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穏やかな日々


あの日から、ずっと、抱きしめる事さえ躊躇っていた。そう。触れる事すら、怖かった。

小さな千夜の体が、壊れてなくなってしまうのでは無いか?と、そんな事すら考えた。


土方の着物を掴み、泣きじゃくる千夜。しばらく、背中摩っていると、千夜の体が傾いた。


心配して見れば、スヤスヤと寝息を立てる千夜に、はぁっと息を吐き出した土方。


「ちぃちゃん?」


心配そうに彼女を覗き込む宗次郎。


「寝ちまっただけだ。」


そう言って、土方は千夜を抱き上げる。道場に転がしとく訳にもいかないからだ。


「新八、礼を言う。」

「……俺は別に……」


と、言いながらも、照れ臭そうに頭を掻く永倉


「そうだぜ。土方さん。新八っつぁんは、負けたんだしよ。」


そう言ったのは、藤堂だ。


「ばぁーか。わざと、負けたんだよ。新八はな……」


ふっ!っと笑った永倉。


「あんたには、何でもお見通しだな。」


それを聞いて土方も笑った。


「でも、千夜は、まだ強くなるぞ。土方さんも大変だな。」

「……うるせぇよ。」


そんな大変な事なら望む所だ。

俺はこいつと【生きる】と、もう、決めっちまったんだからな。



その後、千夜は、試衛館の空き部屋に運ばれ、布団へと寝かされた。


「でも良かった。顔の傷、残らなくて…。」


宗次郎が千夜の顔を覗き込みながら、ツンッと千夜の頬を突いた。


「……そうだな。」


本当は、助けたかった。泣きもせず、ただ、作り笑いをしている千夜を見るのは皆、辛かった。


「なんです?土方さん。神妙な顔しちゃって…

ちぃちゃんは、前に進んだんですよ。だから、そんな顔したら、ダメですよ。」


ねぇ、ちぃちゃん。

と、寝ている千夜に言う宗次郎


その姿を見ているのは、男だけではなく、お孝が道場の窓から見ていた。ギリッと奥歯を噛みしめ、悔しそうな表情で————。


どうして?汚れた千夜には、皆の視線がいくのに自分には向けられないのか…?

1番自分を見て欲しい相手が千夜に微笑む


ただ、私は沖田さんが好きなだけなのに、あの子はいつも邪魔をする。————あの子さえ、居なければ……。



お孝は、ある人に聞いた話を試衛館に入ってきたばかりの門人に話した。


————千夜は、吉原で働いていて、毎夜、男と関係を持っていると。


醤油が切れたと言って、千夜を試衛館から出す事に成功して、なんなく、あの子は犯された。


沖田さんは、そういうふしだらな女、嫌いそうだから千夜から離れると思ったのに、あの子はまだ、試衛館にやってくる。


フデさんもあの子には優しい。

みんなどうかしている。あのガキをチヤホヤする意味がわからない。


でも、あの門人達は、一体誰に殺されたのか……?


そんな事を考えるお孝。だが、犯人などわかるはずもなく、何日たっても、犯人が捕まる事など無かった————。


そして、数日後。また、千夜は、土方と共に試衛館へと訪れた。


お孝の目の前を歩く桜色の髪。お茶を運んでる千夜の姿に、ニヤリと女の口角が上がった。


空き部屋をすり抜け、千夜の通る場所に石を置き、そのまま隠れたお孝は、彼女が転ぶ姿を想像して、口角を上げる。


「……あっ!」


と言う千夜の声がして、パリーーンッと、湯呑みが割れた音が聞こえる筈だった。だが、いくら待っても、その音は聞こえてこない。


そっと覗けば、千夜の姿は、そこになかった。


「————ホンマ、あくどい事する奴やな……」


と、屋根裏に居た山崎は、呟いた。


そう、山崎が、千夜が転けそうになった瞬間、

支えた為、湯呑みは割れる事などなかったし、千夜が転ぶことも無かったのだ。


「まだ、手は出さへん。証拠があらへんからな。ちぃを傷付ける奴は、俺が許さへん。絶対にな————。」



そして、季節は、夏へと移り変わる。


「あっつい…」


「あちぃなぁー。」

「あ¨ーあぢぃー。」


真夏の試衛館。

ダラけた三馬鹿に、呆れた視線を向ける土方。


「あちぃ。あちぃ。うるせぇよっ! !ちぃも、くっつくんじゃねぇ!」


「えーヤダー」


土方に抱きつく千夜。「暑い」と言わない土方に、暑いと言わせたくて抱きついたらしい。


「ちぃちゃん、見てるだけで暑いよ。」

「宗ちゃんに抱きつく?」

「僕、暑いって言ってるし。」


でも、少し土方が、羨ましいとも思う宗次郎。しかし、この暑さだ。きっと自分は、汗臭いだろうと諦めた。


「じゃあ、川行こうか?」


と、言い出した千夜。

「いいなぁ!川。」

「行こう。」


それに、皆が賛同した。

そこに山南、井上、近藤も現れ、皆で川に行く事になった。



川に着けば


「川なんて久しぶりだな。」


少し浮かれた近藤に、皆が笑顔になる。


バシャバシャと足を川につけると、暑さも和らいだ。


「気持ちいい~。」

「ちぃ、着替えはねぇからな。」


濡らすんじゃねぇぞ。と、父親の様な土方。


「はぁーい。」と返事をした千夜は、辺りを見渡しながら探しモノならぬ、探し人。

近くの木の上を見れば、暑苦しい黒装束姿の山崎が、やっぱり居た。


おいで。と、手招きしてみる千夜に、山崎は、はぁっと息を吐き出し、ニカッと笑った。


バシャバシャと子供の様にはしゃぐ近藤達。


その周りに皆が居て、水の掛け合いが始まってしまった。そんな光景を目を細めて見て居た千夜は、人影に、1人振り返った。


そこには、黒装束から医者の格好になった山崎の姿があり、彼は、岩に腰を下ろし足を川につけて、千夜を見る。

パシャパシャと水を掛け合う男達は夢中の様子で、山崎の存在には、気づいて居ない様だ。

千夜は、彼に近づいて、横に腰を下ろす。


「みんなおるやろ?どないしたん?」

「烝も暑いでしょ?だから、ちょっとぐらい、いいじゃん。」

そんな事を言う千夜の頭をポンポンと撫でる山崎。彼女と過ごす穏やかな時が山崎は、好きだった。

しかし、それも長くは続かないのが、いつもの事。


バシャンッバシャンッっと、水の音がしたかと思ったら、気づいたらずぶ濡れとなって居た千夜。大人達の水の掛け合いが、ついに、千夜にまで及んだのだ。


見事に、頭から川の水がかかってびしょ濡れに……。


「あ……」

「……あ…」


「あ。じゃないっ!着替えないって言ったの、よっちゃんだよね? 」


男達はいいよ。褌で水遊びしてるんだから。


「す、すまねぇ。ちぃ。つい、童心に戻っちまって…」


山崎は、こちらに視線が来る前に逃げたらしい。すでに、そこには山崎の姿は、無かったのだ。


————濡れなかったかな?烝。


そう思ったが、ペタペタと体にくっつく着物は気持ち悪く、濡れた着物を肌から離そうとするも再び着物は、肌へと吸い付いてくる。


照りつける太陽は、先ほどより高い位置にある。


濡れてしまったなら、もう濡れない様にする必要も無い。


ザバァーンと、川に寝転がる千夜


「……あーあ。」

「やりやがった…っ!」


頭を抱える土方


「気持ちいいよー。」


三馬鹿が、千夜の真似をする始末だ。

プカプカと、川に浮く男3人と千夜の姿を見て、再度土方がため息を落とした。


「おー。気持ちいい~。」

「本当だ~。」


「斎藤もやってみろよ!」


自分に振られて、心底嫌そうな顔をする斎藤。千夜が、立ち上がり、斎藤に飛びついた。びしょ濡れのままで————。


「……これは、なんの嫌がらせだ?千夜。」

「はじめも、遊ぼう?」

「遊ぼう以前に、ずぶ濡れなのだが…?」


「気にしない。気にしない。」


「お前が少しは気にしろっ!」

「あれ?平ちゃんは?」


「俺は目の前にいるって!

なにそれ?小さくて見えねぇ。って言いたいの?ちぃより俺のが身長高いからな?」


「かわいい~。」

「え?なにが?」


藤堂に飛びつく千夜


「う、うわっ!」


バシャァーン。見事に、2人揃って川へと落ちる。


「……痛っ…。ちぃ、大丈夫か?」

「へへへへ。平気だよー。」


その後、皆を川に引きずり込んだ千夜は、久しぶりに笑顔を見せたのだった。


ずぶ濡れとなった男達は、久しぶりの千夜の笑顔に、怒る気なんて失せて、皆で笑ったのだった。



そして、夕暮れ時、試衛館へとかえったのだが、びしょ濡れのまま帰ったら、案の定、フデさんに叱られた。


「……よっちゃんが濡らすから。」


「違うよな?確かに始めかけっちまったが、そんな、ずぶ濡れじゃなかったよな?」


「……。」


そういえば、そうだった……。


「千夜!風呂入っちまいな。」

「はーい。」

「フデさんは、ちぃちゃんには、優しいよね。」


三馬鹿が頷く。


「よっちゃん。一緒に入る?」


ニッコリ笑って、土方を見る千夜に、皆が目を点にして、金魚の様に口をパクパクと動かした。


「……土方さん、まさか…」

「ちぃといつも風呂入ってるの?」

「……いや、それは、ヤバイだろ?」


「ちぃっ!!嘘を吐くのも大概にしやがれ!」


「嘘ついてないもん。一緒に入る?って聞いただけだよ?」


確かにその通り


「んな事いってねぇで、サッサと風呂入ってこい!」


「はぁーい。」


千夜が部屋から出て行くと、土方に冷たい視線が向けられたのだった。


「土方さん?どういう事か、説明してくれますよね?」


とてつもなく黒い宗次郎に、土方も、二歩後退してしまう。


「……おい、まさか、信じてるわけじゃねぇよな?」


年頃の娘と一緒に風呂なんて、ありえねぇだろ?


「土方君なら、わかりませんね。」


山南さんまで乗っかりやがった…


皆の疑いの視線が土方に向けられる。確かに小さい時は、一緒に入って居た時もあった。しかし、もう何年もそんな事はして居ない。


「かっちゃん、源さんも言ってやってくれよ。」

一緒に風呂なんて入ってねぇって…


そんな言葉に、2人は顔を見合わせた。2人が知るはずが無いからだ。家で風呂に入っているんだから、知らなくて当たり前だった…。と、土方は、頭を抱えた。

ちぃは、とんでもない爆弾を落としていきやがったと、ため息を吐いたのだった。



しばらくして、千夜が風呂から戻ってくると、誤解を解こうとしていた土方に、ギロッと睨まれた。

「あれ?何してるの?」


「お前が誤解を招く事言うから悪りぃんだろうがっ!」


「……?」


首を傾げる千夜


「なんの話し?」

「……」

「……」

すでに、話しの内容すら忘れている千夜に皆、ため息を吐いた。


「あー、ほら、ちぃ!頭を拭け!」


ガシガシと、千夜の頭を拭き出した土方


「……土方さん。それじゃ、父上のが似合ってるぜ。」

「ちげぇねぇ。」


ケラケラ笑う藤堂

「……まぁ、土方さんは、助平ですからね。」


と、冷ややかな宗次郎の声が土方の怒りを逆なでする。


「————宗次郎っ! !

テメェは、俺に恨みでもありやがるのかっ!」


2人の追っ掛けっこの始まりである。

















































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