本能がふと零れる音
夕食がテーブルに並ぶと、
家の中にふわりと温かい香りが満ちた。
スープの湯気。
焼き色のついた肉と野菜。
ほんのり香るハーブ。
(……すごい……
本当に上手になったな、ルベル……)
エレノアは素直に感動し、
にこっと笑って席についた。
「いただきます……!」
その笑顔を見た瞬間、
ルベルの魔力がふわんと跳ねる。
(あ、また反応してる……
でも今日は微笑ましいくらいで……かわ……)
自分で思ってしまい、
エレノアは頬を押さえた。
⸻
最初は普通の夕食だった。
二人並んで座って、
静かに食べながら
ときどき小さく会話をする。
「このスープ、本当に美味しいよ。
優しい味で……なんだか落ち着く」
「エレノアが好きな味にした……」
「えっ……わざわざ?」
「うん」
(……ずる……)
胸がまた甘く揺れた。
食卓の時間が、
こんなに心地いいなんて知らなかった。
⸻
そして――
“それ”は自然すぎる動作で起こった。
気づいたら、
エレノアの手は自分の皿ではなく、
ルベルの皿の上に
ひとくち大の肉と野菜をのせていた。
「……ルベル、これ。
今日の味付け、すごく美味しいから……
もっと食べて」
無意識。
ほんとうに無意識。
家族とか、
大切な誰かにするように
当たり前の気持ちでやってしまった。
だが――
その瞬間。
空気が、止まった。
(……あれ?)
顔を上げると、
ルベルがこちらを見て固まっていた。
目が見開かれ、
動きが完全に止まっている。
「えっ……ル、ルベル……?」
返事が――こない。
魔力が、
押し殺したような静けさで震えている。
(……また何か……
私、やらかした……?)
エレノアは慌てて言葉を探す。
「えっと、その……
多かったかな?
無理に食べなくても――」
その瞬間。
ドクン。
ルベルの魔力が
甘く、深く、危険なほど強く脈を打った。
椅子がわずかに揺れるほどの“気配”。
視線が合った。
次の瞬間、ルベルが言った。
「……エレノア。
それ……どういう……意味……?」
声が低い。
怒っているわけじゃない。
ただ――本能が揺れている声。
「い、意味……?
普通に……美味しいから……」
「普通……?」
ルベルの喉が小さく鳴る。
(え……ちょ……怖……じゃなくて……
なんか……甘い……?)
やっと、
ルベルがゆっくり息を吸った。
「エレノア。
……誰かに……
“食べさせる”って……
特別な……行為……」
「えっ!?
いや、その……!
私ほんとに無意識でっ……!」
「無意識だから……
余計に……危なかった」
エレノアの胸が跳ねる。
(危なかった……?
なにが……)
ルベルは静かに言った。
「……エレノアが俺に……
あんなふうに“与えた”から……
本能が……
一瞬、制御を……忘れた……」
「……あ……」
説明が遅れて、
胸の奥が熱くなる。
無意識だった。
でも、
ルベルはその無意識を“特別”として受け取った。
だから揺れた。
(……わたし……
また……ルベルを……)
エレノアが固まる番だった。
沈黙。
の上の夕食だけが湯気を立てていた。
するとルベルは
息を整えるように小さく言った。
「……ありがとう。
すごく……嬉しかった」
「っ……!」
また魔力が揺れた。
甘く、優しく、
そして危うい揺れ。
距離が――縮まる。
本能と優しさが混ざる揺れが
ふたりの間に静かに落ちていった。




