初めての治療
発作の所為で、千夜の頬の傷はすぐに見つかってしまった。
「千夜、何があったか聞いているだけだろう?」
そんな事を言われても、答えられる訳ない。
ゴホゴホ…
「…ちょっと切っちゃっただけだって。」
「ちょっとって…」
手を切ったとは、訳が違う。不注意で顔を切った。そんな事を誰が納得するだろうか?
「話せぬのか?」
驚いた藤堂が連れてきたのは、斎藤だ。
よりにもよって、なんで、はじめ……?
「……」
「……千夜。土方さんが留守の今、俺たちは
お前に何があったか知る義務がある。」
「……私、子供じゃないもん…」
頬を膨らませるが、傷口が痛むからか、早々に千夜は、やめて斎藤を見る。
斎藤と藤堂が同時にため息を吐く。
話さないとなれば、千夜は、絶対に口を開かないのは、皆が知っている事。
「本当、ちぃは、頑固だな。」
「わかった。とりあえず、治療をしておこう。
アトになったら、土方さんに申し訳ない。」
それじゃあ、千夜の貰い手は、土方と決定している様な物言いに、藤堂が不満の言葉をもらした。
「……なんか、言い方がヤダよ。はじめ君。」
治療をして、その日は、なんとかおさまってくれたのだった。
一方、お孝を連れ出した山崎と女将。
「なんで邪魔すんねん。お前も、ちぃも……」
「なんでて、そんなん、あの子の願いやからや。」
「……願い?そんなもん————」
「甘いなぁ。あの子の理想は、甘ったるい。
——けど、芯は通っとる。
あの子が助けたかったんは、この子やない。————あんたや。」
目を見開く山崎
「ちぃが、俺を?」
「せや。あの子は、知っとった。
あんたが、あの子の犯した男達を殺したのを、止められんかった。私の所為で、烝の手は汚れた。私が、あの時、頑張っていたら————。そう、いって、泣いとったわ…」
「……違う。ちぃは、声出せへんかってん。ちぃは、なんも悪くない。悪いのは、あいつらが————っ!!」
「でも、殺してなんになるん?」
殺して……何になるか?なにも、ならない。
ただ、命を奪っただけ…
ちぃの痛みも、苦しみも知ることなく、ただ、死んでいった————。
ハッとしたように、女将を見上げる山崎。
「やっと気付いたん?謝らせるっていう、選択肢もあったんちゃう?」
「……選択肢……?」
「せや。その子も同じやろ?最低な事をしても、本人はわかってないかもしれやん。
あんさんの手を汚す必要無いんよ。
だって、あの子は、あんさんが、お孝を殺そうとしとるのを知って止めようと必死やったんやからな……。」
ちぃが…?俺を止めようと……。
『烝、命は大事なんだよ。』
あの時、言った言葉……。そうか。あれは、
「俺を、止めようとしていったんか。」
止めてくれようと、してくれてたんや。憎しみしかなかった、俺————
「それでも、俺は————」
「うちかてその子、許せんよ?けどな、女ってそんなもんや。好きになった男の気に入った女なん、好きになれるわけ無い。自分を見て欲しい。自分だけを……。そう、思うのが普通や。
それが無理でもな、そう、思ってしまうんよ。
その子も、必死やったんやろ。
振り向いて欲しい。気付いて欲しい。だけど、相手は、違う子を見てはる……。
邪魔言うのもわからんでもないわ。ただ、やり方を間違えただけ……」
「わからんわ。許せるわけ無いやろ。けど、殺すのは、我慢するわ。ちぃが、悲しむ事は、したない……」
ふふふ…
「あんさんも、あの子には、甘すぎるわ。」
「うるさい……」
ふふふ…
女将の笑い声が闇夜に消えていったのだった————。
翌日、お孝を見かけ、声をかけようとする千夜
だが、
「ちぃちゃん、稽古しよ?」
宗次郎に声をかけられ、お孝に話しかけれず
「あ、宗ちゃんおはよ。」
「————っ!その傷っ!どうしたの! ?」
傷に気づいた宗次郎に、千夜は、しまったと言う顔をする。しかし、今隠しても、見られてしまった後だ。
そして、
「沖田さん、おはようございます。」
挨拶をしてきたお孝
「…おはよ…」
千夜は、なんとか口を動かすが、お孝から返事なんて無い。
「……。いこう、ちぃちゃん。」
お孝をあからさまに無視した、宗次郎は、お孝をチラッと見て千夜の腕を引いた。
ただ、その場から引き離され、寂しそうなお孝の姿を私は見た……。
「……お孝にやられたんでしょ?」
ズンズン歩く宗次郎、こちらを見ることなく放たれた言葉。
「違うよ!宗ちゃん。頬の傷は————、
お孝じゃないよ。」
足を止めた宗次郎
「昨日、お孝に告白された。」
「……え?」
知ってた筈だ。
お孝が宗次郎を好きな事は、ずっと前から————。
告白だってしても不思議じゃない。私は、よっちゃんが好きだった筈……。
なのに、この胸の痛みは、なんなの?
「そう、なんだ。」
自分がわからない。私は、本当に、愛も恋も
わからなくなってしまったのかもしれない。
自分の気持ちがわからない。でも、グダグダ考えるのも好きじゃない。だから、考えるのを止めた。
考えても、わからないものは、わからない。
私は、みんなと一緒に居たい。
それが、壊れてしまうのが怖いんだと理由付けた。
その日は、お孝とは、話す事もできず、宗次郎と手合わせをしても、負け、これまでの成績が
50対51、10引き分けとなってしまった。
本当に悔しい。
そして夜、よっちゃんは遅くなるからと、先に試衛館で寝ている様に。と、文が来ていた為に試衛館に泊まる事になった。
しばらく、みんなと話しをしたり楽しい時を過ごし、寝ようと部屋に戻ろうとした時、
ガタンッと音が聞こえ、千夜は、その部屋の前に立った。
「……お孝の部屋?」
なんか、あったのか?と、声をかけた。
「お孝?物音聞こえたけど、大丈夫?」
「……」
返事がない。さっきも、皆と話している時、姿は見えなかった。なんかあったのかな?
「お孝?開けるよ?」
「……」
やはり返事は無い。襖を開けたら、行灯の灯りが揺れ動き、赤く染まった畳。そこに倒れる、お孝の姿が、そこにあった————。
————紅い、朱い、赤い……。
手が震える。足が震える。ズキズキと痛み出す頭。そこに流れ込んでくる映像に、千夜は頭を抱えた。
『椿っ!』
『おいっ!しっかりしろ!』
『椿っ!』
知らない声————。
私の目に映るのは、赤と赤に染まった手。それに短刀だ。
そんな映像が蘇る……
————椿って、誰?なんなの?
わからない……
ふるふると、思い出した映像を振り払う。今は、そんな事考えてる場合じゃない。
「……お孝を、助けなきゃ…」
自分に治療できるか、わからない。
————でも、やるしかない。
千夜は、お孝に歩みより、膝を赤の上につけた。着物が汚れようが、そんなの気にしている場合じゃない。
脈は、まだある……
暖かい手に、安堵した千夜。しかし、まだ命の危険は、脱してはいない————。
「ちぃちゃーん?————っ!えっ?何が……。」
目の前の惨状に、混乱する宗次郎。そして、開け放たれた襖。立て続けに、その部屋の前に現れた人達が居た。
「どうした?宗次郎。お前まだ起きてたのか!
早く寝————っ!ちぃっ!」
どうやら、土方らが帰ってきた様だ。
「よっちゃん、帰ってきて、早々に悪いけど、医者呼んできてっ!
源さん、お湯を!近藤さんは、酒を!宗ちゃんは、晒しをっ!」
耳は正常なものの、今の状況を把握出来ない男達は、皆、言葉が出てこなかった。
「……」
「……」
「……」
「————早くっ!」
千夜の声で皆、ハッとした。
「わかった。」
やっと返事を頂けたと思ったら、今度は違う訪問者。
「……なんだ?騒々しいな。」
「なんかあったの?」
バタバタと動き出した土方ら。それに遅れ、三馬鹿の登場である。
「三人も手伝って!山南さんは私の補佐をっ!」
「わ、わかった。」
千夜の切羽詰まった声に、慌ただしく皆が動き出した。全てら、お孝を助ける為に————。
テキパキと、手を動かす千夜
「……ちぃちゃん?針と糸貰って来たけど、これ、どうするの?」
糸と針を手に宗次郎が首を傾げる。
「針、火で熱して。縫うんだよ。傷口を。」
千夜の真剣な顔に誰も何も言えない。傷口を縫い終わった頃、やっと医者がやって来た。
「……コレは…この治療は、誰が!」
「私ですけど?」
「お前、医者か?」
「違いますよ。ただ、医術を教えてくれたのは
医者でしたけど…」
「……先生、これはあってるの?」
「あってるも何も見事な治療だ。」
「私はココまでしかできない。後は、お願いします。」
スタスタと部屋を出て行った千夜。
「……僕、ちぃちゃんについてます。」
千夜を探し、庭に出た宗次郎は、井戸の側に
うずくまる千夜の姿を見つけた。
「————ちぃちゃんっ!どうしたの?大丈夫?」
「……怖かった……。怖かったよ……宗ちゃん…」
治療法は、教えてもらった。でも、実際にやったことは無かった千夜。
赤がベッタリついた手は、カタカタと震えていた。
「……もう、大丈夫だから。君が、お孝を、
————救ったんだ。」
僕は、ただ、彼女を抱きしめる事しかしてあげられない。
着物に赤がつこうが、そんなことは、どうでも良かった。




