触れちゃいけない領域
午前中の光が差し込むリビングで、エレノアは簡単な家事を片付けていた。
ルベルは彼女のすぐ横に立ち、まるで“学習モード”に入った新人のようにじっと観察している。
(いや……見すぎじゃない……?)
彼は視線を逸らすことなく、真剣に追ってくる。
その集中力はもはや恐ろしいほどだ。
「えっと……これは洗濯物です。
乾いたら畳んで、種類ごとに分けていきます」
エレノアが説明すると、ルベルは静かに頷いた。
「わかった。やってみる」
素直だ。非常に素直だ。
その素直さが逆に危険な場合もある。
ルベルはきれいに畳まれたタオルから手を伸ばし――
その次に、エレノアの服の山へ手を伸ばした。
ブラ、とか、下着、とか、そういう方向へ。
「そ!それはダメッ!!」
エレノアの叫びが部屋に響いた。
ルベルの手は空中で止まり、赤い瞳がキョトンと丸くなる。
「……だめ?」
「ダメです!! ぜったいダメ!!
女の子の服やゴニョゴニョは触れてはいけません!!」
勢いで“ゴニョゴニョ”とごまかしたが、顔は真っ赤だった。
羞恥で耳まで熱い。
ルベルは少し考え込み――
「女の子……とは、エレノアのこと?」
「そうです!! よくできました!! でも触っちゃダメ!!」
「そうなんだ……触れたら、ダメ……」
ふむ、と真面目に頷く姿は完全に“教わる側”。
イケメンであることが一瞬忘れられるほど従順だ。
しかし、次の瞬間。
「でも……エレノアが触れていい、って言ってくれたら……触ってもいい?」
「な、な、なんでそうなるの!?ダメです!!」
「君が言う“いい”と“だめ”の違いを、知りたかっただけ」
いたって真剣。
その無自覚な破壊力に、エレノアの心臓は耐えられそうにない。
(やめて……そういう天然で距離詰めてくるの……本当にやめて……!)
エレノアは深呼吸して仕切り直す。
「と、とにかく……これはタオル!
まずはタオルから覚えましょう。はい!」
ルベルは素直にタオルへ手を伸ばし、丁寧に畳み始める。
驚くほど器用で、初めてとは思えないほど形がきれい。
(……吸収が早すぎる……)
まるで、エレノアが教えたことを即座に“最適化”していくようだ。
ルベルは畳み終えたタオルを見つめ、ふと呟いた。
「エレノアが教えると……全部わかる気がする」
その声は低くて、静かで、心に落ちてくる。
「だから……もっと教えて」
エレノアの胸に、妙なざわめきが広がった。
ただの弟子じゃない。
ただの生活指導でもない。
吸収する速度――
距離の縮め方――
そして何より、エレノアを見つめる目。
(なんか……なんかこの人……ちがう……)




