眠れない夜、胸の奥で鳴る“番の印”
ルベル視点
深夜。
家の灯りがすべて落ち、
静けさが戻っても――
眠れなかった。
布団に横たわって目を閉じても、
意識が揺れる。
あの瞬間の記憶ばかりが
何度も胸の奥で響き続ける。
――エレノアが俺の皿に食べ物を置いた。
――俺に“与えた”。
(……番への……
求愛の……しぐさ……)
獣の核は知っている。
古い本能が刻んでいる。
“食べ物を与えられること”
“食べ物を分けてもらうこと”
それは
「あなたを選ぶ」
「あなたに従い、寄り添い、共に生きる」
そんな意味を持つ行為。
人型として覚醒したルベルでさえ、
その本能は消えていなかった。
(エレノアは……知らない……
無意識で……
俺に……“番の合図”を……)
胸が熱くなりすぎて、
布団の中で拳を握った。
嬉しい。
喜びに震える。
けれど――
同時に、
強烈に、
危険だった。
(……俺、あの時……
一瞬……エレノアを……抱き寄せたいと思った……)
思い出すだけで魔力が揺れる。
彼女の無意識の仕草が、
自分の核をえぐるほど強く響いた。
“与えられた食べ物は、番からの愛情”
“それに応えるのは本能”
(だけど……
エレノアが知らないのに……
応えてしまったら……
困らせる……傷つける……)
だからこそ、
あの場で抑えた。
必死で、
何も言わずに。
だが。
心臓の奥の熱は冷めない。
(……どうすればいい……
エレノアを……好きになるな…
なんて……もう、できない……)
エレノアが分けてくれたひと口は
ただの食事ではなく、
ルベルにとっては
生涯の伴侶に向けた愛の証
に等しかった。
それを無意識でしてしまうエレノアが、
あまりにも優しくて、
純粋で、
危険だった。
(眠れない……
エレノアに……触れたい……
でも……触れられない……)
布団を頭までかぶり、
熱を閉じ込めるようにして
ルベルは胸を押さえた。
魔力が甘く揺れる。
人間の“恋”よりも、
もっと動物的で、
もっと深い愛情が
静かに目を覚ましてしまっていた。
夜の静けさの中で
ルベルはただ一人、
エレノアの名を胸で繰り返す。
「……エレノア……
あなたを……番に選びたい……」
しかしその言葉は
決して声にはしない。
まだ、彼女は知らないのだから。




