう、食べ物ではない————。


踏みつけられて、味噌汁もただの床の汚れと化す。


悔しくないわけじゃない。だけど何処かで諦めてる自分がいる。


————どうせ僕は、捨てられたんだから。



しばらくして、パタパタと足音が聞こえてきた。


————あぁ。また、あの子だ。

メンドくさいな……。


「宗ちゃん?」


ほら。やっぱり……。

だがしかし、今日は、いつもより、来る時間が早かった。宗次郎の食べるはずだった御膳は、物の見事にひっくり返ったままだ。


「入ってこないで!」


見られたくなかったからか、いつもより大きな声が出てしまった。


しまった。


そう思って、宗次郎は、千夜と視線を合わせた。


「ヤダよ。あーあ、こんなにして…。猫がまた暴れた?」


猫?猫なんてきてないし、暴れてもない。


僕の反応なんて御構い無しに、千夜って子は片付けを開始した。


別に、仲が良くなった訳でもないのに、僕を宗ちゃんって呼ぶ。


片付けが終われば、いつものようにお団子を机に置いて行くんだ。


片付けたら、すぐさま部屋から出て行ってしまうんだ。「ちゃんと食べてね。」って言葉を残して————。


今日も、そう言って立ち去っていった。


なんで僕に構うの?そんなに僕は哀れ?


空になったお膳を片付け様と、御膳を手に部屋を出た。


たまたまだったんだ。聞く気なんか無かったのに、偶然、縁側で話していた土方さんと近藤さんの話しを僕は、

聞いてしまったんだ————。


「歳、あの子。まだ両親か身内は見つからんか?」


「あーもう二年もたつんだが、手がかり無しだ。あっちこっち、連れ回っては見てるんだがな…」


「可哀想にな。女子なのに……。」


「フッ。近藤さん。あいつに女子って言うと怒られるぞ。」


「女子だろうに…」


「嫌なんだと。そうやって女、男って区別されるのが。あいつは強くなるぞ。親が見つかっても手放したくねぇな……。」


「歳、まさか……」


「あぁ?かっちゃん、馬鹿言ってんじゃねぇよ。」


「そうだよな!あははは。」


近藤さんからは見えてなかったんだ。

土方さんが悲しそうに笑ったのを————。


千夜って子は捨て子?しかも女の子?


訳がわからない。だっていつも袴履いて、剣術をしに道場にきてるじゃない。





ゴホッゴホッ


試衛館の帰り道の事、千夜が、酷い咳をしだした。


「大丈夫か?」

「……うん。大丈夫。」


ゴホッゴホッ。ゴホッゴホッ。


苦しそうに咳き込む千夜に土方は、おデコを触ってみる。手に感じた熱さに、土方は、顔を顰めた。


「熱あんじゃねぇか!」


ゴホッゴホッ


ずっと、我慢していたのだろう。涙目で土方を見る千夜は、眉を困った様にへの字にした。


小さな体を抱き上げ、土方は、実家へと急ぐしかなかった。



バタンッ


勢い良く開かれた家の戸。その音に、ノブ姉が反射的に声を上げた。


「なんだい!騒々しい!」


ノブ姉の姿を確認した土方は、

「ちぃが…」


うわ言の様に小さく呟いた。

土方の腕には、グタッとした千夜の姿。彼に余裕の表情などない。


「————っ!医者を呼んでくる。歳三、あんたは千夜ちゃんを寝かして、額を冷やしてやんな!」


そう言ってノブ姉は、医者を呼びに家を出て行った。


言われた通り布団を敷き、ちぃを寝かした。看病なんて、やった事ねぇ。


額に絞った手拭いを乗せ、はぁはぁと、息が荒いままの千夜を見て、どうしたらいいかすら、わからない………。


そしてその時、千夜の小さな手が視界に入った。


毎日、毎日、竹刀を振る、ちぃの手は、血豆や潰れたマメが沢山あった。


剣術を教えたのは俺だ。

だが、痛々しいその手。自分より遥かに小さな手に本当に、剣術を教えるべきだったのか…?と、いつもは考え無い様な事を考えた。



そして、しばらくして、ノブ姉が医者を連れて帰ってきた。

医者が、千夜を見ている間も、土方は、ソワソワと落ち着かなかった。


「……。んー。これは、喘息かのぉ。」

そんな、医者の言葉に、土方は、口を開く。

「治るのか?」


「大麻の葉を煙草にまぜて吸えば、喘息に特効あるのみならず、鎮痛・鎮痙および催眠剤ともなる。」


大麻、この時代。痛み止めなどで普通に出回っていた代物だ。


「煙草って…」


「まだ幼いからな、煎じて飲ませばいい。

また、数日後診にくる。」


薬を置いて、医者は帰っていった。


「……大麻…?あんなん、ちぃに飲まされへん。俺が持っとる、麻黄(まおう)にすり替えな。」


屋根裏で、その様子を見ていた山崎は、そう静かに口にした。


麻黄(まおう)これには鼻詰まりに効果のある成分プソイドエフェドリンや、気管支喘息に効果のある成分エフェドリンが含まれる。現代にも、漢方として残っているものだ。


ゴホゴホッ!ゴホッ……。


山崎は、土方が部屋を出た隙に千夜の眠る部屋に忍び込んだ。


薄っすらと目を開いた千夜は、山崎の姿を捕らえた。


「……す、すむ?」


ゴホッ


「しーや。」

顔の前で、人差し指を立てた山崎を見て、千夜は、コクコクとうなづいた。


「ええか?苦しなったら、誰かに背中軽く叩いて貰うんよ?そしたら、痰が出るようなるからな。」


「……お医者さんなの?」


「せや。お医者さんやってん。すぐ、ようなるから、ええ子に寝とるんよ?

苦しなって、誰もおらへんかったら俺を呼ぶんよ?」


「わかった。」

「ええ子や。」


そのまま、スーッと眠ってしまった千夜。それを見て山崎は、熱い額に手を置き、顔を歪めたものの、物音が聞こえ、すぐに屋根裏へと戻ったのだった。


スッと、開く襖。土方が部屋に戻って来たのだ。


土方は、千夜の眠っている姿に安堵した様な表情を見て、温かくなってしまった手拭いを水につけ固く絞ってまた千夜の額に再び乗せた。


「……よっちゃん…」


目が覚めたかと思ったが、スースーと寝息が聞こえる。どうやら、寝言だったみたいだ。


「俺は、ここに居る。」


千夜の指先を握ったら、彼女が笑ったように見えた。


丑三つ時も過ぎたころ。

ウトウトと睡魔が土方を襲う。無理もない。行商を終え、試衛館で稽古をして来た後の事だ。普通にしていても、眠い時間だ。しかし、


ゴホゴホッ

ゴホゴホゴホッ


その咳に、土方は目を覚ます。


「……大丈夫か?」

「だい……ゴホゴホゴホゴホッ」


ヒューヒューと、呼吸がオカシイ事に土方は、気が付いた。


ゴホゴホと咳き込む千夜。


「……よっちゃん…苦し……」


それ以上言葉が続かない。


苦しんでる千夜を目の前に、どうすればいいか、わからない。


屋根裏で、山崎ももどかしそうにその姿を見ていた。



バサッと、何か落ちる音がして、土方は、そちらに視線を向けた。先ほどまであったのかも定かでは無いものがそこには、あった。


「……書物?」


喘息と書かれた書物が、何処からともなく落ちてきた?まさかな。多分、医者の忘れ物だろうと、土方はその書物を手に看病をしだした。


書物を落としたのは、山崎であった。無論、医者の忘れ物などでは無い。


千夜が、再び眠りについたのは、日が昇った後だった————。



眠った千夜を見て、ふーっと息を吐く土方。千夜の横に自分もゴロンと寝転がれば、瞼が勝手に閉じていった。


それを見て、山崎は、部屋に下り千夜の熱と脈を見る。


「……ヒヤヒヤしたわ。でも、まぁ、初めてにしては上出来や。」


山崎は、千夜の薬を大麻から麻黄にすり替えた。そして、部屋から屋根裏へと戻ったのだった。


日が昇り始め少しした時、時間にしたらそんなに寝てない千夜は、目を覚ます


寝ている土方に気づかれないよう、いつも日課にしている剣術の稽古をする為に布団から抜け出し竹刀を手にした。


ゴホゴホッ

ゴホゴホゴホッ


口を手で覆っても、咳は止まってくれず、土方を起こしてしまう。


「……ん……ちぃ?」


ガバッと体を起こした土方


咄嗟に竹刀を背に隠すが、千夜の体の大きさで

竹刀が全て隠れる筈がない。


「…おはよ?」


「はぁ、ちぃ、稽古は、ダメだ。

そんな体で————」

「ヤダ。稽古する!」

「ちぃ…まだ、熱があんだろ?」


まだ頬が赤いし、はぁはぁと肩で息をする千夜

稽古なんてできる状態じゃないのは、一目瞭然だ。


「……もう、治ったもん。」

「ちぃ!今日は、大人しく寝てろ!」

「……強くなんなきゃ…いけないの!」



ゴホゴホッゴホゴホゴホゴホッ


咳き込みながらも竹刀を離そうとしない千夜

土方は千夜を抱きしめ、背をトントンとリズム良く叩く。


「……んー」

「あ?ああ、痰が出たのか…」


懐紙を千夜に渡し、痰を吐き出させた。


はぁはぁ


まだ体が熱いのに、竹刀を離さない千夜。


もう、充分強ええと思うぞ。

心の方はな————。































































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