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歳三と宗次郎

行商箱を担ぎ、千夜を連れて石田散薬を売り歩く。女も言い寄って来ないし、千夜が珍しいのか話しをする為に、石田散薬を買う奴も出てきた。


しかも、こいつなかなかに、商売が上手いときた。手際よく、客の相手をして、石田散薬を売って行く。あっという間に、行商箱はカラとなった。


休憩と称して、河原でゴロンと横になる土方。のぞき見ながら、千夜が声をかけた。


「今日は、お終い?」

「あぁ。お前のおかげでな。」


こんなに日の高いうちに石田散薬を売り切った事など無い。ちょこんと土方の横に座った千夜は、遠くを眺めた後、土方を視界に捕らえた。


「————ねぇ、歳にぃ?剣術教えてよ。」

「……は?お前、女だろ?」


「女だからとか関係ないじゃん。

男は強くなくちゃいけなくて、女だとダメなの?————強くなりたいの。」


「なんの為に?」

「生きていく為に————。」



————生きていく為————


その言葉は、何故だか土方の中にスッと入って来た。


「よしっ!教えてやる。」


パァっと明るい笑顔になった千夜に、土方も笑みを見せた。


それから土方は、千夜に剣術を教えるようになった。しかも、千夜は、飲み込みが早く、自分と変わらぬ長さの竹刀を振り回わせる様になった。


千夜は、少しの時間があれば、朝も昼も剣術の稽古を欠かす事は無かった。


だが、彼女には、誰にもうち明かせない悩みがあった。それは、自分の過去が全く思い出せないと言う事だ。気にして居ない素振りを見せるものの、たまに思い出してしまう、「————逃げろっ!」と言う言葉と男の人。それが誰だかさかさえ、思い出せない。


たまに、悪夢に魘される事もあった。しかし、それだけは、誰にも言う事が出来なかったのであった。


千夜が来てから一年半経った頃


「えー。歳にぃまた、どっか行っちゃうの?」

「あぁ。剣術の稽古にな。」


この頃、土方は、道場に通う様になり、女である千夜を連れて行ってはくれない。


「私も行きたい。」


そう、ワガママを言って土方を困らせると、決まってノブ姉が出て来て、千夜を止めるのだ。今日もまた、いつもの事の様にノブ姉がやってきた。


「ノブ姉、ちぃが着れそうな袴あるか?」


しかし、土方も千夜を連れて行けるものならと、袴が無いか、聞いてみた。


「そんな急に言われても…」


行けるのかな?と、期待したが、ノブ姉の言葉に、千夜は、落胆した。


「しょうがない。ちぃ、次行く時は、連れて行ってやるよ。 だから、今日は我慢だ。」


「……うーわかった。いい子してるー」


ヨシヨシと千夜の頭を撫でて、土方は、1人試衛館に向かった。


**


カンカンっと、木刀の打ち合う音がする試衛館

半年程前から、ここに.沖田宗次郎という9歳の少年が入門した。家の事情で、口減しとして試衛館に預けられたのだ。


「おー、いたいた。やってるか?宗次郎。」

「……げ…土方さん。」


練習着を着て竹刀を持った宗次郎は、土方を見て心底嫌そうな顔をする。土方は、正式な試衛館の門人では無い。フラフラしている人。と、沖田宗次郎は位置付けていたのだ。


「げってなんだよっ!」

「……いえ。土方さんの、聞き違いですよ。」


と、シレッとした物言いで返されてしまう。


「聞き間違いの訳あるかっ!」


そう怒鳴ると。宗次郎は、勝太の方に逃げ背に隠れた。


「歳、やめんか。子供相手に……」


と、呆れた様に言ったのは、近藤勝太。後の新選組局長。近藤勇である。


「子供だろうが、大人だろうが関係ないだろ?」


そんな言葉を聞いて宗次郎は、土方さんは、大人気ない。そう思うのだった。


「あぁ。歳、あの子はどうした?」

「……あの子?」


首をかしげた宗次郎。だが、すぐに、井上が稽古練習を再開すると宗次郎に伝え、道場に戻らねばならなくなった。


「……あの子って、誰の事だろう?」


と、道場に戻る宗次郎が1人呟いたのだった————。



夕暮れ時、稽古終わりにふと、門を見たら土方の背が丁度見えた。よく、宗次郎の頭を撫でる土方。


————もう、帰っちゃうんだ…。


なんだか、寂しい気持ちになる。


だけど一瞬だけだと、ただ、さっきまで騒がしかったからだと宗次郎は、自分に言い聞かせる。



ドンッっと、宗次郎の体にわざとぶつかる兄弟子達。


「あぁ、悪りぃ。小さくて見えなかったわ。」

「……大丈夫です。」


ケラケラ笑う試衛館の門人。それは、1人、2人では無かった。


「なぁ、お前、捨てられたんだろ?」

「ち、違っっ!!」


「————口減し。」


ニヤリ笑った目の前の男。


しょうがない。僕は、本当に捨てられたのだから。


本当は、悔しいのに宗次郎は、どこか、諦めていた。


人なんて冷たい。 自分の力で立たなければ

————誰も助けてなんてくれない。


大人も助けてくれる訳ないんだ。



何もして居ないのに、殴られ、蹴られる。抵抗なんて言葉は、宗次郎の中には無かった。


終わった時には、宗次郎は、フラフラであった。胴着で隠れる場所ばかりを殴られ、激痛が走る。


「……痛っ!…」


アザだらけの体を見て、悔しさと悲しさでいっぱいとなる。


どうして、僕が…なんで?僕、悪い事してないのに…助けて……誰か…


頬を伝う涙。誰も助けてなんてくれない。誰も、僕なんて見ない。


僕なんて、生きてる事さえ、

————罪なんだ————



「……宗次郎?」


突然掛けられたその声に、宗次郎は、着物を急いで着なおした。


スッと開いた襖。

襖を開いたのは、近藤勝太。近藤周助、道場主の養子だ。


この人だって、僕が、イジメられてるって知ったら、道場から追い出すに決まってる。バレないようにしないと…


宗次郎は、痛む腕を着物の上からぎゅっと握りしめた。



「……どうした?腹が痛いのか?」


心配してるフリなんてしても、僕は騙されない。大人なんて、自分勝手な生き物。


僕を捨ててまで、姉さんは、幸せになりたかった————。あの男の人と……。


この人も、どうせ同じ…


「宗次郎?」

「…はい。なんですか?」


冷たい声でそう言ったら、近藤さんは、笑った……


「一緒に、飯を食おう。」


夕餉の時間は過ぎたのに 、縁側に置いてあったのは、形の悪いおにぎりが2つ。


お腹は減ってる。手を伸ばせばごはんにありつける…


でも、手を伸ばしていいのか、わからない。おにぎりをジッと見ていたら


「…形は悪いがな、美味いぞ?」


ガハハッと笑う近藤。


なんで、僕に構うの?僕が哀れだから?

そんなに僕は、可哀想な子供なの?


近藤さんは、兄弟子達に暴力を振られているのは知らないのに、そんな事を思った…


だけど結局、形の悪い握り飯に手を伸ばして居た。決して、凄い美味しいはずがないソレは、食べたら崩れるし、しょっぱいし、手は米粒だらけになるのに、手についた米粒一粒も残す事なく、宗次郎はペロリと食べてしまった。


その姿を、勝太は、微笑んだまま、ずっと見て居たのだった————。




































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