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本当の気持ち

試衛館へ着いて、式が執り行われている母屋には見向きもせず、山崎は、道場へと足を向けた。土方と他の面々が千夜を見守る中、ただ、物陰から千夜の様子を見守る事しか出来ないもどかしさ。


腫れた頬を見て、顔を顰めた。


「……ちぃ……」


自分が見つけた時に、水戸に戻していれば、こんな事にはならなった。

あの男達を片付けても、収まることもない怒り


土方達が、式に参列する為に道場を出た瞬間、山崎は、千夜に近づいた。遠くから見るより、千夜の傷は酷く布団の傍に膝をつき、手を伸ばして、彼女の頬にそっと触れた。


「……ちぃ、堪忍……」

「…………す…すすむ?」


薄っすら目を開けた千夜は、山崎を見て言葉を繋げ様とする。


「お仕、事は?」

「……終わった。」

「何で、泣いてるの?どっか痛い?」


「……痛いのは、ちぃやろ?堪————

「痛ないよ?」


また、自分の真似をする千夜に、胸が張り裂けそうになる。


「————どこも、痛ない。だからそんな、悲しい顔しないで…?」

「ちぃ…」


「……っ!元気だしぃ。すすむ。」


痛みに顔を歪めても、笑おうとする千夜。

本当は、痛いのに、辛いのは千夜なのに、彼女は、誰も責めない。

「……私は、生きてるから大丈夫。」


そう言って笑った彼女を山崎は、そっと抱きしめた。


————烝からした血の匂い……。


私は、言えなかった。彼らを殺しても何もならないと。それは、間違った事だと————言えなかったんだ。




そして、翌日

千夜を犯した男達の遺体が見つかった。遺体の外傷は、全て一突きで仕留められており、相当の手馴れの仕業だとあっという間に知れ渡った。


試衛館の門人が何者かに殺害され、試衛館では、騒ぎとなった。それもそのはず。斬られた男達は、全員が試衛館の門人達だったのだから————。


中には、試衛館が狙われてるのではないか?と、変な噂さえ流れた程だ。


「誰が、やったんでしょう?」

「————。」


宗次郎のそんな問いに土方は、言葉を発しなかった。自分が手を下そうと思っていた。なのに、見つかった遺体に、様々な疑問が浮上したのだ。


あの医者といい、大判。そして今回の遺体の傷。全てが、腑に落ちないのだ。ただの捨て子の千夜。そのはずだ。なのに、彼女が絡むと何か大きいものが動いている様な感覚を土方は、感じた。そして、同時に千夜の正体は、一体なんなのか?


そう思いながらも、本心は、知りたくない————。


知って仕舞えば、きっと、二度とこの手には帰って来ない気さえした。だから、土方は、試衛館の門人が誰に殺されたか。深く追求する事は無かった。



事件があった翌日、千夜は、家から出してもらえず、ただ、ボーッと空を眺める、そんな日々が続いていた。



「……凰牙、元気かな……」


灰色の雛鳥の名前を凰牙(オウガ)と名付けた千夜。鳥が空を飛んでいるのを見て、そんな事を考えた。


体が痛い。気怠い。昨日の事を嫌でも思い出してしまう。身体を触られ、ニタニタと笑い自分の中に欲望を吐き出す男達。



でも、覚悟はしていたんだ。吉原で働き出した時から————。だけど、試衛館の門人に犯されるとは考えてなかった。


ただ、たまたま、知り合いだっただけ。そう思うようにした。


だけど、山崎からした血の匂い。


私が逃げてたら、彼らは死なずに済んだ。烝が、人を殺さなくても済んだ————。


カタカタ震える手を押さえつけ、唇を噛み締めた。


————全ては、私の弱さが招いた事だ。


千夜は、夜、家を抜け出し稽古をする事が多くなった。弱い自分を振り払うかの様に————。


土方は、それを見つけても、口出しはしなかった。ただ、その姿を見るたびに、無意識のうちに手をぎゅっと握りしめ眉を寄せて、溢れ出そうになる感情を押し殺すのに必死であった。




それから、千夜は、試衛館には行くものの、門下生の前では、稽古をしなくなっていった。

事件を起こした門下生達は、すでに亡くなっている。しかし、千夜は、その門下生達の所為で、————男の人が怖くなってしまったのだ。



それからしばらくした、夏になったある日の事

千夜は、土方と試衛館へと足を運んだ。


いつものように、千夜は、道場に行こうとはしない。そんな姿を見かねて、ある男が千夜に声をかけたのだ。


「千夜、俺から盗んでみろ。」

「——…………?」


永倉の声に首を傾げる千夜


神道無念流(しんどうむねんりゅう)、俺から盗んでみろよ。」


そういった永倉は、木刀を千夜に渡した。その木刀を手にしてしまったのは、神道無念流に興味があったからだ。しかし、目の前の彼が、千夜に教えてくれる事は、無かった————。


「新八っつあんっ!」


スタスタと道場に歩いて行ってしまう永倉の背中をただ、見ていた千夜。


「————不器用な奴だよな。アイツ。」


原田の声に、「え?」とだけ言葉を返した千夜は、訳がわからないと言った表情で彼を見た。


「新八は、前に進めねぇお前の背を押そうとしてんだろうよ。」


「……前に……進めない?」


自覚症状などない。


「ちぃ、道場行こうぜ。」


ニコニコした、藤堂の手を千夜は迷いながら握った。


それを見ていた宗次郎が土方を見て、声を上げる。


「土方さん、止めなくていいんですか?」


その言い方は、”止めろ。”そう言っているかの様だ。


「行くか、行かないか。やるか、やらないか、

決めるのは、ちぃだ。」


「でも、ちぃちゃんは、男の人が怖くて————」


それは、土方も気づいていた。だが、今のままで、いいはずがない。


「前に進まなきゃならねぇなら、あいつは、進む。お前も、そう言われた筈だ。」


ギュッと手を握りしめ、宗次郎は、道場へと駆けた。


「————過去に囚われたらいけねぇんだ。

どんな、辛いことがあったとしても…」


なぁ、ちぃ。お前が、お前達が俺に教えてくれた事だろ?————宗次郎。ちぃ。


今度は、お前が前に進む番だ。



久しぶりの道場。


他の門下生が見てる中、永倉の前に立った千夜

神道無念流に興味はあった。力強い永倉の剣は、試衛館一強いと言っても過言ではなかった。そんな流派を学びたいと思うのは、自然な事。だけど彼は、ずっと教えてはくれなかった。教えるのは柄じゃない——。そう言って………。


「やらねぇのか?」


だらりと木刀を床につけたままの千夜を見て、永倉が声をかけた。


「……やる。」


木刀を持ち上げ、その先を永倉に向けた。


「平助。」


「わかってるって。

よし。んじゃ、始めッ! !」


藤堂の掛け声に、2人は一斉に床を蹴った。カンカンッと交わる度に鳴る木刀。力強い永倉の木刀を避けるだけで、千夜の体は、後退する。



神道無念流は、「ユルい打ち」が許されない流派。兜やヨロイごと斬ろうとする力強い剣風。


だから居合を会得(えとく)しない。


永倉の木刀を受け止め続ける千夜だが、腕が悲鳴を上げ始めた。


「ちぃっ!テメェが習った剣術は、木刀を受け止めるだけなのか?

————勝ちてぇなら全力でぶつかっていけっ!」


土方の声が道場に響いた。


————全力で……ぶつかる……。


私が習った剣術は、一つじゃない。


近藤さんに教えて貰った、天然理心流。敵の剣を無理矢理どかして、空いた隙間に斬り込む剣風。


山南さんと平ちゃんに教えて貰った、北辰一刀流。あくまでも中心突破を狙う。


烝に教えて貰った、香取流は、剣術、居合、柔術、棒術、槍術、薙刀術、手裏剣術等に加えて、築城、風水、忍術等も伝承されている総合武術。


打太刀と仕太刀が何度も何度も技を繰り出し合うという独特な長い形を数多く持つ。

現存最古の武術流儀であり、その意味で貴重な流派…


そして、よっちゃんには、実践で役立つ、流派にこだわらない剣術を教わった————。


生きる為に始めた剣術。


負けたくない。前に進みたい。弱い自分なんて大っ嫌い!!


夜、泣きながら、竹刀を振った。道場に来るのも怖かった。男の人が怖かった。


何したって、思い出してしまう過去。


振り払っても思い出してしまう光景。


私は、女だから、男に負けるのは仕方ないと諦めていた。あの時、私は、諦めてしまったんだ。


もっと、抵抗すれば、

もっと、叫べば、


全ては、変わっていたかもしれないのに、諦めてしまった。烝の手を汚してしまった。もう、そんな過ちを起こさない。


ガコンッと木刀が千夜の手から離れる。


強くなりたい。————生きる為に。


手から離れた木刀


その時、永倉と目が会った。余裕の永倉。しかし、千夜は、笑った。木刀が手から離れたのにも関わらず————。


誰もが千夜の負けを確信した。だが、土方だけは違った。


床に落ちる筈の木刀……だが、いつまでたっても落ちた音がしない。


永倉が木刀を振り上げた瞬間だった。

シュッと音がして、パーンッっと、道場に音が響く。千夜の手には、落ちた筈の木刀が握られ


「……一本……」


藤堂の信じられないと言った声が、道場に響いたのだった。


「……ちぃが…新八っつぁんに勝った…?」

「今、何が起こった?」

「 木刀が床に落ちる前に千夜は、足で弾いて手にもどしたんだ。」

「そんな事出来るの?はじめ君。」


首を振る斎藤


「かなりの訓練をせねば、出来ぬだろうな。」


無表情が多い斎藤の口角が上がったのは、その時だ。首を傾げる宗次郎


「何?」

「いや。俺も千夜に、剣術を教えたくなっただけだ。」


女が剣術をするのは、如何なものかと思っていた。千夜は嫌いじゃない。だけど、今の動きに目を奪われた————。

俺の得意とする居合斬りをあいつに教えたら、どんな動きをするか…。見てみたい。そう、思った。


ダンッ千夜が道場の床に膝をつく。


「ちぃっ!大丈夫か?」


千夜を覗き込む藤堂


「……大丈夫……」


「チゲェだろ?本当は、大丈夫なんかじゃねぇんだろ?

ちぃ、テメェの気持ちは、テメェにしかわからねぇ。

————言わなきゃ、伝わらねぇんだよ!」


「…………私…の気持ち……」



土方の手が、千夜の頭に触れる。

そんな些細な事に、ビクッと強張る千夜。


「————……怖かった。」


千夜の口から、あの事件後、ずっと言わなかった言葉がこぼれ落ちた。


みんなに心配をかけたくなくて言えなかった言葉が、自然と出てきた。


「……怖…かった。痛かった…」


言葉と共に流れる涙


「————そうか。ちぃ、助けてやれなくてすまなかった…。」


泣きじゃくる千夜の頭を優しく撫でる土方。

ずっと、大丈夫なフリをしていた千夜。


やっと、本当の気持ちを知る事ができた。


そして、土方もずっと言えなかった言葉を、やっと、言えたのだった。





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