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新しい袴と試衛館

一枚25万円の大判————。


すぐさま、土方は、懐に大判をしまい込み店を出た。大金を持っているからか、気が気じゃなかったのだ。

とりあえず、居酒屋から近場である試衛館へと急いだ。


「まだ、どっかいくん?しゃーない。護衛がてら着いてくか…」


黒装束に着替えた山崎は、少し呆れた声を出した後、急ぎ足の土方の後を追った。



着いた先は、

『試衛館』という道場————。


「へー。こんな場所に、道場なんあったんや……。」


まだ無名の試衛館。知る人は、少ないのが現状の様だ。山崎は、そっと闇に紛れて、試衛館へと忍び込んだ。



ドタドタ


「かっちゃんっ!」

「げ…土方さん。」



勝手に上がり込んだ土方。近藤の部屋にズカズカと入っていけば、宗次郎の姿があった。声を上げたのは、宗次郎だ。


しかし、今は、宗次郎にかまってる場合じゃなく、目的の人物に、慌てた形相のまま詰め寄った。


「どうした?トシ。そんな慌てて。」

「これっ!これ、見てくれっ!」



懐から出した大判に、近藤と宗次郎でさえ、目を見開いた。


「……土方さん、ついに、

————ドロボーになったんですか?」

「……」


宗次郎だけならまだしも、近藤までもが疑いの視線を土方に向けた。


「————っ!チゲェよっ!」



こいつは、俺をなんだと思ってんだよ。勝っちゃんまで………。


そんな思いを抱えながら、土方は、居酒屋での出来事を話をしたのだった。


◇◆◇



「……ふむ。」

「……僕は、土方さんが人助けしてた事のが怖いデス。」


こいつは、俺に恨みでもあるのかよ。


ピクピクと眉を揺らしながら、大人な対応を心がける。


「でも、この葵の紋……。」


感無量で大判を見つめる近藤


「本物?」


手を伸ばす宗次郎


バシッ


手を叩き落とされ、叩いた相手を睨む宗次郎。視線の先には、ニヤリと笑った土方の姿に、


何処のガキですか。この人。


と、心の中で悪態を吐く。


「で?これで、袴を買ってやるのか?」


と近藤の声が掛かれば、土方は、すぐに近藤へと視線を向けた。


「あぁ。使うしかねぇよな。」


————あの子の事、頼む————



医者と言った男の言葉が、土方には、気に掛かって仕方がなかった。しかし、それを追求するのは、今日は、無理だ。いや。もしかしたら、もう、無理なのかもしれない。


居酒屋で、偶然会って、名も聞かずに別れたのだから————。



「……じゃ、僕は寝ますね。近藤さん、おやすみなさい。」


「ああ、宗次郎おやすみ。」


そそくさと部屋を出て行く宗次郎

「俺には、挨拶ナシかよ。」

「まぁ、トシ拗ねるな。」

「……。拗ねてねぇよ!」


ガハハッと笑う近藤


「今日も呑むか!なっ!」


しょうがねぇな…。と、土方は、近藤と酒を呑み始めたのだった。


試衛館に来る様になってからと言うもの、その回数は、徐々に増えて行った。千夜の事を思い出すものの、「もう、寝ちまってるだろう。」と、近藤と語らいながら夜を明かす事は、土方にとっては、楽しかったのだ。



◇◆◇



————真夜中。

シィンっと静まり返った部屋の中、敷かれた二組の布団。もぞもぞと、動く布団が一組だけ。千夜は、目を覚まし、隣の空のままの布団を見つめた。


同じ家の中にノブ姉もいるし、他の家族もいる。————でも、寂しかった。


千夜1人では、広過ぎる部屋。

真っ暗な中、1人でいることが、恐怖だった。


刀を振り回した男達に襲われた光景が、頭から離れない。


そして、自分を庇ってくれた、おじさん……。


その存在を思い出したのは、最近だ。しかし、その顔すら、あまりよく覚えていない。


ただ、「逃げろっ!」と、言ってくれたおじさんの背中しか見えなかったから。


自分の事も、何もわからないまま…。


そっと、窓を開ければ綺麗な星空が見えた。


「……強くなりたいなぁ。」


こんな

寂しさを吹き飛ばせるくらいに————。


翌朝、土方は帰ってきた。

「結局、朝帰りって信じられへん。」


物陰から山崎が、ずっと土方を見ていた事なんて、誰も気づかなかった。


「……おかえり。歳にぃ。」

「おう。ただいま。いい子にしてたか?」

「うん。」


そう言って笑った千夜に安堵する。


「そうか。ちぃ、今日は一緒に出掛けるぞ。」


ぱぁっと表情が変わる千夜。たった一言で、舞い上がる様な満面の笑みを見せた千夜。


「本当っ?」

「ああ。」


土方もつられて、笑顔になった。クシャッと千夜の頭を撫でた。


そして昼過ぎ。土方と千夜は、町へと向かった。


目的は、千夜の袴を買う事だ————。


呉服屋で、

真新しい袴を履いてクルッと回って見せる千夜


にこやかな千夜。それとは、対照的に土方は顔を歪める。


「……歳にぃ?」

「……」

「歳にぃってばっ!」

「……あー。」


どうやら、二日酔いで頭が痛いらしい。顔を歪め、千夜を見る土方の顔色は、あまり良くなかった。


「もう、よっちゃん!」

「は?」


よっちゃん?


「歳にぃの本当の名前は、義豊なんでしょ?」

「……なんで、ちぃが諱を知ってんだよ。」

「昨日、ノブ姉が話してたんだよ。歳三の諱ってなんだっけ?って」


あーそうか。


諱は、使わないから忘れてしまう事も多い。


だから、ノブ姉が思い出したのをたまたま、ちぃが聞いて覚えっちまったのか……


「……よっちゃん。か…」

「え?嫌だった?」


少し不安そうな顔で土方を覗き込む千夜


「嫌じゃねぇよ。袴も、ちょうどいいみたいだな。」


やっと見てくれた袴姿


「よし。買ってやる。」

「やった!よっちゃん、ありがとう。」



喜んで土方に飛びつく千夜。まだ、小さな身体を腕の中に閉じ込めた。


その後、店から出たのだが、家の方向じゃない方に歩き出す土方。


「あれ?よっちゃん、どこか行くの? 」

「ん?ああ。いつもいってる場所にな…」


いつも行く時は、土方1人でいく、試衛館の事を言ってるんだろうと千夜は思った。


だが、今、土方と一緒に居るのに、このまま向かうなら、


「連れてってくれるの?」


そう聞いた。



「ああ。」その返事が嬉しかった。

「じゃあ、お団子買ってこ?」

「食いてえのか?」

「違うよ!ノブ姉が他所の家に行く時は、手土産を持ってくもんだって、言ってたもん!」


他所の家。


手土産なんか、一度も持っていった事がない土方

————まぁ、団子ぐらいいいか。


と土方は、団子を買った。



るんるんと、鼻歌を歌いながら歩く千夜


「あ、そうだ。」


と、土方が思い出した様に立ち止まる。それを見て足を止め首をかしげる千夜。


「ちぃ、剣術をする女は滅多に居ない。だから、袴を履いたんだ。わかるか?」

「??剣術は、男の人しかしないの?」

「そうだ。」

「変なの。強くなりたいって思うの男の人だけじゃないのに……」


自分の姿を見て、何かに気づいた様に土方を見る


「私、男の子のフリをするの?」

「ああ。別に女だと、バレても構わねぇがな

その方が、手加減されねぇだろ?」


手加減?


「……剣術習うの?」

「強く、なりてぇんだろ?」


少し驚いた顔をした後、千夜は、嬉しそうに笑った。剣術を習える喜びと、それを土方が覚えていてくれたという、2つの喜びがあったからだ。


「ありがとう。よっちゃん。」



そして、2人は、試衛館へと到着した。


「————よっちゃん、ここ?」

「あぁ。ここが試衛館だ。」


2人の前には、試衛館と看板がある門があった。


————此処が、毎日土方がいっている場所


「ちぃ、行くぞ。」

「はぁい。」


門を潜れば、道場と家がすぐ見えた。土方の手を握り、先に進む千夜は、少し緊張した面持ちだ。なにせ、道場なんて来た事はない。物珍しく、右に左に視線がいく彼女を見て、土方は、鼻で笑った。


ふっ!


「ちぃ、前向いて歩かねぇと転ぶぞ?」

「う、ん。わかってるよ、よっちゃん。」



そう言いながらも、千夜は、終始キョロキョロとしたままだった。

























































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