危なかった理由と…
ルベル視点 → エレノア視点
風のざわめきが、
ようやくルベルの魔力の揺れを鎮めていった。
背を向けたまま、
彼は深くゆっくりと呼吸を整える。
(……大丈夫……
落ち着いた……もう抑えられる……)
核の熱も次第におさまり、
エレノアの甘い魔力に“反応するだけ”の状態へ戻っていく。
そして、
震えが止まった指先を膝に置き、
ルベルはためらいながら、
ゆっくりと振り返った。
「…………エレノア」
視線が合った瞬間、
彼はほんの少しだけ眉を下げて、
恥ずかしそうに言った。
「さっき……ごめん。
背を向けて……距離を取って……
焦らせた」
声は弱く、
責められるのを怖がっているようにさえ聞こえた。
エレノアはすぐに首を振った。
「ううん。
謝らなくていい。
理由があったんでしょ?」
ルベルは迷うように目を伏せた。
その沈黙自体が、答えだった。
エレノアがそっと問いかける。
「……“危なかった”って……どうして?」
ルベルの肩が、かすかに揺れた。
言葉を選び、
選んだ言葉の危険性をまた迷い、
それでも誠実に答えようとする。
「……エレノアの寝顔が……
あまりに……安心しきっていて……
……本能が……揺れた」
その言葉は、
決して甘い台詞ではなかった。
誇張も脚色もない、
本物の“核心”。
つまり――
ルベルにとってエレノアの寝顔は、
理性が踏みとどまらないほどに
大切で、魅力的で、危うい存在になりつつある
という意味だった。
エレノアは息をのみ、
胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
(……そんな理由で……
あんなに必死で背を向けて……
“待って”なんて言ってたんだ……)
思い出す。
背中越しの、
震える片手の“待って”。
「あれは……私のために……
自分の本能を抑えてたってこと……?」
そっと問うと、
ルベルは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
そして小さく――確かに――頷いた。
「……エレノアが……困るから。
怖がるから……
線を越えたくなかった」
それを聞いた瞬間、
胸の奥がきゅっと締めつけられるように熱くなった。
ルベルは、
“欲”ではなく
“エレノアを大切に思う気持ち”で
本能を押しとどめ続けていた。
(……こんなの……)
優しすぎる。
真剣すぎる。
そして――
胸の深いところが、じわりと甘く痛む。
エレノアはそっと視線を落とし、
胸に手を当てた。
(危なかった、って……
そういう意味だったんだ……)
昨日までとは違う揺れ方。
過剰反応ではなく、
“私の気持ちが変わった”から生まれた揺れ。
思えば――
つまずいたときの腕、
差し出された手、
名前を呼ばれた声、
温かい魔力。
全部が、
どこか甘くて、
怖くなくて、
むしろ――胸にしみた。
(……私……
もしかして……)
なにか大切なものが、
輪郭を持ち始めている。
気づきたくて、
でも気づくのが怖くて。
それでも。
ルベルの“ごめん”
そして
エレノアの“ありがとう”
その二つが重なった瞬間、
魔力はやわらかく揺れ、
二人の距離がまたひとつ縮まった。




