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君菊と宗次郎 壱

文久元年


千夜が助けた雛鳥は、少しの距離だが飛べるようになった。 少し過保護に世話をし過ぎて、全く飛ぼうとしてくれなかった凰牙(おうが)


その羽は、珍しい事に、真っ白。名を呼べば

千夜の腕へと飛んでくる。それも、千夜が見つけ、治療をしたからだ。しかし、凰牙は、野生の鷹である。


「もうすぐ、森に離したらんとな。」


凰牙の為にも、自分でエサを捕獲しなければ、生きていけない。それは、千夜にもわかっていた。


「……うん…」


でも、離れがたいのも確かで、寂しさだけが千夜を襲う。


ぽんぽんと頭を撫でられ、山崎を見る千夜。


「一生の別れやないやろ?」

「……でも、寂しいよ。」


「せやな。けど、凰牙も頑張ったから治ったんやろ?ずっと家の中じゃ可哀想や思わん?」


ずっと、家の中。

事件があった後、千夜もずっと外には出して貰えなかった。その記憶が千夜の脳裏をよぎった。


「————可哀想。わかった。じゃあ、少しずつ外出す訓練してから、ちゃんと森に放す。」

凰牙よかったね。と、笑みを向ける千夜。


凰牙の別れまで、そんなに時間はかからなかった。


一カ月後

凰牙は、森へと帰って行った————。


ぽんっと頭の上に置かれた手に、千夜の涙腺は、緩んでしまい、


「よお、頑張った。」

その言葉に、ポロポロと涙が頬を伝う。


「ふ……うっ……」


声を押し殺し、泣き続ける彼女を山崎は、背後から抱きしめた。


「ちぃ、お前があの鷹を助けたから、あいつは、飛べたんや。ちぃが助けなかったら、死んどったかもしれん。」


凰牙が飛んで行った空を未だ見つめる千夜。

頬を涙で濡らしながら、彼女の視線は真っ直ぐ

空を見つめ、ある事を心に決めた。


「————烝。」

「なんや?」

「私決めた。私は、止める。」

「?何をや?」


貴方が手を汚さないように————。

間違った事をしない様に————。


「ん~?教えてあげない。」


私は、気づいてしまったから。貴方が、お孝に殺意を抱いている事に。


「なんや、それ……」

「烝、命はね、大事なんだよ。」

「は?」


私は、山崎烝を止める。

凰牙、あなたのおかげで、少しだけ強くなれた気がする————。ありがとう。凰牙。



文久元年8月27日。

府中六所宮にて、天然理心流宗家四代目襲名披露の野試合を行った。


野試合は紅白に別れて、木刀ながらも実戦さながらの3試合が行われた。

紅組は土方歳三、山南敬介、他36名

白組は佐藤彦五郎、井上松五郎、他36名


初戦は、白組大将の佐藤彦五郎が粘っているあいだに、紅組大将・萩原糺が討ち取られて白組勝利


第二戦は、山南敬介の活躍などで紅組が勝利

決勝戦は、混戦となったが、紅白大将の一騎打ちとなり白組勝利


本陣総大将は近藤勇だったが、行司として仕切り、宗ちゃん、源さん、私も本陣でその試合を見守った。


晴れて、流派一門の宗家を継いだ近藤さん。だが、襲名披露試合が終わったあと、総勢70名の門人は、府中宿の楼閣を総揚げ、

徹夜でどんちゃん騒ぎとなったのだった。



烝の動きは無く、一年の月日が流れた。


昼は試衛館へ、夜は吉原へと、そんな生活を続けていた千夜。


でも、ある日、夜抜け出そうとしていたのを

土方に見つかってしまった……。


「何処へ行くつもりだったんだ?」


”吉原”とは、言えるはずも無く、ただ、俯く千夜。


「ちぃ……」

「ごめんなさい。」

「んな事聞いてねぇ。」


そんな事は、わかって居たが、言えない。


「もう一度聞く。ちぃ、お前は、こんな夜中に

何処に行こうとしてたんだ?」

「……」

「俺には、言えねぇ所か?」


嘘でも何でも言えばいいのに、言葉が出てこない。

「ちぃっ! !」


声を荒げた土方に、ビクッと体が強張った。


「……ごめん、なさい。」


泣いたらダメなのに、溢れる涙は、止まってはくれない。


「ごめんなさい。よっちゃん。」


それしか、言えなかったんだ。土方は、「もういい。」と言葉を吐き捨て、家を出て行ってしまった。


嫌われたと、そう思った。


「……ごめんなさい…」


それでも、この言葉しか私には言えなかった————。



この年の夏、江戸で麻疹とコレラが流行し多数の死者が出た。


麻疹を江戸にもたらしたのは、小石川伝通院の二人の修行僧で、二~三十年周期で流行したとされる麻疹に精通した。医者も少なく手の施しようもなかった。


そして、その麻疹に宗次郎も感染してしまった。十九歳という年齢で感染したこともあり、宗次郎の症状は重く、千夜は、宗次郎に会う事さえ出来なかった————。


土方に嫌われたと思っている千夜は、一緒に試衛館には行くものの、前とは違う感覚にただ戸惑いを覚え、土方が声をかけなければ、家に引きこもってしまう様になっていた。


それでも、情報があれば武士になる好機があるかもしれないと、夜は、抜け出し、吉原で働き続ける千夜。


次第に、千夜の評判は、本人の知らぬ間に高くなっていった。


宗次郎もすっかり体調が良くなった頃、


「なぁ!今日、吉原に行こうぜ!」


そう言いだしたのは永倉だった。


「何言ってんだ。そんな金ねぇだろうが。」


眉間に皺を寄せた土方がそう声を出した。


「ところがな、知り合いに頼まれて店の手伝いをしたらな……」


と、そう言いながら懐から小判を2枚取り出した永倉。それを見て皆、彼が出した小判を見て目を丸くした。


「こんなに駄賃をくれたんだよ。」

「……何で店の手伝いだけで、そんなに……」


「なんでも、吉原で、今、人気の芸妓が居てな

会えると儲かるらしいんだよ。」

「……」

「なに?それ……」

胡散臭い(うさんくさい)な。」

「本当だって。じゃなきゃ、こんなにくれるわけねぇだろ?」


まぁ、確かに……


「じゃあ、その手伝いした店主は、その芸妓に会ったの?」


「会ったんだと。それが、メチャクチャ綺麗な子らしいんだよ。会ってみてぇじゃねぇか。なぁ?」

確かに、見てみたいと皆が思った。

しかし、宗次郎は、そんな事より、千夜が一緒に来て居ないのかが気になった。


「あれ?ちぃちゃんは?」


頭を掻く土方


「あー。あいつ、最近、部屋に閉じこもっちまって出てこねぇんだよ。」

「なにしたんですか?土方さん…」


なんで、俺が、何かしたになるんだよ…。


土方は、夜、家を抜け出そうとした千夜の事を皆に話した。


「……男じゃねぇか?」

「まぁ、千夜も年頃だしな。」


と永倉と原田


「俺にも話さないんだぞ?」

おかしいだろ?と言いたげな土方


「なにも土方さんに話す必要ないんじゃないですか?」

「まぁ、そうだよな。」


宗次郎と藤堂までもが、口を開いた。


「……で、どうする?吉原!」


どうしても行きたいらしい永倉が、その場の空気なんて関係なく言い放つ。


「……お前なぁ。」


キラキラと目を輝かせる永倉に、その先の言葉が出てこない。


結局、その日、吉原へと行くことになったのだった。



身支度を整える宗次郎。吉原になんて行ったことがない。今日が初めてだった。


「沖田さん、どっか出かけるんですか?」


草履を履いていた宗次郎に、声をかけたお孝。


「あぁ。お孝。ちょっと土方さん達と吉原にね。」


「……そうなんですか。」


草履を履き終えた宗次郎は、お孝のいる方に体を向けた。


「うん。じゃあ、行ってくる。」

「お気をつけて。」

「ありがとう。」


ニコッと笑って、出て行った宗次郎。

その時、お孝の口角が上が上がったのは誰も知らない————。



期待に胸を膨らませて、やってきた吉原。

吉原とは、江戸時代に江戸郊外に作られた、公許の遊女屋が集まる遊廓である。遊郭は、公許の遊女屋を集め、周囲を塀や堀などで囲った区画のこと。


煌びやかな店内。見た事ない舞などで、宗次郎も初めは楽しかった。


だが、女性の練り香水や白粉の匂いが、どうにも好きになれず、ただ静かに酒を口にしていた。


厠に行きたくなり、席を立つ。


「どうした?宗次郎。」


遊女の肩を抱きながら、永倉が席を立った宗次郎に声をかけた。


「……。厠デス。」

「あー。悪りぃ。」


行って来いと言わん限りに、手を振られ、宗次郎は部屋を出た。


厠に行き、ふと廊下で足を止める宗次郎。


同じ襖で仕切られた店の中、自分がどの部屋に居たか方角はわかるが、どの部屋かがわからない…


初めて来た遊郭で迷子…


「格好悪い……」


まぁ、別にぶらぶらしてれば着くでしょ 。

と、歩き始める宗次郎。


しばらく行くと、丁度、十字路の様になって居た廊下で、ドンッと誰かにぶつかってしまった。


「すいません。大丈夫ですか?」


ぶつかったのは、芸妓らしき着物を来た女の人 。相手のが衝撃が大きかったのか、廊下に倒れこんでしまった。


「……えぇ。大丈夫どす。」


その声に、聞き覚えがあった宗次郎。


「……ちぃちゃん?」


半信半疑であったが、俯いたままの芸妓の顔を覗き込みながら宗次郎は尋ねた。


バッと顔を上げ、宗次郎を見たその芸妓は、赤く指した紅を乗せた形良い唇を動かした。


「…….…宗、ちゃん……?」


なんで?

こんな所に、こんな芸妓の格好で千夜が居るのか?


「君菊~。」


その声に、芸妓の格好をした千夜は、その場から離れようとする。


「待ってっ!逃げないで!」


千夜の腕を掴む宗次郎。だが、近づいてくる声に、千夜は、怯えた様な表情で宗次郎を見つめる。


「君菊、ちょっと、からかっただけだろ?」


男達の声が更に近づいてくる。


「逃げてるの?」


コクコクと頷く千夜。

宗次郎は、千夜の腕を引き、空いた部屋へとなだれ込んだ。




































































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