片付けの手が震える夜
夕食の空気が、
自分でもよく分からない“重さ”を帯びたまま終わった。
胸の奥では、まださっきの会話が反響している。
――エレノアが俺に与えたから、本能が揺れた。
(……与えた……?
あれって……そんな……特別な意味……あるの?)
自分では、
家族とか、近しい誰かにするような
“当たり前の仕草”のつもりだった。
でもルベルの反応は、
驚きと戸惑いと……
言い表せないほど深い揺れだった。
その意味が分からないまま、
エレノアは皿を重ね、
キッチンに運び始めた。
「……片付け……するね」
声がかすれていた。
ルベルはすぐに立ち上がった。
「……俺も手伝う」
その声もいつもより低くて、
落ち着いているようで落ち着いていない。
二人してシンクに並び、
皿を洗い、
水を流し、
布巾で拭く。
ただそれだけの作業なのに――
沈黙が重い。
甘くて、苦しい。
エレノアの手は、
少し震えていた。
触れ合っていないのに
横にいるルベルの気配が
いつもより大きく感じられる。
(なんで……
なんでこんなに……意識しちゃうの……)
さっき、
自分の皿から彼の皿へ食材を移した時。
ルベルが固まった顔が焼き付いて離れない。
それを思い出すだけで胸が熱くなる。
皿を洗い終え、
二人してリビングへ戻ると――
また沈黙。
でも、
嫌な沈黙じゃない。
どちらも言葉を探しながら
喉の奥に飲み込んでしまっているだけ。
「……エレノア」
ルベルが名を呼ぶ。
その声音がやわらかすぎて、
胸が跳ねた。
「さっきの……その……“分けてくれたの”……
本当に……嬉しかった」
思い出しただけで顔が熱くなる。
「わ、私……深い意味は本当に無かったの……!
本当で……その……!」
「ああ……知ってる。
でも……嬉しかった」
穏やかな声。
けれど、
その奥にある気配だけは
エレノアには読みきれなかった。
(ルベル……今……どういう気持ちなんだろう……
どうしてこんなに甘いの……)
自分でもよく分からないまま、
胸の奥に芽生えた感情を
そっと抱え込んだ。




