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憎しみと悲しみ


一方その頃。試衛館では、忙しさが過ぎ去り、式がもうすぐで始まる時、


「あれ?ちぃちゃんは?」


千夜が居なくなったのに気付いた宗次郎は

土方へと視線を向ける。


「そう言えば、見てねぇな。」


どうやら土方は、知らないみたいだ。


「お孝見なかった?」

「知らないです…」

「おかしいなぁー」


と、宗次郎の声。お孝の表情が曇ったのを斎藤は見逃さなかった。


さっき、台所を通りかかった時、確かにお孝は千夜に醤油の買い出しを頼んでいた。そのやりとりを斎藤は聞いていたのだ。


台所に足を向けてみれば、醤油は一升瓶に半分も入っている。先ほどから、最近入ったばかりの門人の姿が無い。入った日が浅いとはいえ、世話になっている近藤の祝言に出ないなんて事は、無いはずなのだ。


そして、あれから時間はたっているのに千夜が帰ってこないとなれば、何かあった可能性のが高い。そう思って、斎藤が草履を履いていると


「はじめくん、そんな怖い顔して何処行くのさ?」


「……宗次郎。」

「知ってるんでしょう?ちぃちゃんが何処にいるのか…」



「いや、知らぬ。ただ、先ほど、お孝が買い物を頼んだのを聞いた。時間もかなり経つから探しに行こうかと。」


驚いた表情を見せた宗次郎。彼も慌てて草履を履き、「僕も行く!」と、斎藤にそう告げた。

そして2人は、千夜を探しに町へと急いだのだった。


番傘をさし、町を探す2人。雨は次第に強くなっていて、探すのにも困難であるかと思われた。しかし、試衛館を出て、橋を渡ろうとした時、斎藤が気づいたのだ。


倒れた人影に————。


橋の上で停止した斎藤。それにつられ、宗次郎もそちらへと視線を向けた途端、番傘は、彼の手から落ち川へと吸い込まれていった。


「・・・嘘。」


その言葉を呟いた宗次郎。その後、彼らは、千夜がいる河原へと急いで向かったのだった。


千夜を見つけた。河原の横で倒れているのを…。橋の上から見えた桜色の髪。それは、見間違いでは無かった……。


「……ちぃ、ちゃん…?」


雨にうたれた白い肌の体。綺麗に結われていた髪は、メチャクチャで、土方さんが買った桜色の着物は、泥だらけで前は、はだけてしまっていた。


ちぃちゃんの頬は、赤く晴れ上がり、体に無数についた、赤い華————。細い足につたう赤は、何があったか、嫌でもわかる光景に、絶句しながらも、自分の羽織を千夜にかけてやる事しか、出来ない宗次郎。


「……何で?誰がこんな事っっ!!」


斎藤も予想していなかった光景に、ただ、唇を噛みしめる。


「すまない。俺がもっと早く気付いていれば。」

「はじめくんは、悪くないよ。僕だって、ちぃちゃんが居ない事に早く気付いていればこんな事には、ならなかったカモ知れない。」


クッと唇を噛み締めた宗次郎。彼は、千夜に特別な感情を抱き始めていた事は、斎藤は、分かっていた。だからこそ、こんな場所で、まさか、彼女のこんな姿を目にするなんて、考えても居なかっただろう。


「……宗次郎。」

「帰ろう。試衛館に……」


斎藤の前に立つ彼の表情は、伺う事は出来なかった。しかし、ゴシゴシと目元を袖で拭い宗次郎に、きっと、涙を流したに違いないと斎藤は思ったのだ。


綺麗に直した着物だが、汚れまでは綺麗にはならないし、帯も前で縛るしかなく、宗次郎は、斎藤に手を貸してもらい、千夜を背におぶった。自分の着物が汚れるとか、そんな事は考え無かった。


————帰ろう試衛館に。一刻も早く………。


試衛館の前まで来て、斎藤は足を止める


「……?どうしたの?はじめくん。」

「裏に回ろう。式は始まってるだろうが、正面だと門下生も居るだろう。」

「そうだね。」


体は、着物で隠しても、顔のアザまでは隠せない。こんな姿を門下生に見せる訳にはいかない。


2人は、正門からぐるりと回って裏口から中へ入った。



門に入れば、永倉、原田、藤堂、それに土方の姿が目に入った。


「テメェら、もう式は始まってるぞ! 何処へ————ちぃ?」


宗次郎におぶられた千夜の姿に、土方は駆け寄ってきた。


「————っ!何があった! ?」


宗次郎は、首を振る 。


「俺たちは、千夜を見つけただけです。」


土方は、眉間にシワを寄せ式が執り行われているだろう主屋を見てから、


「……ちぃを道場へ運べ。」


と、指示を出した。


式が始まった以上、空いているのは道場しかなかったのだ。ここで騒ぎを大きくすれば、式そのものが台無しだ。皆、土方に従い、頷いて道場へと足を向けた。


道場に、座布団を敷き並べ千夜を横たえた。

土方は、まだ何があったか知らない。多分、喧嘩をして、殴られた程度と思っているだろう。雨の後ぬかるみに足を取られて仕舞えば、泥だらけだ。逆に、そうであって欲しかったと、宗次郎は思う。


顔の傷しか見えてないのだから、仕方がないが……。


しかし、発見された時の惨状を伝えなければならない。それが出来るのは、斎藤と宗次郎だけである。宗次郎は、唇を噛み、千夜の顔を視界に映してから口を開いた。


「————土方さん、ちぃちゃんは、何者かに————犯されました。」


目を見開いた土方 。皆も同様だ。


「……冗談だよな…?」


いつもの悪い冗談だと、言って欲しかった。だが、宗次郎は、土方を見て、真剣な面持ちのまま首を振った。そして、固まった土方を見ながら、涙を流た。


————コレは、冗談なんかじゃない。


冗談で、そんな事を言える筈がない。


「僕たちが、ちぃちゃんを見つけた時には、周りには誰も居なかった。腕や体にもアザがありました。着物も、肩に掛かってるだけで————。」


土方が千夜の腕を見れば、腕を強く掴まれた様なアザが無数にあった。


「……ヒデェ。」

「誰がこんな事!」

「……ちぃ…」


永倉、原田、藤堂が声を出す。

土方は、腫れた頬にそっと手を当てた。そして、首に赤い華を見つけたのだ。


「……クッ……!!」


土方は、千夜の体を拭くと言い出し、皆を道場から出した。


自分が、守ってやりたいと思った。一緒に生きたいと。つまらねぇ毎日を変えてくれた、ちぃ…。

なんで、ちぃが、どうして、こいつなんだ…?


泥だらけの着物を脱がせれば、赤い華と、殴られただろうアザが目に飛び込んでくる。


「……ちぃ、痛かったな…ごめんな……」


守ってやれなかった。


そう言いながら土方は、千夜の体を優しく拭いていった 。歯をくいしばっても、その痛々しい姿に涙が流れる。


「……なんで、こんな小せぇ娘を殴れるんだよ…。どうして?」


足を拭き始めれば、赤が手拭いを汚していく。

気がおかしくなりそうだった。


自分の惚れた娘が、誰か、わからないものたちに汚された。それが、千夜が惚れた相手なら仕方ないと思うのに、無理矢理、力づくで犯した奴ら————


「————絶ってぇ、許さねぇ。」


土方は、千夜を着替えさせ、傷の手当てをしながら、犯人の憎しみを募らせていた————。


◇◆◇



「……遅なってもうたわ。」


仕事が終わった山崎は、町中を急ぎ足で歩いていた。向かうのは、試衛館。


だが、目の前に飛び出してきた男達に足を止めた。特に山崎に危害を加えようとした訳ではなかったが、山崎は、前を通り過ぎた彼らの会話に耳を傾けていた。


「……道場帰らないとヤバイだろ!」


「ああ?今日は、近藤先生の祝言だから大丈夫だろ。」


近藤先生、祝言


「あいつら、試衛館の人間か?」


世話になった恩師のめでたい日にこんな町中で何をしているのか?山崎は、気になって、また、聞き耳を立てた。



「でも、あの女。いい女だったよな。」

「あれで、14歳なんだろ?」


「本当かよ!」

「まぁ、脅せば、また、抱けるだろう。」


「声がデケェよ!」


「そんなに、ビクビクすんなよ。バレるわけねぇって…」


14歳の女を抱いた?


山崎の頭には、最悪の出来事しか思いつかなかった。それを確かめる方法は、聞き出すしかない訳だ。だから山崎は、怒りを押さえ込みながら、へらっと笑って男達に声をかけたのだった。



「————なぁ、その嬢ちゃん。そんな、綺麗なん?」


「……ああ?誰だ?お前。」


不機嫌そうな男が、山崎の方へ振り返る。そんな男なんて無視で山崎は、ニコニコしたまま男達に近づいた。


「ええやん。今、聞こえてまってな。綺麗な子、気になるやん?」

「まぁ、教えるだけなら…」


「人形の様な子でな、髪が桜色なんだよ。」

「……へぇ。で?その子なんか言っとらへんかった?」

「————は?」

「烝、助けて…。とか。」


男達は、先ほどまでニコニコしていた男の表情が、変わったのに気づき、後退する。


「……言っとったんやな?

よっちゃん、宗ちゃん助けて……」


『烝っ!よっちゃんっ!宗ちゃんっ!

————助けてっっっ!!!』


確かに、彼女は、そう言った。しかし、目の前の男は、何故それを知っているのか?


「……なんで……?」


「そうか。だったら、助けたらな……。

安心しぃ。一瞬や。」


懐からおもむろにクナイを取り出した山崎。その、刃物を見て、ヒッと男達が声を上げ、そろって逃げ出した。


「逃げよったか。ふっ。————でも、逃がさへんっ!

ちぃを傷付けて、逃げれると思うなよ。」


走った男らに追いつくのは、山崎にとっては容易い事だった。怒りで我を忘れていると言ってもいいほどに、腸が煮えくり返っていた。


自分が守る。と、そう誓った山崎。でも、それは果たされなかった。


目の前の男達の所為で————。


シュッとクナイを投げ放つ山崎。それは、一人の男の腕を切り裂いた。


「ヒッ……」


腕を押さえて、立ち止まった男に、仲間も足を止め、山崎に怒鳴る。


「こんな事して、ただで済むと思ってんのか!」


だが、山崎は、男達に視線を向ける。その目は、まるで悪魔が宿っているかの様な、冷酷な冷たい視線。


「ただで済まんのは、お前らや。」

「何?」

「冥土の土産に教えたるわ。お前らが手を出した子はな、————徳川御三卿、徳川斉昭のご息女。徳川椿様や。」


「……徳川……」

「……御三卿……」



「俺がお前らを殺しても裁かれん。

お前らが、ホンマもんの姫様に手を出したんやからな。」


男達が目を見開いた瞬間、山崎のクナイが、男らを貫いた。


ドサッと、その場に倒れた男達は、痛みに呻き声を上げて、その後動かなくなった。男達から流れた赤が地を汚していく。


「早う楽になっただけ、感謝しい。

ホンマならもっと、なぶり殺したかったわ…」


そう言って、山崎は試衛館へと急いだのだった。










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