呼び寄せるような波
ルベル → エレノア視点
料理に集中するほど、
なぜか“別の意識”が目を覚ます。
野菜を刻む手。
鍋をかき混ぜる腕の動き。
香りで温度を判断する感覚。
すべては
“エレノアに食べてほしい”
という一点に向かって働いている。
(……エレノアが、喜ぶ料理……
好きな味……好きな香り……
全部、覚えてる……)
本当は――
この手で“与えたい”。
満たしたい。
守りたい。
近くに置きたい。
そんな本能じみた感情が、
魔力の奥からゆっくり浮かびあがってくる。
危ない。
さっき昼寝の時に暴れかけた“あれ”だ。
抑えなきゃいけないのに、
ふとした瞬間に表へにじむ。
鍋の蓋を開けた瞬間、
甘い湯気が立ちのぼる。
(エレノアに……食べさせたい)
その思いが
魔力の揺れとなって広がった。
ほんの小さな揺れ。
けれど、
それは“呼び寄せるような波”になって
背後のエレノアへと静かに届いてしまう。
(……だめ……
声に出したら、もっと揺れる……)
だから声にならない呟きのまま
唇だけが動いた。
「……エレノア……」
その名を呼んだ瞬間、
魔力がふわっと膨らむ。
本能の残響が、
甘い波になって漏れてしまった。
椅子に座っていたエレノアは、
その“ふわっ”という揺れに気づいた。
気づいたけれど――
意味はまるで分からない。
(……あれ……なんか……
ルベルの魔力……柔らかい?
いつもより近い気がする……)
料理の香りと重なって、
胸の奥までくすぐるように入りこんでくる。
エレノアは無意識のうちに
その魔力に引かれた。
気づけば、
座っていた椅子から少し前へ進み――
ほんの一歩、
ルベルの背に近づいていた。
(え……私、近い……?
でも……なんか……離れがたい……)
魔力が心地よくて、
距離の感覚が曖昧になる。
その時。
鍋をかき混ぜていたルベルが
気づいたように振り返った。
近い。
あまりにも近い。
ルベルの瞳が驚きでわずかに開く。
「……エレノア……
どうしたの……?」
「あ、えっと……その……
なんか……魔力が……優しくて……
つい……」
自分でも説明できずに
胸に手を当てた。
ルベルは
自分の魔力が漏れていたことに気づき――
ほんの少しだけ頬を赤くした。
(……危ない……
今……本能、漏れてた……
エレノア……気づかないで……)
エレノアは、気づかない。
「優しい魔力」で済ませてしまう。
でもルベルの胸には
別の震えが残っていた。
(……エレノア……
そんなふうに……寄って来たら……
だめなのに……)
でも、
“だめ”と言えない。
むしろ――
来てくれたことが嬉しくて、
また魔力が揺れてしまう。
「……エレノア。
もう少しでできるから……
そばにいていい」
「う、うん……」
その言葉が甘く響き、
エレノアは完全に安心して微笑んだ。
その笑顔でまた揺れる魔力。
(……やばい……
でも……止まらない……)
キッチンの空気は、
料理の湯気よりも温かく甘く満ちていく。




